十二章 「雷と水」
タイル−ナマギ村出身の少年。現在、姉と二人暮らし。魔法は全く使えない。 魔法を覚えたくて、SMTHに入ったのだが、何故魔法を覚えたいのかは現在の所不明。 トビマルとは気が合い、すでに何度か一緒に遊びに出かけている(行き先は不明)。
「ギン兄ちゃん、大丈夫かなあ。」
タイルは不安そうな声をあげる。
ここは医務室。
対したケガは無さそうだが、念のためということでガルマロがタイルを連れてきたのだ。
「・・・大丈夫。ギン殿がそう簡単に負ける男で無いということは、某でも分かる。」
タイルの背中に湿布を貼りながら、ガルマロはそう言った。
「それより、某が心配なのはギルテンはこのままSMTHに居座り続けるのか、という事だけだ・・・。」
ギンとギルテンは互いにすさまじい殺気を発している。
二人の間だけ、明らかに空気の質が違った。
「そ、それでは・・・始め!」
この空気に、クルルも圧倒されていた。
ギンは動かない。
「どうした?さっきの野郎みたいに正面から突っ込んでこないのか?」
「お前から来いよ。」
ギルテンは先程の闘いと同じように、右手に水を集中させ、刃の形を作った。
「水の刃。」
ギルテンは何も無い所で水の刃を素振りする。
刃から発生した水しぶきは、ピストルの弾丸のようにギンに向かって飛んできた。
ギンは動じる様子もなく、風属性を魔法剣にまとわせる。
「吹き飛ばせ。」
魔法剣から発生した風圧により、水の弾丸は逆にギルテンの方向に向かっていく。
「っく・・・!」
ギルテンはそれを何とか回避する。
「っくそ。面倒臭い野郎だな。」
二人の闘いを見ていて、クルルは驚いていた。
ギンの動きがいつもより冷静で、するどい。
相当怒っているはずなのに、何とか押さえているらしい。
それが、あの動きを生み出しているようだ。
「・・・一つ約束しろ。お前がもしこの闘いに敗れたら、SMTHを出ていけ。」
ギルテンは笑う。
「ああ、良いぜ。俺が負けることなんてありえないからな。」
ギルテンは、右手の水の刃を前に突き出す。
「・・・俺の魔法は、ただ水を操るだけじゃねえ。」
辺り一面が霧に包まれる。
ギンは、ギルテンの姿が徐々に見えなくなっていくのを感じた。
「水を気体にする技術も持っている。」
声はするが、方向は掴めない。
「でも、この霧だとお前も何も見えてねーだろ。状況は五分五分じゃねーか。」
「そうでもねーよ。」
今度は方向が分かった。
真後ろだ!
ギンは身体をひねり、炎属性の魔法剣で何とか水の刃を防いだ。
「俺は軍隊に入ってた時期もあってよぉ。いついかなる状況でも戦闘が行えるように身体が出来ているんだよ。」
また、方向が掴めなくなる。
「この戦法は、常に死と隣り合わせの戦場で編み出した物。破られることなど、有り得ねえ。」
ギンは、ギルテンが接近した時の僅かな足音を頼りに攻撃を回避した。
しかし、そこから二撃目が来る。
「ガハッ!」
ギンの身体は宙に浮く。
幸いなことに、傷はそれほど深くは無さそうだ。
「空中ではどうしようもねえだろ。ここからが俺の攻撃の始まりだ。」
ギンの身体は落下していく。
そこへ、水の刃による攻撃が入り、再び空中へ打ち上げられた。
「てめえの身体が次に床に着くときは、死ぬ時だ。」
ギンが落下すれば、ギルテンは再び打ち上げる。
その繰り返しだった。
それが五回ほど繰り返された時・・・。
「そろそろ、終わらせてやる!」
ギルテンの声が聞こえる。
(コイツは確かに強い。だけど、こちらも空中からの攻撃を仕掛ければ良いだけだ!)
ギンは、雷属性を魔法剣にまとわせる。
「今更、てめえが何をしようと俺の戦法の前には意味を無さねえんだよ!」
ギンの身体は剣を下にして、垂直に落ちていく。
まるで、落雷のように。
(奴は絶対に真下にいる。奴のこの闘い方をする場合、相手が落下してくる時には真下にいないと間に合わねえ!)
ギルテンの姿が見えた。
ギンに、水の刃を突き刺そうとしている。
「勝負だ、ギルテン!」
雷と水がぶつかり合う。
すさまじい衝撃が発生する。
道場の掛け軸が落ちる音がした。
霧が晴れていく。
床には大量の水。
ギルテンの魔力はギンの魔力により破壊された。
「俺の勝ちっすよ!ギルテン。」
ギルテンは、悔しそうに歯ぎしりをする。
クルルは、心配そうにギンの元へ駆け寄って来た。
「約束通りに、ここを出ていくんすよ。」
ギルテンは起き上がり、道場の扉に手をかける。
「俺は殺人鬼だぜ。いちいちそんな約束守るかよ。」
ギルテンは荒々しく、道場の扉を閉めた。
(アイツ、中々やるっすね。惜しい逸材っすけど・・・。)
ギンは、疲労していた。
気を抜けば、こちらがやられていたかも知れない。
こうして、SMTHの初日は騒々しく始まった。
次回 初稽古