五話【弟子と師匠2】
儀式から三日後、あの場に居合わせた装者たちは再びネイサの居城の中庭に集められた。よく晴れた青空から眩しい日の光が差し込むが、マグテスを含め全員の表情は暗かった。
「皆、ご苦労だった。感謝している」
ネイサは普段人前に出る際に着る、簡素なドレスを身に纏っている。首筋があらわになっているが、人間ではないネイサは自身の体を修復し、傷跡は全く残っていなかった。
彼女の後ろには二人の使用人が控えている。一人は全身を拘束された青年を押さえつけ、もう一人は彼の力を封じ込めた棍棒を持っている。青年には薬でも打たれているのか、すやすやと心地よさそうに眠っている。
「皆がいなければ、ビブリアはこの男に滅ぼされていたかもしれない。新たなビブリアの守護者を作る計画は失敗した。申し訳ない」
女王が謝罪しながら頭を下げるので、装者たちは慌てふためいた。
「よしてください、ネイサ様! 俺たちは役目を果たしただけで……」
「そ、そうですよ! それより、その男はどうするんですか?」
「……うむ。今日はそれを伝えようと思って集まってもらったのだ」
彼女が視線を向けると、青年を押さえつけていた使用人が一振りの剣を実体化させた。
「残念だが、彼は始末する。守護者としては不安定過ぎるうえに、マグテスの手によって力の大半が失われた。力を封じた点は致し方ないが、これでは彼を生み出した意味が無い。再び混沌の炎に焼かれる他ないと――」
「おやめください!」
言葉を遮ったのはマグテスだった。
ネイサを含め、全員の鋭い視線が彼に向けられる。
「おやめください! 彼は何も知らぬ赤子のようなもの。我々の都合で生み出し、思い通りにならなかったからと処分するのは、あまりに残酷です! せめて普通の装者として生かしてあげるべきでは!?」
「何を言ってる、マグテス!」未だ傷が残る装者が反論する。「ネイサ様の意向に背くつもりか!? そうでなくとも、こんな危険な奴を生かしておくメリットは無い! それとも、再びこの男が暴れ出したとき、お前が責任を取るとでも言うつもりか?」
「責任?」マグテスは噛みしめるように繰り返す。「……そうですね、責任を取りましょう。老い先短い私に取れる責任ならば」
***
「俺が生まれたときに、そんなことが……」ロズは驚愕せざるを得なかった。「全く覚えていない。俺の記憶があるのは、師匠に引き取られた後からだ」
「君の力を“ヌエ”に封じたときに、一緒に閉じ込められてしまったのかもしれませんね。私たちにとっては好都合だったのでそのままにしておきましたが」
「じゃあ、俺が街の人たちに嫌われていたのも……」
「当時のことが知れ渡ってしまったせいです。口外しないようにと決めましたが、やはり人の口に戸は立てられませんね。君の本性を広めることでビブリアを守ろうという意図もあったのかもしれませんが」
ロズは戸惑っていた。師匠を武器で押さえつけている現状が、自分が暴力的な獣である証拠のように思えていたたまれなかった。
「わかっていますよ、ロズ君。君は悪くない。それに、私と共に暮らしている間、君はあのときの片鱗すら見せなかった。普通の装者として生きていける……そう確信していました」
「でも、師匠は責任を取らないといけない状況になった。だから俺と戦い始めたんですよね」
「その通りです」
シゾーがここまで計算して、ロズを殺人の容疑者に仕立てたとは思えない。しかし結果的に、師匠に処分されなければならない状況に涙を流しそうになる。
ロズは感情を抑えて強がって見せた。
「……でも、残念でしたね! 俺は師匠より強い! 今度は俺が師匠を縛り上げて、ネイサ様に直談判に行きますよ!」
「……わかっていないですね」悲しそうな表情を見せる。「なぜ私がこんな話をしたと思っているんです? 私か君、どちらかが必ず命を落とすから、お互い悔いの無いようにと考えてのこと。そして、君は私に勝てない。そうでなければ、君を引き取ることなどできなかった」
「この状態で、いまさら何を言うんですか」
「私が君を引き取った際の条件は二つ。一つは、君が暴走しないように見張り、普通の装者として教育すること。そしてもう一つは……」
言い終える前にロズの勘が働いた。マグテスを押さえつけるのをやめ、すぐに後ろに飛び退く。
「ぐあっ!?」
胴体から鋭い痛みが走る。
自分の体を見下ろせば、金属の塊らしきものが胴体を大きく抉っていた。反応が遅ければ胸に大きな穴が開いていたに違いない。
「もう一つは、君を一人でも始末できる力を身に着けることです」
マグテスは隻腕だ。左腕はヌエになってしまったのだから。
しかし今、マグテスの左肩から金属の腕が生えている。
「義手……ですか?」
「ええ、そうです。普段は刺青に収納していました。できれば使うときが来なければいいと願っていましたが……」
マグテスが右手にレイピアを、左手に拳を作って再び迫る。
「くそっ!」
ヌエを大きく振りかぶって斜めに振り下ろす。
回避するだろうと思いきや、マグテスは左腕で軽々と受け止めた。
「はあっ!」
「うおっ!?」
つかんだヌエごとロズを振り回し、近くの大木に向けて放り投げた。あまりの勢いに体勢を立て直すこともできず、したたかに背中を打ち付けた。
「ゴホッ!」
激しく血を吹き出す。
義手の力は自分と同等かそれ以上だとすぐに悟った。
このままでは本当に師匠に殺されてしまう……それを悟ったロズには、他に選択肢が無かった。
「ヌエ第三の型“虎の爪”!」
ロズはヌエの中央を折るように分解し、大型のトンファーのように両手で握る。体中にあふれる力が傷の痛みも癒してくれる。
「第三の型ですか」ロズの切り札を前にマグテスは冷静だった。「第三の型はヌエを分解するため、君本来の力が一部戻ります。つまり身体機能と狂暴性が強化されるわけですが、私の義手の前では同じことです」
「うるさい!」
血走る眼でマグテスを睨みながら、四足の獣のように素早く距離を詰める。
「もらった!」
背後を取った瞬間に右手のヌエを叩きつける。
死角からの攻撃は確実に背中を捉える――はずだったが、左腕の義手は通常の腕の可動域を超えて背中からの攻撃を受け止めた。
「なっ!?」
「だから言ったでしょう」
義手が力を込めると、バキンと音を立てて右手のヌエが砕けた。
その瞬間、ふっと意識が消えた。パンパンに膨らんでいた風船が破裂したように、意識が一瞬吹き飛んだ。
「……ハッ!?」
気が付いたときには、左手のヌエも義手に握られていた。
「終わりです」
「や、やめっ……!」
バキン!
ロズを支えてきた武器が完全に破壊された。
「あっ……」
溢れていた力が急激に失われていくのを感じる。猛烈な虚脱感で地面にひれ伏し、起き上がることすらできない。離れたところからスクレが自分を呼ぶ声が聞こえるが、それも徐々に遠ざかっていく。
「ロズ君……ヌエを……負け……」
目の前に立つマグテスの声も断続的にしか聞こえない。
「しかし……もし……第四の……なら……君は…………」
マグテスの声は半分も聞こえない。視界が暗くなり、唇の動きを読むこともできない。
俺は負けるのか?
俺は始末されるのか?
俺の決意はここまでなのか?
やがて自分の心の声も聞こえなくなり、視界は完全に闇に染まった。




