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【取り残された国1】

挿絵(By みてみん)

「やめてくれ……俺たちが何をしたって言うんだ? ち、近づくな……!」


 男の懇願を無視して、シゾーは左手から突き出した炎剣(ヴォルナール)の刃を突き刺した。傷口からあふれ出した炎は瞬く間に彼の体を包み、やがて炭と化した。

 男の隣には呪剣(グリジャグル)で動きを封じておいた白本の少年が転がっている。少年もまた同じように見逃してくれるよう懇願したが、当然のようにそれを無視する。彼の体はとてもよく燃えた。


「――終わったぞ、ニーニャ。出てきても大丈夫だ」


 シゾーは振り返り、建物の陰に隠れていた同伴者の少女を呼んだ。


「――その人たち、どうしたの?」

「僕が燃やして殺した」

「どうして?」

「僕の仇だからだ。全ての白本と装者は僕の敵だ」

「どうして?」

「僕の仲間たちは白本と装者に殺された。だからだ」

「ふうん」

「――僕のことが嫌いになったか?」

「ううん? ニーニャ、嫌いになったりしないよ。ニーニャを外の世界に出してくれたもん」

「そうか。僕のやることは終わったが、もう少しこの世界を見ていくか?」

「うん。この世界、なんだか綺麗だから」

「綺麗か……」シゾーは夜空を見上げた。「僕には不気味に見えるけどな」


 満天の星々が煌めく夜空を睨む。

 浮かぶ星々に混ざるかのように、街の至る所から発光する人々が空に浮かんで消えていった。




「精霊病?」


 翌日、適当に野宿して街を散策し、休憩のために入ったカフェで話を聞いてみた。ちなみにお金は始末した白本と装者から奪っていた。


「そうよ、精霊病。君たちは旅人さんらしいから、びっくりしたかもしれないけれど」


 カフェの女性店員が気さくに教えてくれる。客はシゾーたちを含め三人しかいなかったので、よほど暇だったのか、それとも単にさぼりたかったのか、彼らの横に座ってしまった。


「ああ、気にしないで。この時期は精霊病の患者との別れを惜しんで、客足がめっきり遠のくから。質問にいくらでも答えてあげられるわよ」

「それじゃあ、精霊病っていうのを詳しく教えてもらえませんか?」


 シゾーとしてはそんな病気のことなどどうでもよかったが、ニーニャはどうしても気になるようで、しかし彼女は他人と話すことに慣れていなかったので代わりにシゾーが会話していた。


「精霊病っていうのは一言で言うと、人間が精霊になって天に昇っていく病気よ。

 病気に罹るのはちょうど今の時期、夏の三日間だけ。発病すると、まず牛みたいな角が生えてくるの。日が経つごとに角は伸びていって、同時に意識が希薄になっていくの。末期になると、ほぼ植物人間ね。

 そしてちょうど一年後。患者の体はぼんやり発光しながら、ふわっと風船みたいに浮かんでいくの」

「飛んでいった人間はどうなるんです?」

「さあ? 気球で追いかけた人もいるけど、追いつけない高さまで飛んでいったって言うし。一人も例外なく戻ってこないし、ちょっと神々しい姿だから、天国に行ったっていうのが通説よ。少なくとも生きてはいないでしょ」


 ちょいちょいとニーニャが服を引っ張るので、顔を寄せるとそっと耳打ちしてきた。代わりに訊いてほしいことがあるらしい。


「その病気を治す方法はあるんですか?」


 その問いに、女性店員は笑顔で答えた。


「あるわよ。この国に住んでいる人ならみんな知ってるわ。君も知りたい?」

「いえ、別に……」そう言おうとして、わき腹を思い切りニーニャにつねられた。「……知りたいです」

「わかった、ちょっと待ってて。店長―!」


 彼女が戻ってくるまで、シゾーはニーニャを睨みながらコーヒーをすすった。


「おまたせー! ほら、この冊子に載ってるよ。一家に一冊あるんだけど、とりあえず店長の借りてきた」


 冊子を開いて二人で読んでみると、そこには思いがけない内容が書かれていた。

 精霊病とは、一種の“変身”である。つまり、精霊病の対策は“治療”ではなく“精霊化した人間を元の人の姿に戻すこと”ということだった。

 冊子には人間を構成する材料、それらの調合方法と入手方法。具体的な“人間の作り方”まで明記されていた。


 今までいろいろな世界で、人間を作ろうとする人間を見てきた。行きつくところは同じなのか、この国の手法もそれらに類似している。大きな違いは、化学的な手法に超自然的な呪術原理を組み込んでいるところか。

 冊子に目を通しながら仕組みを推測する。


「……これだけ世間に流布しているということは、確実な方法ということですか?」

「そうよ。ていうか、あたしも数年前に精霊病に罹ったし」

「えっ?」

「正直ちょっと怖かったけどね。でも、いざ治してもらったらまさに『生まれ変わった』って感じ? なんかスッキリした」


 ケラケラと笑った後、すっと真面目な顔になった。


「でも、昔は不治の病扱いだったらしいからね。きっと、取り残された人たちが必死になって治療方法を探したんでしょ。よその国では『人間を作り替えるなんて倫理に反する』って批判もあるし、もっともだと思う。でも」

「でも?」


 女性はこの日一番の笑顔を二人に見せた。


「生まれ変わったあたしを、パパとママは笑顔で迎えてくれたわ」

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