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黒髪に秘めたスクレ=ヴェリッタ  作者: 望月 幸
第五章【赤い国】
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四話【アルメリア・ブルーム】

挿絵(By みてみん)

「なあ、スクレ……」

「なんでしょう?」

「俺たち、なんでこんなことになってるんだ?」

「さあ。あたしにも何が何だか……」


 燃えるような夕日から打って変わって、凍り付いたような夜空の下。トラックの荷台の中、男も女もぎゅうぎゅうで雑魚寝している中にロズとスクレの姿があった。




 五時間ほど前。

 自分を見失い、スクレの首を絞めていたロズは、アルメリアと名乗った女性の装者に放り投げられた。

 突如現れた乱入者に二人が困惑していると、彼女の後ろから何台ものトラックが駆け寄ってきた。


「アルメリア様! どうなされたんで!?」


 運転手の髭面の男が窓から身を乗り出す。かなりの高齢に見えるが、赤黒く日焼けした腕は太くたくましい。


「知人に会った!」


 彼女は振り返って堂々と嘘をついた。


「えっ? いや、俺たちは……」

「私たちについていきたいとのことだ! 今日はここに泊まる。夕食の準備と、ついでに二人の歓迎会でも開いてやれ!」

「おっ! じゃあ、肉多めに焼いちゃっていいっすかね?」

「任せる!」

「アイアイサー!」


 すると、今までトラックの荷台にでも入っていたのか、車体の後ろから続々と人間たちが現れた。その数、およそ三〇人。二十~三十代ほどの若い男性が多く、筋肉質の彼らの体には無数の傷や火傷の跡が残っていた。数人は銃を携行している。


「ああっ……腰いて~!」

「車そろそろ買い替えようぜー」

「ほらほら。さっさと準備始めるよ!」

「おっ? 何か知らない奴がいるぞ」

「今アルメリア様が話してただろ。知人だそうだ」


 彼らは手際よく調理台やコンロを設置し、見たことも無い野菜や肉の塊に包丁を入れていく。適当な大きさに切って、強火で炒めながら塩らしき調味料を振るという雑な料理だったが、見晴らしのいい丘の上というシチュエーションのせいか妙に食欲をそそる。

 彼らと一緒に二人とアルメリアもテーブルに着くと、こんもりと盛り付けられた皿が目の前に出された。


「ほら、食べなさい。食べれる人からさっさと食べるのが決まりです」

「でも、さっき歓迎会をやるとか……」

「なんだ、クラッカーでも鳴らしてほしかったんですか? そんなもの無くても、うちの連中はそれ以上に騒がしいですよ」


 彼女の言葉通り、自分の皿を持った連中が二人を取り囲んだ。


「なんて名前なんだ?」

「アルメリア様とはどのような関係で?」

「おう、お前強いのか?」

「こっちの嬢ちゃんは随分おとなしいな」

「まあいいや。とにかく飲め飲め!」


 無理に勧められた酒はかなり強烈で、ロズもスクレもあっという間に頭も呂律も回らなくなった。

 そして目が覚めたときには、トラックの荷台の中で彼らと一緒に寝ていたのだ。しかしアルメリアはそこにはいなかった。


「仕方ない。とりあえず今は寝よう」

「あの、ロズさん……あのことは」

「今、その話はやめてくれ。俺だって混乱してるんだ……」


 スクレを生かすべきか、殺すべきか。答えを出せないロズは、この奇妙な展開にわずかながら感謝していた。




 翌朝、アルメリアたちは日の出とともに動き出した。軽い朝食を終え、別のトラックの荷台に積まれていた銃火器の点検を済ませると、朝日に向かって突き進んでいく。アルメリアは先頭のトラックの荷台の上に立ち、その横には彼女の意向で連れてこられたロズとスクレが座っていた。


「昨日は私たちの自己紹介もできずにすみませんでしたね。私の名前はアルメリアで、私が率いるこの集団は『アルメリア・ブルーム』といいます。主な活動内容は竜の駆逐」

「竜!?」


 ロズは目を輝かせた。


「おや、見たことがあるんですか?」

「いや、無いけれど。でもビブリアの本で読んだことがある! 超かっこいい生き物でしょ!」

「まあ……かっこいいと言えばそうかもしれませんが。この世界においては害獣でしかありません。

 かつて、この世界には多くの竜が生きていたそうです。それはやがて絶滅したのですが、この国の為政者が欲に任せて復活させてしまいました。制御ができなくなった竜は繁殖を繰り返し、今では人間たちは竜に怯えながら暮らしている……そんなところです」

「じゃあ、人助けということか」

「そんな綺麗なものではありません。アルメリア・ブルームの構成員は、竜に肉親を殺された者、スリルを求める者、多額の報酬を求める者、あとは竜の復活を阻止していたレジスタンスの生き残り。今は三〇人ほどですが、亡くなった者を含めれば百人以上……イカレた集団です」


 ロズは視線を下げる。今自分が乗っているこのトラックが真っ赤に血塗られている錯覚を覚えた。


「アルメリアは、なんで竜と戦ってるんだ?」

「それは……おや、見えてきましたね」


 前方に湖が見えてきたが、そのほとりに二つの巨大な塊がある。二頭の竜が優雅にくつろいでいた。人間をまとめて十人は飲み込んでしまえるほどの巨体に、ロズは竜を目の当たりにした喜びよりも威圧感にたじろいだ。


「でかい……人間が束になっても敵わないぞ、あれは」

「なんだ、中型二頭ですか。依頼では大型と聞いていましたが、やはり素人の情報は当てになりませんね」

「えっ!?」

「ん?」


 野良犬でも見つけたかのようなそっけない彼女の反応が信じられない。

 何か言いたそうなロズを尻目に、アルメリアは荷台の中に呼びかけた。


「すまない! しっかり準備してもらって悪いが、お前たちの出番は無さそうだ! 私一人で片付ける!」


 彼女がトラックを止めさせると、荷台から上機嫌のメンバーたちが下りてきた。


「良かった……今回は怪我せずに済みそうだな」

「私、アルメリア様が戦うところを見るの初めてです」

「一応各自、武器のチェックと防護服は着ておけよ! 何が起きるかわからんからな!」

「了解! でも、そんなの万に一つもないと思いますがね!」


 竜と戦う準備を和気あいあいと進めている。緊張感がまるでない。

 仲間たちに見送られながら、アルメリアは一人で二頭の竜に向かって歩いていく。危ないからとスクレを置いて、ロズは彼女に走り寄った。


「いくらあんたが装者でも無理だ。どうしても一人で行くって言うなら、俺もついていく。足手まといにはならない」

「いいですよ。もっとも、足手まといになる前に終わりますが」


 その言葉にカチンとくるが、黙って武器ヌエを実体化させた。


「……その武器」

「ん? ヌエがどうかしたか?」

「……いえ、何でもありません。それより、向こうも私たちに気付いたようですよ」


 こちらに首を向けていた一頭が目を見開き、いかつい首をもたげる。威嚇するようにバサッと翼を広げると、もう一頭も目を覚まして首をこちらに向けてくる。


「良い的ですね」


 アルメリアが体を撫でると、自分の背丈ほどもある対物ライフルが現れた。わずか一秒ほどでピタリと狙いを定めると、細い指が遠慮なく引き金を引く。


 タァン!


 耳をつんざく破裂音を残し、一発の弾丸が宙を突き抜け、竜の眉間を貫いた。「グギャ……」と力ない悲鳴を上げ、巨体があっけなく崩れ落ちる。

 その間にもう一頭の竜が飛び立つ。瞳は常にアルメリアを視界に入れ、彼女の対物ライフルを警戒しながら徐々に距離を詰める。


「今のうちに説明しておくと、眉間を狙ったのは竜をなるべく傷つけないためです。竜は害獣ですが、鱗から内臓に至るまで捨てるところがありません。世界中の竜狩りたちはそれらを売って儲けているわけです。そのリスクは一攫千金には見合いませんが」

「いや、何のんびり解説してるんだよ! あの竜、口から炎が溢れてるぞ!」

「そういうときは、首を撃ちます」


 高さ五〇メートルほどを旋回している竜の細長い首を、彼女は足元の小石を蹴るように何の感慨も無く撃ち抜いた。首に開いた小さな二つの穴から勢いよく炎が噴き出し、バランスを崩した竜が高度を落とす。


「この手の竜は首に穴を開ければ終わりです。炎は吐けなくなりますし、呼吸もできずやがて死にます」


 落下する竜は一矢報いようと口先をアルメリアに向けるが、炎は全て穴から漏れ出してしまう。


 ドズン!


 頭から突っ込んだ竜は地面を震わせ、やがて動かなくなってしまった。


「お、終わった……なんてあっけない……」

「いえ、まだです」


 ボゴンとアルメリアの足元の地面が砕け、蛇のような細長い体を持つ竜が飛び出し、彼女の首筋に牙を突き立てようとした。

 竜の奇襲に対し、彼女は自分の左腕を撫でて一振りの短剣を実体化した。まばゆい宝石がちりばめられた豪奢な剣だ。


 ヒュン


 竜の口の裂け目に刃を合わせ、竜の体に沿って刃を押し込む。地上に現れた竜の体は上下真っ二つにされてしまった。


「これは地竜です。体は小さいですが、仕留めるのが難しいという点では強敵です。

 それにしても、二頭の討伐をするはずが三頭になるとは……依頼主には倍の額を請求しても良さそうですね」


 刃に付いた血をぬぐうと左腕に突き立てる。一瞬で宝石の剣は元の刺青に戻ってしまった。


「あんた、本当に装者なんだな。しかもめちゃくちゃ強い……」

「元は平凡な装者だったんですがね。成り行きとはいえ彼らを率いる立場になってしまった以上、強くあらねばなりませんから」


 そう言って笑みを向けてくるアルメリアに、ロズは生まれて初めての感情を抱きそうになった。

 彼女は乱れた衣服を直し、仲間たちのほうへ振り返ると同時に凛としたリーダーの顔に戻った。


「これにて戦いは終わりだ! 退屈させてすまなかったな! 私は休むから、その間に竜の血抜きと解体を済ませておけ! 終わり次第街に運ぶ!」

「はいっ!!」


 仲間たちは手に手に道具を持ち、蟻のように群がって巨大な竜の体をバラバラにしていく。

 アルメリアはトラックの運転席の中で横になり、やることがないロズとスクレは彼らの働きっぷりを眺めていた。

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