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短編集  作者: 無音
1/7

お題「ヴァイオリン、浮遊、筆記体」(1)

ジャンル: ファンタジー

あらすじ: 名前を筆記体で書いてもらえないと一人前とみなされない世界。先祖に半人前がいるせいで一家ともども嫌がらせを受けていた主人公が、その先祖の墓に嫌がらせをし続けた所、彼の幽霊が現れる。彼は自身を天才ヴァイオリニストだと自負しているが……






 僕の街では、公文書はすべて筆記体で書いた。でもそれだけではなく、筆記体には大きな意味があったーー筆記体は、大人の名前を書く字体なのだ。

 一人前の大人だけが、筆記体で名前を書いてもらえる。向かいのパン屋もお隣のジョンソンさんも、みんな標識は筆記体だ。それはこの街ではごく当たり前のこととされていて、僕も生まれた時からそれに違和感を持つことはなかった。でもそれは逆に、名前を筆記体で書いてもらえない人は未熟者とされてしまうのだ。

 そして、僕の家族の中に、その人はいた。




 ある昼下がりのこと。

「何だよまったく! ロビンの奴、また馬鹿じじいのことでからかいやがって!」

 僕は学校からの帰り道をむしゃくしゃしながら歩いていた。

 毎日のことだった。僕は学校中で、身内の非一人前、僕の曽祖父のことでからかわれていた。彼は僕が生まれた時にはすでにこの世にいなかった。しかし、僕や僕ら家族は、その曽祖父のことでいつも嫌味を言われていたのだ。

 曽祖父は八十歳で亡くなったが、その生涯で一度も名前を筆記体で書いてもらえなかったのだ。すなわち、一生一人前になれなかったのだ。理由は知らなかった。でも知りたいとも思わなかった。身内に未熟者がいること自体が恥なのだから、考えたくもない。

 怒りが治らないままに、帰り道を歩く。道沿いには墓地がある。そこには曽祖父の眠る墓があった。その墓石に蹴りを入れて、暴言とともに唾を吐くのが、僕の日課であった。

 墓地に入り、彼の墓跡の前に立つ。「レオンハルト・ヒュード」。墓碑銘もブロック体だ。よし、間違ってない。

「この馬鹿ーー」

 僕が足を蹴り上げた時だった。

『ーーやめないか!』

 突然頭上から、かすかに声がした。僕はきょろきょろと前後左右を見回すが、人影はない。不審に思いながらも今度こそ蹴りを入れようとすると、

『こら! やめないかと言っているだろう! 聞こえないのか!』

 今度ははっきりと聞こえた。僕は恐る恐る上を見上げた。そこには半透明の老人がゆらゆらと浮かんでいた。僕の身体は硬直した。その声は耳に覚えが無かったが、その顔には見覚えがあった。昔よく、母にアルバムで見せてもらったからだ。ーーごらん、これが半人前の顔、レオンハルト・ヒュードの顔だよ。こうならないようにしっかりお生き。

 目の前にいるこの透けた老人は、まさしくその顔をしていた。

『まったく近頃の若者は行儀がなっとらん。お前は墓に蹴りを何発入れたと思っておるんだ、え? もう痛くて痛くて耐えられなかったぞ!』

「……ゆ、幽霊?」

『まさしく! 私は今は亡き天才ヴァイオリニスト、レオンハルト・ヒュードである!』

 この発言に思わず、いや幽霊に痛覚ないだろ、とつっこみたくなった。こういう揚げ足を取るとたいていロクな目に合わないので堪えたが、おかげで目の前の異常現象に対する恐怖心はふっとび、逆に不審感が頭をもたげだした。

「レオンハルト・ヒュードと言ったな。」

『うむ。』

「僕は貴方のひ孫だ。悪いが、僕は貴方が天才バイオリニストだなんて一度も聞いたことが無い。むしろ貴方が一人前にならなかったせいで僕はとんでもない嫌がらせを受けているんだ! どうしてくれるんだ?」

 僕は目の前の幽霊、自分の曽祖父の目を真っ直ぐ見て言った。すると幽霊は自信をしゅるしゅると失くし、

『……そうか、お前も奴らと同じ目をするんじゃのう……』

 と呟いた。その目は暗く沈んでいた。

 どうしよう、かなり傷ついてる。僕はまた何かやらかしてしまったのかと焦り、色々とあることないこと喋りだした。

「いや、あの、違うんだ。僕は貴方のことで怒っているんじゃない。そう、戸惑っているんだ。僕は貴方のことを何一つ知らないんだ。な? だから、ほら、一回貴方のバイオリンを聴いてみたいんだよなー、とか……」

 幽霊は、最初のうちは僕の苦し紛れの答弁を聞き流していた。しかし最後の方になって、彼の目は突然きらりと輝いた。

『ーーなんだと? 私のヴァイオリンが聴きたいというのか!?』

 すると幽霊は、まるでジャンプするみたいに空中でぴょんぴょんと浮遊し始めた。あ、やばい、と僕は思った。

『やった! 演奏を頼まれるなんて半世紀ぶりだぞ! これは一人前になれるチャンスかもしれん!!』

「いや、あの……」

『よし! そうと決まれば小僧、ヴァイオリンを持ってくるのじゃ! 急いで!!』

 もう一度言い訳を試みたが、嬉しそうに半狂乱になっている幽霊には届かなかった。僕は諦めて、バイオリンを実家に取りに行くことに決めた。確か実家に、古いバイオリンがあったはずだ。

『待つのじゃ、小僧』

 取りに行こうと踵を返したところで、幽霊に呼び止められた。

『私は夕方の5時までしかこの身体を保てんから、その前に来るんじゃぞ。ーーあと、バ、イオリンじゃなくて、ヴァ、イオリンじゃからな。』

 最後の一言に思わず幽霊、もといレオンハルト・ヒュードを見上げる。バイオリンの発音の訂正なんて、狂気の沙汰である。普段ならここで逃げ帰っていたが、今日の話は自分が引き起こしたものである。しっかりけじめをつけておきたかった。

「はいはい。ヴァ、イオリン、取ってきますね。」

 大袈裟なくらいに強調してから、少しだけ魔がさして、幽霊の老人の真似をした。

「あと、僕の名前、ユージなんで。小僧じゃないです」

 言ってしまってから恥ずかしくなって、僕は墓地を走って出ていき、実家に向かった。




(続く)

この話は3話から4話の予定です。


5/1追記、一か所幽霊さんの名前が違っていたので修正しました。

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