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黒髪に秘めたスクレ=ヴェリッタ  作者: 望月 幸
第五章【赤い国】
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二話【ビブリアが消えてしまう】

挿絵(By みてみん)

 スクレは五年ほど前に生まれた。少々引っ込み思案の女の子だったが、目立った長所も短所も無い、平凡な白本そのものだった。


 四年前、スクレはモーブという名の装者と組んだ。彼は紫色の髪が特徴の装者で、若く少々軽薄なところがあったが、実力――特に戦闘面に関しては申し分なかった。スクレはあまり彼が好きにはなれなかったが、新人らしく一生懸命役目を果たそうとする点は高く評価していた。

 白本は本に成るために多くの物語を経験しなければならないが、その量は個人差が大きい。どれだけ順調でも十年以上かかる者もいれば、わずか一年で本に成ってしまう者もいる。

 その点では、スクレはどちらかといえば早熟タイプだった。たったの一年でノルマの三割を達成してしまった。




 そして二年前。スクレが旅をやめて引きこもってしまう事件が起きた。


「わあ、綺麗!」


 スクレとモーブはとある世界にたどり着いた。夜空には無数の星々が煌めいているが、その中に一際大きい星がいくつか浮かんでいるが目に付いた。


「いや……あれは星じゃねえ。人間だ」

「人間……? そんな、まさか」

「いや、間違いねえ。装者の視力を舐めるなよ」モーブはじっと目を凝らした。「原因はわからねえが、人間が光りながら空に向かって飛んでいってる。このまま宇宙まで飛んでくんじゃねえか?」

「そういう人種なんでしょうか?」

「それは無いと思うが……。今日はもう遅いから、明日聞き込みでもしていこうぜ! きっと良い経験を積めるぞ!」


 そして翌日。

 人が飛んでいくのは“精霊病”という病気だと知った。すでに治療の儀式の方法は確立されており、各家庭には一冊ずつ、儀式の方法が事細かに書かれた冊子が置かれていた。白本共通の能力として記憶力が高く、スクレは一度それを読んだだけですべて記憶した。

 精霊病を敢えて治療せず、空に飛ばされる患者の多くは高齢者だった。そのほとんどはもはや寿命と言っていいほど老衰しており、家族は全てを納得したうえで彼らを天に送り出していた。

 外から覗くだけの形になってしまったが、スクレたちはその現場を何度も目にして、しっかりと自分の体に刻み込んだ。


 滞在六日目の夜、街はずれの林の中でテントを張り、モーブと共に寝袋に入っているときのことだった。


「スクレ、起きてるか?」

「はい、起きてますよ」

「この国はどうだった?」

「――良い国だったと思います。景色も食べ物も平均以上。文化の面では特に見るべき点は無かったですが、金細工は良かったですね。錬金術の研究が進んでいるのも影響してるんでしょうか?」

「んー。俺は難しいことはわかんねーけど、とりあえずこの指輪は気に入った」


 モーブが右手を寝袋から出すと、まっすぐ上に掲げた。彼の右手中指では肉厚の指輪が鈍く光を放っていた。


「だけど悪いな。本当は、こういうのは白本が優先で買うもんだろ?」

「お金が無かったから仕方ないですよ。それにモーブさん、すごく欲しそうにしてましたから」

「あ、マジ? そりゃ恥ずかしいな……」


 恍惚の表情で指輪を見つめるモーブが、うっとりした声で語り始めた。


「それにしても、この世界に来たのはついてるよな。この指輪もだけど、精霊病っていう興味深い病気の物語、それと精霊化した人間を元に戻す方法……それが一気に手に入った。特に最後のが重要だ」

「どういうことですか?」

「気付かねえのか? お前だって、ネイサ姫が『人間になるためにビブリアを作った』っていう話は知ってるだろ」


 それはビブリアに住む者ならみんな知っている。

 元々ネイサ姫は自分の目的をひた隠しにしていたが、今は亡き大犯罪者“アンサラー”が全てを暴露した。その事実はビブリアに度重なる議論とネイサ姫への不信感を引き起こしたが、現在は「この世界ビブリアも自分たちもネイサ姫の所有物だから仕方ない」という結論に落ち着いている。


「えっと……結局何が言いたいんですか?」

「このままお前が本に成れば、ネイサ姫は念願叶って人間になれる。そうなれば、これ以上の功績は無いだろ! 史上最高の装者のネグロさんも、ビブリアの守護者として名を残したシックザールさんも目じゃない! 永遠にネイサ姫の記憶に残る大偉業だ!!」


 グッとガッツポーズするモーブの姿に、スクレも自分が誇らしくなって興奮してきた。

 しかし、自分がその鍵を握るせいか、急に冷静になってきた。

 もしネイサ姫が人間になったら、ビブリアはどうなる? あの世界は彼女の力で成り立っているから、ただの人間になればどうなってしまう? そもそも人間はビブリアに入れないから、人間になる儀式は異世界で行うことになり、ビブリアは放棄されてしまうのではないか?


「……スクレ?」


 モーブの声も届かない。

 あたしが――あたしたちが生まれ育った故郷ビブリアが消えてしまう。そう思うと涙が溢れ、ネイサへの忠誠心を押し流してしまった。

 嫌だ! そんなの嫌だ! たとえネイサ姫を裏切ることになっても、この世界での物語は渡せない……!!


「どうしたんだよ、スクレ?」


 ようやく彼の声が届き、慌てて涙をぬぐった。


「びっくりした……急に泣き出すなんてよ。泣くほど嬉しかったか?」

「あ、えっと……ちょっと頭の整理が……。

 もしもネイサ姫が人間になったら、ビブリアは無くなっちゃうんじゃないですか? その点、モーブさんはどう思います?」


 その質問に、彼は少し悩んだ後こう答えた。


「寂しいけど、仕方ないだろ。ネイサ姫の願いはビブリア全体の願いだ。もっとあの世界に愛着のある年寄りだって、たぶん俺の考えとほぼ同じはずだぞ?

 なに、心配するなよ。たとえビブリアが無くなっても、姫様と白本や装者、みんなで異世界に行けばいいだけじゃないか」


 その答えを聞いて、スクレは決心した。

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