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黒髪に秘めたスクレ=ヴェリッタ  作者: 望月 幸
第五章【赤い国】
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六話【決意改め】

挿絵(By みてみん)

 小さな宿をアルメリア・ブルームのメンバーが貸し切り、夜になるとあちこちの部屋から大きないびきが聞こえてきた。


「相変わらず、起きていても眠っていても騒がしい人たちですね」


 彼らの眠りを妨げないようにと、宿の廊下を静かにアルメリアが歩いていた。

 そんな彼女の横にはロズとスクレがいた。


「悪いな。あんたもゆっくり寝たかったんじゃないのか?」

「私は平気です。その気になれば一週間寝なくても平気ですから。それより、もうビブリアに戻るんですか。もう少しゆっくりしていっても良かったのに」

「これ以上厄介になるのも気が引けるからな。それに、あんたの言葉で俺の決意も固まった」

「そうですか。力になれたようで幸いです」


 三人は宿の二階から一階のリビングに降りてきた。カーテンを開けると程よい月明かりが差し込み、三人の姿をぼんやりと青白く照らした。


「アルメリア……さん。あのとき、俺を止めてくれてありがとうございました」


 ロズは床のカーペットに膝を着けて頭を下げた。


「俺は勘違いしていました。思えばスクレに出会った頃から、何度も『死にたい』って聞かされて、それがスクレの望みだと勘違いしていました。でも、違うんですよね。誰だって死にたくない。額面通りに受け取って、『生きたい』っていう願いを見落としていました」


 ロズは顔を上げ、スクレとアルメリアを見ながら宣言した。


「俺は今度こそ、真の意味でスクレの味方になります。もう迷わない。ビブリア全てを敵に回しても、スクレを裏切るようなことはしない。これが、俺の決意です」


 ロズは立ち上がると、スクレと共に自分たちのことを詳しく説明した。最初の出会いから、これまでの旅のこと。スクレの体に「ネイサ姫が人間になる方法」が刻まれていること。それが実行されればビブリアが消滅すること。


「なるほど……私が思っていたより辛い事情があったのですね。わかったような口を利いてすみませんでした」

「謝らないでください、感謝してるんですから」

「しかし、具体的にはどうするんですか? 本に成る条件を満たした白本を、スクレ様が放置しておくとは思いませんが」

「そのことですが……正直に報告しようと思います。ネイサ様に」


 ロズの視線を受けて、スクレが話を引き継ぐ。


「ネイサ様に正面から陳情します。『あたしにはネイサ様を人間にする物語が刻まれています。しかし、それが実現すればビブリアが消滅してしまう。それを防ぐ手段を見つけるまで待ってもらえませんか』と」


 二人の計画を聞いて、アルメリアは腕を組んで小首をかしげる。


「正直な感想ですが、聞き入れてもらえるとは思えませんね。ネイサ様は人間になるためにビブリアを作ったのでしょう? 長い年月の末ようやく願いが叶うというのに、それを待つとは……」

「だから、俺がいます!」ロズが拳を握る。「ネイサ様が力づくで来るなら、俺が命がけで食い止めます。もしもビブリアにいられなくなったら、スクレと共に異世界で暮らします!」


 しばらく無言で見つめ合うと、アルメリアが笑みを見せた。


「いいものですね。私はヴェラード様やシックザール様の命令を聞いてばかりでしたが、あなた方は共に最善の道を探ろうとしている。自分で考えることを半ば放棄していた私では、これ以上のアドバイスはできませんね」


 彼女が右手を差し出すので、ロズとスクレは順に彼女と手を握り合う。


「ご武運を」

「ああ」

「ありがとうございました」


 ロズとスクレは手をつなぎ、白い炎に包まれて去っていった。

 二人の決意を見届けると、アルメリアは笑みを浮かべながら自分の部屋に戻った。




「……それにしても、やっぱり緊張するな。ネイサ様、絶対怒るだろうなあ」


 ビブリアに戻ってくるなり、ロズはそんなことをつぶやいた。


「何を情けないこと言ってるんですか! アルメリアさんの前であれだけ強気で宣言しておいて!」

「それとこれとは別だろ! あの言葉に嘘はねーけど、相手は女王様なんだから緊張は仕方ないっての!」

「まったく……。本当に、頼りになるのかならないのかわからない人ですね」


 この日のビブリアは珍しく曇天だった。この世界で雨が降ることは無いが、降ってもおかしくないほどの分厚い雲が空を埋め尽くしている。


「なんだか縁起が悪いですね。実はネイサ様は全部知っていて、もうとっくに怒ってるのかも……」

「おいおい、お前まで弱気になるなっての。こうなったら当たって砕けろだ! いざとなったら砕ける前に逃げる!」

「じゃあ、先にあたしの家に行ってスピンを持ってきたほうが良さそうですね」

「そうだな。結局寝てないから、できるなら一眠りしてから城に行きたいが……」


 ロズが大あくびをすると、それにつられてスクレもあくびをした。


「伏せろ!」


 唐突にロズが叫び、彼女の頭を無理やり押さえつけた下げさせた。

 その直後、彼女の頭の上を小石が猛烈な速さで通り過ぎ、背後に消えていった。


「ちょっと! 舌を噛みそうだったじゃないですか!」

「黙ってろ! 敵だ!」


 ハッとしてスクレが身構え、彼女の盾となるように前に立つ。実体化させた武器ヌエを手に前方を睨むと、森の中から人影が現れた。


「モ……モーブさん!?」

「よお、スクレ。久しぶりだなあ」


 笑顔で手を振る紫の髪の男。一見スクレの友人のようだが、彼女の震え方と、何より男が持つ直剣がただならぬ雰囲気で場を包み始めた。


「止まれ。何者だ、お前?」

「何だ、そいつから聞いたことが無いんですか? その女のせいで異世界に取り残された、かわいそうな装者君ですよ」


 モーブは止まらず、ロズの首元を指差しながら近づく。


「っていうか、なんであんたが俺の指輪持ってるんですか? 結構汚れてるし、傷も付いてるし……。なあ、スクレ。お前の新しい装者は随分粗野な奴だなあ」

「この指輪の持ち主?」


 ロズはつい先日スクレから聞いた話を思い出した。


「そうか。お前だったのか」

「わかっていただけました? なら、さっさと返してもらえませんかね。お気に入りなんですよ」

「……そうだな」ぐっと指輪を握る。「本当なら、そうするべきだ」

「……ハア?」

「悪いが、この指輪はもう俺とスクレの絆の印なんだ。そうでなくても、自分の主人だった相手に、そんな殺気を向ける奴に返す気は無い」

「なんですか、それ? 俺は被害者だっていうのに、これ以上傷つけようって言うんですか?」

「俺の話のほうが筋が通っていないのはわかる。まずは、落ち着いて三人で話し合いでもしないか? 他の物で穴埋めしたっていい」

「……ふうん。一応俺のことも考えてくれてるんだあ」


 一瞬ニタリと下卑た笑みを浮かべると、剣を振り上げたモーブが跳んだ。渾身の斬撃をヌエで受け止め、ガキンと痛烈な音が森に響き渡る。


「じゃあ、その女の命だけで我慢してあげますよ! その指輪もどうでもいい! 邪魔するならまずあなたから切り刻みますよ!?」

「くっそ! 最初から交渉は無理だと思ってたけど、案の定だったな畜生!」


 モーブはつばぜり合いの状態から飛び退くと、森の奥に向かって駆け出した。


「どうしますか!?」

「追うに決まってるだろ! あんな奴を野放しにしたら、今後いつどこで襲われるかわかったもんじゃねえぞ!」


 モーブの背中を見失わないよう走ると、装者ではないスクレはあっという間に引き離されてしまう。


「あたしに構わず先に行ってください! 見失うのだけは避けないと!」

「……わかった!」


 彼女を一人にすることに一抹の不安を抱いたが、言う通りでもある。迷いを振り切って全力で後を追った。


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