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【母なる国4】

挿絵(By みてみん)

“母体”の奪還を果たしたシゾーだったが、その後の展開に彼は理解が追い付かなかった。

 制御室で母体と共にいると、軍人とは別の人間たちがカプセルを運んできた。蓋が開けられると、母体は手を借りながらカプセルに入り、彼らは元来た道を戻っていく。

 そのうちの一人がシゾーに声をかけた。


「キャプテンから話は聞いている。君は人間軍の一員として働いてくれたそうだな。それなら、私たちと一緒に来るといい。その左目も治してあげよう」


 よくわからないが、渡りに船だ。このままついていくのが得策と考え、彼の申し出を受け入れると、車椅子のような機械に乗せられた。快適な乗り心地で、何も操作しなくても自動で彼らに追従する。

 塔の外に出ると、広場に大型の輸送ヘリが待ち構えていた。全員が乗り込んで扉が閉まると、バタバタと音を立てながらヘリが飛び立った。

 人間たちは無言できちっと座っているだけだったので、シゾーは隣に座る男に尋ねた。


「あの、第二七〇五次戦争ってどういうことですか?」


 さっき、母体はたしかにそう言った。そして「おめでとうございます」と。

 シゾーの問いに、男は首を傾げた。


「どういうことも何も、そのままの意味さ。それだけの回数戦争をしてきたということだ」

「……まさか、次の戦争も近々?」

「もちろん。今回の戦争は終戦予定日の三日前に終わったから、第二七〇六次戦争は一年と三日後に開戦だ」

「つまり、一年の戦争と、一年のインターバルを交互に繰り返して戦争を続けてきたと?」

「そうだ」


 シゾーは人間の戦争について詳しくないが、それが異常なことだというのはわかった。


「――見えてきたぞ。我々の首都だ」


 小さな窓から見える景色を眺めるうちに到着したらしい。しかしここでも、シゾーは再び驚かされた。

 眼下に広がる街並みは、ヘリが飛び立った機械人形の街並みと酷似していた。

 極めつけは塔の存在だった。帽子をかぶったような独特のシルエットの塔が、人間の街にもそびえたっていた。


 ヘリが降り立つと、母体が入ったカプセルは塔へ、シゾーは病院に連れていかれた。手術室に直行すると、麻酔と共に意識が遠のく。

 次に病室で目が覚めた時には、顔の左半分に包帯が巻かれており、触ってみるとコリコリとした目玉の感触がある。

 眼球を丸ごと移植する技術は流石で、しかも翌日には包帯が取れるらしい。しかし丸一日待つのも暇ということで、シゾーは看護師に頼み、この国のことがわかる本などを持ってきてほしいと頼んだ。すぐに看護師はタブレット端末を持ってきて、使い方がわからないシゾーに懇切丁寧にレクチャーしてくれた。

 言われたとおりに指でなぞるように操作すると、鮮明な立体映像と共にこの国の歴史が語られ始めた。




 かつて、この星には数百億以上という大勢の人間たちが生きていたらしい。しかし増えすぎた人口はこの星の資源を取り尽くし、やがて奪い合いの戦争が始まった。そもそもの発端が爆発的な人口の増加ということで、多くの国が惜しげもなく大量破壊兵器を使用した。


 そして戦争が始まって五年、とある大国が新兵器を開発した。その兵器は空間そのものを歪める機能を持ち、その影響範囲にあるものは金属すら粉々にされてしまう。

 それは人口を半分にまで減らした戦争を終結させる抑止力として期待されたが、実際は開発技術を盗んだ小国まで開発に成功し、使用されてしまった。制御できない破壊の波がその国を中心に広がり、人類は速やかな対応を余儀なくされた。


 そして急遽開発されたのが、現在“母体”と呼ばれる機械と、それを守護する機械人形だった。母体には空間を歪める波動を中和する機能が搭載されており、その範囲は一国を覆う程度。つまり多くの人間が切り捨てられる。

 この世界の実質的な最後の戦争は、母体を作った人間たちと機械人形の混成軍と、力づくで母体を奪おうと試みる人間たちの連合軍の間で行われた。


 全ては手遅れ。この時点で、この星に住む生物の絶滅が確定した。

 空間の歪みによる広範囲の破壊、それに伴う星の内部構造の破壊と天変地異の発生、母体を巡ってのさらなる戦争。坂を転がり落ちるように生物は死滅していった。

 やがてこの星に生物がいなくなった頃、そこに立っていたのは母体と機械人形だけだった。


 主を失ってなお、機械人形は命令に忠実だった。

 まず彼らは、自分たちを“人間役”と“機械人形役”に分けた。そして“戦争”と言う名のゲームを繰り返すことで、自分たちの存在意義を保ち続けた。




 シゾーはタブレットの電源を切り、自分の右手を見た。

 機械人形に呪剣グリジャグルの呪いは通じない。しかし“母体を守れ!”という命令に突き動かされる彼らは既に呪われていた。

 翌日包帯が外されると、鏡の前には薄紫と銀色のオッドアイとなった自分の姿が映る。右目を覆い、義眼となった左目だけで見ると、レントゲン写真のように自分の体内が見える。傍に立つ、一見普通の人間らしき看護師を見れば、皮膚の下には機械人形の姿があった。


 シゾーは看護師を通して「母体に会いたい」と要求を出した。本来は限られた機械人形しか接触できないが、人間軍勝利の立役者であるシゾーの要求だけに特例として通った。

 退院と同時に迎えに来た案内役の機械人形――名前をガイド4というらしい――の運転で人間側の塔に向かう。

 道すがら、破壊された人間と機械人形のパーツを満載したトラックとすれ違う。製造工場で感じた違和感の正体は、その場に血が流れていなかったことだ。製造工場を破壊せずに停止で留めたのも、次の戦争のために新たな人間と機械人形を製造するためだろう。


「あなたたちは、なぜ戦うんですか?」


 シゾーの問いかけに、ガイド4は前を向きながら答えた。


「もちろん、母体の力で人類を存続させるためです」


 さらに質問を投げかける。


「あの塔のエレベーター、次の戦争が始まったら壊しませんか?」

「それはできません。侵入経路を全て塞いでしまうのは戦時法違反になるので」

「でも、相手は機械なんでしょう? そんな法律より自分たちの命が大切じゃないですか?」

「しかし、ルールなので」

「それじゃ、なぜ戦うんですか?」

「もちろん、母体の力で人類を存続させるためです」


 シゾーはため息をつくと、車窓の外に広がる青空を眺めた。

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