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【母なる国3】

挿絵(By みてみん)

 終結した三十五人の顔は強張っていた。人類の存亡を賭けた戦いとはいえ、これから死地に赴くとなれば前向きになれと言うのが無理な話だ。


「母体を! 人類の勝利を! この手に!!」


 キャプテンが檄を飛ばすと軍人たちも「オオッ!」と声を張り上げるが、やはり表情は硬い。覚悟を決めた顔なのか、死に怯える顔なのか、人間ではないシゾーにはもはや判断がつかなかった。


「それでは、塔への侵入を開始する」


 作戦通りに二つのグループに分かれる。先に上がるグループをソルジャー1と呼ばれた屈強な男が、後に上がるグループをキャプテンが率いる。

 ソルジャー1たちは無表情で歩み出すと、塔の中に入り、すぐにエレベーターに乗り込んでいった。

 最上階直通のエレベーターは一基しかないので、往復してくるまで待たなければならない。片道一分ほどなので、第二陣が最上階に着くのは三分後。第一陣は二分間持ちこたえなければならない。待っている間、人間たちは仲間を見守るようにじっと天を仰いでいた。


「――降りてきた。行くぞ!」


 一階に戻ってきたエレベーターに乗り込む。最上階のボタンを押すと、ドアを閉めたエレベーターが上昇する。外の景色は見えないが、かなり高速で動いていることは体感できる。


「それにしても」シゾーは作戦を聞いた時から疑問に思うことがあった。「どうして機械人形はエレベーターを使えるままにしておいたんだ?」


 キャプテンの話では、迎撃砲が空からの侵入を牽制している。母体を守るならエレベーターを使えなくして密室を作るのが一番のはずだ。

 ひょっとして、人間軍が乗り込んでからかごを落としてしまうのか? それも考えたが、実際は第二陣まで何事もなく上がっている。

 これではまるで、人間軍を招き入れているような……。


「どうした?」


 兵の一人に声をかけられて我に返った。

 考えていても仕方ない。今は母体を奪い返して、機械人形たちの鼻を明かすのが先だ。

 シゾーは心を決めた。




「――着くぞ。皆、構えろ」


 長かったような短かったような一分が終わる。

 シゾーを中心に置き、前方に盾を構えた兵士が、左右と後方には機械人形の駆動を抑制する棒状のスタンガンを構えた兵士が陣取る。この十六人が弾丸のように突っ込んでいくのだ。


 ――チン


 緊張感のないチャイムと共に開いた扉は、十六人に凄惨な光景を見せた。

 先に送り込まれた二十人はわずか五人しか残っていなかった。それに対し、機械人形は十八体から十体に減ったのみ。第一陣の目的は端に機械人形を誘導することだが、もはや五人でそれを実行できるわけがなかった。


「ひるむな! 走れ!!」


 シゾーの後方から指揮を執るキャプテンが叫ぶ。その言葉に弾かれたように、全員無我夢中になって駆け出した。

 当然機械人形たちは第二陣の存在に気付いている。製造施設にいたものより大型で、ぶ厚い装甲を身に着けた機械人形が迫る。


「姿勢を低くして右に進路を修正! デカブツたちの間を潜り抜けろ!」


 立ち塞がる大型機械人形三体に、スタンガン持ちの兵がスイッチを入れて殴りつける。パンッという弾ける音と共に機械人形たちがぐらつき、先頭の兵が盾ごと体当たりする。


「今だ!」

「はいっ!」


 盾でこじ開けた隙間をシゾーとキャプテン、二人の兵士が滑り込む。

 体勢を立て直した大型機械人形が退路を塞ぐ。その向こうでは残された兵たちの悲鳴が上がっていた。


「あれか!」


 正面には壁と同じ色の扉がある。横に設置された小さいパネルに正しい暗証番号を入力すれば開く仕組みだ。番号は既に人間軍がデータを盗み出し、シゾーも暗記している。


「うああっ!?」


 悲鳴と共に、横を走っていた兵士が吹っ飛ばされた。

 横目で見ると、一体の細身の機械人形が立っていた。大型の背後に隠れていたため誰も気づけなかった。


「君は前に進め!」


 キャプテンと一人の兵がその場に残り、シゾーと機械人形の間に立ち塞がる。

 シゾーは返事の代わりに頷くと、パネルまでの残り数メートルを一気に駆け抜け、壁に激突した。もはや数秒も無駄にできない以上、減速する暇なんて無かった。


「4、3、9、0、0……」


 窮地に関わらずシゾーの指の動きは淀みない。二十桁の暗証番号をタタタと叩いていく。

 しかし残り三つとなった時、自分の体をふっと影が横切るのに気づいた。


「上かっ!?」


 反射的に上を向くと同時に何か落ちてきた。すれ違いざまに視界が機械の腕に覆われ、左目に痛みを感じる。

 舌打ちする。もう一体の細身の機械人形が天井に張り付き、死角からシゾーを狙っていたのだ。睨みつけるシゾーの前で、機械人形はえぐり取った彼の左目を握りつぶした。痛みに強い白本だが、視力を半分奪われるのは耐え難いダメージだった。

 それでもシゾーは冷静だった。左手の炎剣ヴォルナールを構えながら、右手は番号を打ち続け、ついに扉のロックが解除された。


「今だ!」


 全ての人間と機械人形たちの視線を受けながら、開放された薄暗い通路に飛び込み、そのまま走り出す。

 早くしなければ追いつかれる――そう思いながらの全力疾走だったが、なぜか機械人形は扉の前に立ち、シゾーの後ろ姿を見送るだけだった。


 様々な疑問を残しながらも、シゾーはようやく“母体”の下にたどり着いた。彼女は無数の配線につながれた玉座に座り、眠るように目を閉じていた。


「……綺麗だ」


 復讐に囚われたシゾーの口から、その言葉が漏れた。

 陶器のように白く滑らかな肌。絹のように白い髪はとても長く、彼女の身長ほどはある。光の加減で虹色の光沢を放つのは、さながら虹がかかっているようだ。

 細い体を覆う黒のドレスはあまりにシンプルだが、彼女の存在感をより神秘的に浮き上がらせている。

 長い生涯で初めて目の当たりにした神秘の極致に、シゾーは畏敬の念すら覚えた。


「……っと、こうしちゃいられない。たしかティアラを外すんだな」


 母体制御用のティアラは人間側と機械人形側に一つずつあり、母体の所有権はそれで決まる。つまり相手側のティアラを外し、自分たちのものを着けることで「母体を奪った」と確定する。

 この場に人間側のティアラは無いので、今着けているものを外すだけでいいらしい。シゾーは母体の前に立ち、彼女の小さな頭からそっとティアラを抜き取る。


「…………」


 無言で母体が目を開く。銀色の瞳はこの世界の人間たちに似ているが、彼女の瞳は夜空の月の魔力があった。

 その瞳に見とれていると、おもむろに彼女の口が開く。抑揚の小さい澄んだ声で、彼女は思いがけない宣言をした。


「おめでとうございます。第二七〇五次戦争は、人間軍の母体奪還により終結しました」

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