1-06 謁見は突然に
お隣の公爵領で、死病が発生している。しかも、元凶まで公爵領にあるという問題は、やはりお父様の頭を抱えさせるには十分な問題だったようです。
「よりにもよって、バルド公爵家とは……」
そうなんです、バルド公爵家は私の代わりに新しくアルフレッド殿下の婚約者となったエリザベス様――金髪縦ロール――のご実家です。
「一晩考えさせてくれないか、ユフィ……」
お父様、ちゃんと寝てくださいね。
『難しく考えず、さっさと片付ければいいものを……』
「そういうわけにも、行かないのですよ竜神様」
『まあよい、それよりそろそろ庭のアイツに魔力を繋げてやれ、さすがに放置しすぎだ』
「林檎様ですね、魔力を繋げるってどうすればいいのですか?」
『お前の血をほんの少し、根本に垂らして名前を付けてやれ』
「それだけですか?」
『それ以上に重要なことがあるか?』
よく分からないけれど、そういうことみたいです。
翌朝、食事などを済ませても、まだお父様の結論は出ていないようなので、林檎様と魔力を繋げるために、林の近くまでやってきました。
「ちょっとでいいと言われても、自分でやるのは思いの外、勇気がいりますね」
護身用の短剣を指先に向けながら、先ほどから私はずっと唸ってばかりです。
そして、きっと心配するのでアリスには内緒です。
「えい!」
覚悟を決めて、ちょんと指先に傷を――
「――痛っ」
予想より力が入って、ポタポタと滴り落ちる血を、林檎さまに根本に吸い込ませます。
「スカーレット様、美味しい、美味しい、最高の林檎を実らせてください!」
痛みを我慢して、林檎さまに名前を付ける。うーん指先がじんじんするわ。
血の滴る指を見つめていると、腕ごと誰かに引っ張られます。
「竜神様!?」
犯人は竜神様でしたが、次に瞬間そんなことはどうでもよくなりました。
いつの間にか人モードになっていた竜神様の艶やかな唇が指先に触れたかと思うと、傷ついた指先をそのまま口の中へ入れ、痺れるように竜神様の舌が傷口を撫でる感触が伝わってきます。
「ひゃ、ひゃ、にゃにをされてますか、竜神しゃま!」
「無駄に血を流しすぎだ」
最後に私の指先をもうひと舐めすると、満足そうにお屋敷へもどって行かれました。
指先の傷はすっかりと消えて、血の一滴も残っていませんでしたが、私は恥ずかしくて、そんなことはどうでもよくて、しばらくの間、指先を見つめてスカーレット様の側で佇んでいました。
ぼーっとした頭のまま、お屋敷にもどると、竜神様は珍しく人形態のまま日向ぼっこの真っ最中です。
私の気も知らないで、呑気な人……神様か。自然と唇に視線を奪われ、あの唇に私の指先が――
「――ユフィ……」
「ひゃい!」
慌てて振り返ると目の下に隈を作ったお父様がいらっしゃいました。
場所を変えて、お父様の結論を聞かせていただくことになりました。
「ユフィ、済まないが私には決断できそうにない。救えるのならば救いたいところではあるが、公爵家と男爵家、立場が違いすぎてな」
「お父様……」
やっぱりそうなりますわよね。一晩考えた私は、今すぐにも駆けつけてあげたい気持ちはあるけれど。
「ふあーあ」
一緒に付いてきた竜神様が眠そうに欠伸をしていらっしゃいます。本当に呑気な神様。
「昨日も言ったが、難しく考えすぎだ。ユーフェミア、お前はどうしたいんだ?」
「私は、助けられるのであれば助けたいです。元凶ももちろん取り除きたいです」
「なら、そうすればいい。行くぞ!」
「行くって何処へ? 公爵領はダメですよ、立場が――」
「――公爵様がダメなら王様に許可もらえば良いだけだろう。この国で一番偉いんだろう? ささっと行って、許可もらって、元凶消し飛ばして帰ってくるぞ」
「え、ちょ、ちょっと竜神様、そんなに引っ張らないでください!」
◇◇◆◇◇
そして、今日もお空の上です。良い天気ですね、風も気持ちよくて、気づいた村の人たちが手を振ってくれています。
「あの~、本当に王様に会いに行くのですか?」
『それが一番だろ』
「それは、そうなんですけれど、心の準備が――」
『――飛ばすぞ、しっかり掴まれ!』
あっと言う間に懐かしい王城が見えてきたと思うと、城門を飛び越え、中庭に竜神様は降り立ちます。
兵士達は慌てふためていて、大混乱中です。って、うちの兵士たちのほうが勇敢なんじゃない?
腰を抜かして這いつくばっている人までいる……ちょっと情けなくないですか。
『この国の王とやらに用がある、さっさと会わせろ。コルド……なんだった?』
「コルドブルー男爵家です」
『コルドブルー男爵家のユーフェミアが、王とやらにたっての願いがあるそうだ。俺様の気が変わらぬうちに、連れてこい。城ごと吹き飛ばされたくなければな』
「ちょ、ちょっと竜神様、何てことを仰るんですか!」
謁見を申し込むのならまだしも、連れてこいなんてなんて不敬な!
「我が名は、ライムハルト・オーフェンである。男爵風情の使いが、我が王を呼びつけるとは、何事か! アルフレッド殿下の元婚約者であったとしても、不敬であるぞ!」
で、ですよね。ご免なさい、騎士団長様!
『ふん、人間風情が何を言うかと思えば――』
「――ちょっとお待ち下さい、竜神様!」
これ以上は話がややこしくなりそうなので、私、頑張ります。
「ライムハルト騎士団長様、お久しぶりでございます。高いところから失礼致します。この度は大変お騒がせして申し訳ございません。我が領に蔓延っていた死病はこちらの竜神様の手助けを頂き、終息致しました」
「竜神……様……だと!?」
「はい、竜神様です! 我が領の問題は解決致しましたが、隣接する別の領にも影響が及んでおりました。何分、我が家はしがない男爵領でございます。他領への問題へ口を出すのも憚られます。そこで国王陛下のご許可を頂きたく参上致しました」
「話は分からぬではないが、手順というものがあろう……」
「ライムハルト様、国王陛下が……」
「わかった。……ユーフェミア殿、国王陛下がお会いになるそうだ、寛大なるお心に感謝するがよい!」
「あ、ありがとうございます!」
良かったぁ、なんとかなったみたい。
「竜神様、下ろしていただけますか?」
ギリギリまで姿勢を低くして、首を地に付けてくださったので素早く竜神様からの降り立つと、竜神様も人モードに。やっぱり付いてきて下さるのですね。
私が騎士団長様の横抜け、竜神様が続こうとすると、騎士団長様が剣を抜き、その行く手を遮ります。
「謁見を許されたのはユーフェミア殿だけだ。竜神か何か知らぬが、ここを通すわけには行かぬ」
「人間風情が……」
首もとに突きつけられた騎士団長の剣の根本を、指先で弾くとそこから折れた剣がクルクルと回転しながら中庭に突き刺さります。
「城に入ったが最後、その娘が切り捨てられぬという保証もあるまい。もっとも、王に会った俺が、王を殺さぬと言う保証もないがな。通させてもらうぞ、そなたの勇敢さだけは覚えておこう」
立ち竦む騎士団長と回りの兵士達を置き去りにして、青白い顔をした騎士に謁見の間へ案内してもらいます。
私、生きて帰れるかな……国王陛下、お守りできるかなぁ。
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