ツンデレ王太子は婚約破棄しない!!
ここは王立学院のカフェテラス、三人の男女が向かい合って座っていた。
一人はこの国の王太子シャーロック・フォンモンタージュ
一人は王太子の婚約者オリビア・クロフォード
一人は男爵令嬢クララ・バーンスタイン
春先の暖かい風が彼らの髪を揺らした。
「いったいどのようなご用件でしょう」
こっくりとした色合いのダークブラウンのゆるいウェーブの髪に、碧色の瞳を持つオリビアは片手にダージリンの入ったティーカップを持ち、優雅なしぐさで口元に運んだ。
王太子はその金の髪を陽に透かし、深い蒼の瞳をまっすぐにオリビアに向けた。
「用事がなければ、茶も誘ってはいけないのか? まあ、いい。今回君を呼び寄せたのはこちらの男爵令嬢が君に伝えたいことがあるというのでな」
王太子が冷ややかに視線を送るのは、彼の隣に座る桃色の髪に黄色の瞳の男爵令嬢だ。
「ええ! オリビア様! わたしはあなたの悪行の数々を告発に来ましたの!」
ばん、とテーブルを叩き、ひと思いにまくしたてる。
「オリビア様、あなた、わたしが憎いあまりにいじめをくりかえしてきましたね!」
「いいえ、そもそもあなたのことなんて知らないわ」
オリビアはとんだことに巻き込んでくれるものだと王太子シャーロックの方を見た。
シャーロックはオリビアの視線を感じ、そっと視線を逸らす。その耳はわずかに朱が差している。
「こちらにはちゃんと物証があるのです!」
オリビアは持ってきた鞄の中から、ぐちゃぐちゃにめった刺しにされたぬいぐるみを取り出した。
「これはわたしの一番大切にしていたぬいぐるみのうさちゃんです! こんなひどいことをするなんて!」
クララは肩を震わせた。ハンカチを目に当てている。
「おい」
王太子が声を掛ける。
「君今目薬さしていただろう」
その言葉にクララはびくっと肩をふるわせる。
「ええと、ドライアイでー」
オリビアの顔が真顔になった。
「そしてそのぬいぐるみはどうしてオリビアがやったと言い張れるのだ?」
「それはもちろん事件現場にはオリビア様のはさみがあったからです!」
ごそごそと取り出したのは裁縫用の断ち切りばさみだ。
「まあ! みつからないと思っていましたわ」
オリビアは口元に手を当てた。
「ふむ、だが第三者がオリビアのはさみを盗んで罪をかぶせようとしているかもしれないではないか」
王太子シャーロックは腕を組んだ。
「わざわざそんなめんどくさいことして何の利益があるっていうんですか!」
クララは食い下がる。
「そうだな、利益はないな。……お前以外は」
ひやり、王太子の冷たい視線にクララは震えた。
「わ、わたしが犯人だっていうんですか! どこにそんな証拠があります!?」
「第一に、その断ち切りばさみは左利きのものだろう。右利きのものが使うと非常に使いづらい。断面がぐしゃぐしゃではないか」
王太子が指し示したのはぬいぐるみの腹部だ。お世辞にも綺麗な切り口とは言い難い。
「そしてそのはさみはオリビアのものだか知らないが、そちらのぬいぐるみは犯人しかさわっていないのだろう? 指紋を検証したらすぐ犯人を特定できる。専門家を呼んでこようか」
王太子が片手をあげて従者を呼びつけると、クララは焦ったようなそぶりでそれを止めた。
「いえ! いいんですこれは」
ささっと鞄の中にぬいぐるみを戻す。
「なんだ、ほかにもあるのか」
男爵令嬢はしばらく鞄をかき回して、頭をひねった。ほかにもノートなど細かなものが入っていたが、どれも指紋を検証されそうだった。
「わたし、ペンを盗まれたんです! オリビア様に」
クララはまたハンカチを目元に当てた。
「盗ったのがオリビアだという証拠は?」
王太子シャーロックは鋭い目をクララに向けた。
「オリビア様のポケットに、わたしのペンが……」
クララの言葉にオリビアははっとした。ペンがポケットに入っているですって?
オリビアがポケットを探ろうとするとその手を王太子がぱっと掴んだ。
「待て、触るな」
王太子は白いハンカチを取り出してオリビアに手渡した。
「指紋がつく。このハンカチを使え」
オリビアが驚いて王太子シャーロックの顔を二度見すると、シャーロックは顔を赤らめ咳ばらいをした。
「いや、違う。このハンカチは、別に君のためにではない。真犯人をさがすのに余計な容疑者がふえると推理に支障がでるだけだ」
ガタン、音をたてて席に戻る王太子の横でクララは青ざめた。
オリビアが白いハンカチでポケットの中に入っていた赤いペンを取り出す。
それを王太子がすみやかに受け取った。
「これは鑑識に出そう」
「いいえ! 見つかったんならもういいです!」
クララが手を出すと、王太子はペンを包んだハンカチを高く上げた。
「では、もうこの話は終わったということでいいのだな」
「い……いえ! まだあります!」
クララは必死に腕をのばすが届かない。
「ほう?」
「わたし、昨日のお昼にオリビア様に階段から突き落とされましたの!」
「オリビアだと断言できる理由は?」
「見ました! わたし見ましたの!」
「姿かたちの似ている別人かもしれないぞ?」
「いいえ! オリビア様でした!」
食い下がるクララに、シャーロックはため息をつきながらオリビアを見た。
「オリビア、アリバイはあるか?」
「ええと、昨日はわたくしお昼は友人と中庭でバドミントンしていましたわ」
「だそうだ」
王太子はクララを見た。
「これで話は終いだな」
「友人もグルかもしれないじゃないですか!」
クララは食い下がった。それを言われてしまうと、やっていないことを証明するのは非常に困難だ。
オリビアは首をひねった。
悪魔の証明ともよばれるこれは長年人々の頭を悩ませてきた命題である。
反論できないオリビアに、シャーロックは咳ばらいをした。
「君たちはもっと周りに目を向けて生活するべきだね」
クララとオリビアの視線が王太子に向く。
「ここをどこだと思っている。爵位のある令息令嬢の集う学院だぞ。そんなに警備が薄いわけがないだろう」
王太子がついと指を向ける先には学院のあちこちに点在する外灯だ。
「あれはただの外灯ではない。私たちの安全を確保するために、二十四時間体制で稼働している防犯用の映像記録装置を兼ね備えている」
王太子の言葉に二人は目をむいた。
「なので、昨日オリビアが外に出たというのなら、管理会社に問い合わせて昨日の記録を照らし合わせることができるぞ」
王太子は涼しい顔で紅茶を口に運んだ。
「な……な……」
男爵令嬢は口をはくはくさせた。こんな展開になるなんて!
「とりあえず、この証拠の品物と、昨日の映像は鑑識に任せよう。ああ、セバス、この男爵令嬢を重要参考人として調書をとってくれ」
すっと現れた従者は腰を折り、クララを連行していった。
カフェテラスには王太子と、一連の流れをあっけにとられて見守っていた婚約者が取り残されたのである。
「ああ、そういえば、用事がなければ、茶も誘ってはいけないのか? と言ったな。その答えをいま聞いてもいいだろうか」
王太子は頬を赤らめてふいと視線をそらしたのだった。
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