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黒髪に秘めたスクレ=ヴェリッタ  作者: 望月 幸
第五章【赤い国】
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五話【装者の在り方】

挿絵(By みてみん)

 竜狩り集団“アルメリア・ブルーム”の面々はトラックに解体した竜の死体を積み込むと、それを売るために街に向かって走り去っていった。

 しかしリーダーのアルメリアだけは、あらかじめ積み込んでいたバイクを出し、ロズとスクレの二人と一緒に残っていた。


「あとは彼らに任せれば大丈夫です。むしろ、この世界の商売のことは現地人である彼らのほうが詳しいので、私は専ら戦闘要員ですが。あとは、彼らの士気を高めてあげたり」

「士気を高めるって、ひょっとして……」

「何を赤くなってるんです? 彼らは私を半ば崇拝しているので、一言『頑張れ!』って言えば十分ですが」

「あ、ああ。そうですか……」


 スクレに思い切りわき腹をつねられ、よこしまな妄想が霧散する。


「それより、この土地に来たのには竜退治の他にもう一つの目的があるんです。そこに、ぜひあなたたちにも来ていただきたい」

「目的って……邪魔にならないのか?」

「本当は私一人で行く予定でしたが、色々と話したいことがあるので。無理にとは言いませんが」


 そう言われても、ここで拒否しても何もない丘に取り残されるだけだ。それに彼女が何を話したいのかも気になる。

 二人が一緒に行くと答えると、アルメリアは満足そうに微笑んで二人にヘルメットを差し出した。




 大型のバイクとはいえ三人乗りは非常に窮屈だったが、そこは運動神経に優れる装者。危なげない運転で海沿いの道路を走り、目いっぱいに太陽の日差しと潮風を浴びる。

 ところどころ道路のアスファルトが溶けたり崩れたりしているのは、竜による攻撃の被害か。ひび割れた路面を踏んでバイクが大きく振動するたびヒヤリとする。

 道中、アルメリアは自分のことを話してくれた。二人が何より驚いたのは、彼女がかの有名なシックザール=ミリオンの従者だったということだ。

 彼女がシックザールのことを訊くので、二人は正直に答えた。彼は何十年も前にアンサラーという本の虫(ヴルム)と戦い、行方知れずになっていること。伝説的な白本として語り継がれていること。


「そうですか……。ビブリアではそんなにも時間が過ぎていたのですね」


 それだけつぶやくと、彼女は黙ってしまった。バイクのエンジン音と風切り音に隠れるように嗚咽が聞こえた。




 日が傾いてきた頃、海沿いの単調な風景が一変した。


「わあ……!」

「うお……!」


 カーブを曲がった先には、青い海を臨む白亜の街並みがあった。緩やかな斜面に沿って純白の家々が並び、屋根はさながら帽子をかぶっているかのようにカラフルに彩られている。

 しかし目を凝らせば、街にはおびただしいほどの破壊の跡が見られた。黒く焼け焦げた壁の建物も少なくない。人影も確認できない。


「ここが目的地です。滅びた竜の研究・復活の中心地であるため、今では誰も住んでいません。あれは五年前でしたか……さすがの私も命を落とすかと思いました。言うまでもありませんが、街を見て回るのはあまりおすすめしませんよ。埋葬されていない遺体が転がっていますから」

「それじゃ、わざわざこんな所になにを?」

「お墓参りです」

「誰の?」

「私の主人だった方です」


 荒れた路面に揺られながら、バイクは街の端のほうへと向かっていく。

 道の先には、崖と一体化したかのような独特な集合住宅が建っていた。アルメリアはその入り口にバイクを停めると、物憂げな眼差しで見上げた。


「ここはアルメリア・ブルームの前身となったレジスタンスの本拠地です。竜との戦いで激しく損傷し、今では私以外誰も訪れることはありませんが」


 アルメリアを先頭に建物の中に入る。

 彼女の言葉通り、内部は廃墟と化している。廊下には粉々に砕かれたガラスの破片と薬莢が転がり、この場所で激しい戦闘が行われたことがうかがえる。ところどころ黒焦げになった人体の一部が転がっていたが、見なかったことにした。


「表向きはただのマンションですが、真の姿は崖の内部にあります」


 とある一室に入ると、その最奥にある重厚な鉄の扉を開いた。扉の先は岩場を乱暴にくりぬいたような洞穴になっており、一歩踏み入るとひんやりとした空気に包まれる。


「カンテラが一つで、暗くて申し訳ありません。元々はここに武器を保管したり、会議を開いたりと活用していたんですが、今はお墓が一つあるだけですから」


 その墓はすぐに目の前に現れた。

 人が百人は入れそうな広間の中心に、丸い大きな岩が置かれていた。磨き上げて滑らかになった岩の表面には「ヴェラード」という名が刻まれていた。そしてなぜか、岩にはターバンらしき布が巻かれていた。


「ヴェラード様は、私がシックザール様の前……最初に仕えていた白本です」


 アルメリアがしゃがんで手を合わせるので、ロズとスクレもそれに倣う。


「花とか手向けたりしないのか?」

「ヴェラード様に言われたんです。『もしも僕が死んでしまったら、花は供えないでくれ。花がかわいそうだからね』と」

「それは、優しいというか……変わっているというか……」

「はい、私もそう思います」


 彼女は笑みを見せたが、すぐに表情を変えた。カンテラの暖かい光に照らされた顔は泣き出しそうなくらい寂しげだった。


「私は装者として二人の白本に仕えましたが、二人とも裏切ってしまいました。ロズさん、あなたには私と同じ過ちを犯してほしくない……だから、ここで話したかったんです」

「えっ?」思わぬ言葉に身構える。「それはどういうことだ? 裏切ったって……」

「……一度目の裏切りは、ヴェラード様をこの世界に置いて、自分だけビブリアに逃げてしまったことです。正確にはヴェラード様が逃がしてくださったんですが、そのせいであの人は捕まり、何年にもわたって過酷な拷問を受けてきたのです。私が真の装者なら、ヴェラード様の意志に逆らってでも共に戦うべきでした。

 それどころか、私は記憶を失い、ヴェラード様のことを忘れてしまっていた。許されることではありません」


 彼女の頬を一筋の涙が伝う。それを拭うことも無く話を続ける。


「二度目は、シックザール様への裏切りです。再びこの世界に来た私は、忘れていた記憶を取り戻すことができました。私はこの世界で再びヴェラード様に仕えるか、変わらずシックザール様に仕えるか選ばなければいけませんでした。

 結果的に、私はヴェラード様を選びました。この選択が正しかったか、間違っていたのか今でもわかりませんが、シックザール様を傷つけたことは間違いありません。私が未熟なばかりに、あまりに不誠実なことをしてしまった」


 彼女の顎先からしたたり落ちる涙が地面に染みを作っていた。


「ロズさんにお願いです。絶対にスクレさんを裏切らないでください。たとえ彼女が死を望んでいたとしても、それを叶えることが正解とは限りません。より良い選択肢を見つけるのも装者の務めです。

 刻みなさい。装者はいついかなるときも主人の味方であると」




 三人は墓参りを済ませると、再びバイクに乗って街に降りた。街にはドラゴンの死体を売りさばいたアルメリア・ブルームのメンバーが待ち構えていて、稼いだばかりの金でどんちゃん騒ぎに突入した。威厳を示すためか、アルメリアは勧められた料理や酒を大男顔負けの勢いで胃袋に収めていった。

 大事な客人であるロズとスクレももてなされたが、頭の中ではアルメリアの言葉が反響していた。

 ロズの覚悟は甘かった。ビブリア消滅を目前にして彼の覚悟など崩壊しかけていたが、彼女の言葉で食い止められた。

 巨大な骨付き肉に噛みつきながら、ロズは決意を固めていた。

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