第四話:揺れる蕾
『ルーチェ』
この組織に正式な名称がついたのはここ最近のことだが、古くからシャドウと戦う術師は数多くいる。戦闘員はそれほど多くない上に、年々シャドウのレベルが上がってきているため入団者達は日々対応に追われている。
『シャドウ』
人の悪意から生まれる存在。名称は異なるが、その存在は遥か昔から認知されており、災厄や不吉の象徴とされていた。だが近年では人々には幽霊や妖怪といった類にくくられており『迷信』としか捉えられていない。中には術師と同じく術式を使う者もいる。
人間も強い悪意を感じ、その感情に浸食されてしまうと、自身の意識が深く反映されたシャドウを出現させたり、極稀に術式の発現することもある。
*
「それで......ここが依頼の現場ですか?」
独り言を零すのは悠斗の部下に当たる花田華蓮。現在、ルーチェの最年少メンバーであり、悠斗の直属の部下に当たる。
彼女は寒さで悴む両の指先をこすり合わせながら、闇夜に不気味に佇む洋館を見上げる。
「残念ながらな......怖いなら帰っても良いぞ?」
その隣で刀の柄に手を置いて、悠斗がつぶやく。
「ご冗談を......ここより怖い現場だってたくさんあるってこと、私は知っていますからね」
華蓮の声は震えていた。それが恐怖から生まれるものなのか、冬の寒さからくるものなのかはわからなかったが、悠斗は「それならいい」と頭をかいた。
──キィィ
悠斗は目の前の門を開けると同時に、不快な金属音が二人の鼓膜に響いた。間近に見る薄く雪の積もった荒れた庭や、所々に傷が見える外壁は、この洋館の持つ不気味さをより一層際立たせていた。
建付けの悪い両開きの扉を開けると、微かな埃の匂いと寒さとはまた違う冷気が流れ出てくる。
「広いですね......どうします?」
「分かれた方が早そうだ。 俺は上、お前は下を頼む」
華蓮の問いかけに対し、それほど悩むそぶりも見せずに、悠斗はさっさと階段を上って上の階へと行ってしまう。華蓮も悪態をつきたいのを我慢して、ポケットからスマートフォンを取り出しライトをつけると、足元を照らしながら先の見えない廊下を歩いて行く。
「おっかしいな......外から見た感じ、もっと部屋の数は多そうだったのに......」
華蓮はライトで照らした先にあったドアのノブをひねるが、鍵がかかっているのか、それとも壊れているのか開かなかった。開けた瞬間に何か出てくるのではないかと少し不安だったが、その心配もなくなり小さくため息をついてノブから手を離す。
「いらっっっしゃぁぁい」
その薄気味悪い一言を聞いて、華蓮は即座に地面を蹴ってその場から離れる。突如として背後から現れたシャドウの一撃によってドアは真っ二つに切り裂かれ、音を立てながら倒れる。
(......来る!)
華蓮は素早く着ていたコートのボタンを弾き、ベルトに取り付けられている大量のホルスターの一つを開けて中から得物を取り出す。
「おかえりくださぁぁぁぁぁい」
シャドウは両腕を鎌のように変形させると、華蓮に向かって素早く斬りかかってくる。華蓮は側転をし、攻撃を回避するとそのままの勢いでシャドウの頭上へと飛び上がり、それと同時に右手に握っていた得物をシャドウの体内へと打ち込む。
「ヒソップの花......開花」
華蓮の一言と同時にシャドウの体から紫色の花弁を纏った半樹木が突き破ってくる。シャドウは甲高い悲鳴を上げると体が少しずつ崩壊していき、最後には灰のように変化して空気中に霧散していった。
「ヒソップの花の花言葉は『浄化』です。 どうか安らかに」
花田華蓮の術式『百花の歌姫』。自身が触れた花の種を『開花』の一声で咲かせ、その花の花言葉を現実化するというもの。術式で咲かせた花の花言葉しか使えず、すでに咲いている花に外付けで術式を使うことはできない。
華蓮はシャドウが完全に消えたのを確認すると、コートのボタンを閉めて古びた洋館の廊下には明らかに不自然な咲き方をしているヒソップを見つめ、小さく安堵のため息をついた。




