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【母なる国2】

挿絵(By みてみん)

 突如現れた男はキャプテンと名乗った。それは名前ではなく役割だろうと言いたかったが、シゾーは言及しなかった。正直どうでも良かった。

「人間の仲間になり“母体”を奪ってほしい」キャプテンの誘いをシゾーは二つ返事で受け入れた。理由は単純、先ほどのロボット一体を倒した程度では気が収まらなかったからだ。

 シゾーの快い返事に、キャプテンは頭を下げて感謝した。


「ありがとう。恩に着るよ」

「それはいいんですが、ここは一体どこなんですか? それと“母体”って何ですか?」

「そうか、何も知らないのか。本当に不思議な少年だ……まあいい。歩きながら話そう」


 そう言うと、キャプテンは再び銃を構えながら先導した。




 シゾーが降り立ったのは、この建物の中でも端の方、戦略的にも重要性が低い区域だった。キャプテンの後ろについて歩くにつれ、人間たちの死体と機械人形の残骸が増えていく。


「…………」


 その光景に違和感を覚えながらも、置いていかれないようについていく。

 少し歩くと、キャプテンは通路にはめ込まれたガラスの前で立ち止まった。


「この場所は一言で言えば、機械人形たちの製造工場だ。ほら、見たまえ」


 言われたとおりに覗き込んでみると、広大な空間に機械人形のパーツがずらりと並んでいた。解体された家畜のごとく機械人形の胴体が並び、その真下ではレーン上に頭部、腕部、脚部、胴体パーツが並ぶ。今は停止しているが、レーンを挟むように無数のロボットアームが並ぶ。

 それらのパーツの行き先を目で追えば、完成したと思われる機械人形がずらりと立ち並んでいた。その数は百を超えている。


「すごい数ですね……」

「今は製造を停止させているから問題ないが、放っておけば半永久的に機械人形を作り続ける。奴らは壊れた仲間のパーツを回収して再利用することもできるからな。俺たち人間軍は、まずは各地にある製造工場を制圧しなければ勝機は無い。人間は有限だからだ」

 シゾーが眉根を寄せて言う。「それぐらいはわかりますが……。それで、肝心の工場はどれぐらい制圧したんですか?」

「機械人形どもの本拠地を囲むように三つ、そして本拠地の地下深く――つまりここなんだが、計四つを制圧したところだ」

「じゃあ、人間軍の勝利目前っていうところですか」

「だといいのだが、我々も残り少ない。供給を絶たれた機械人形たちは、母体を守るべく守りを固めているに違いない。そこで、君に目を付けたのだ」


 どうやらこの男は、シゾーに戦略的な価値を見出したらしい。シゾーも作戦が気になるところだったが、それはおいおい人間軍の生き残りと話すだろうと考え、ここでは追及しないことにした。


「それで“母体”というのは? それが一番気になるんですが」

「“母体”とは、一言で言えばこの世界の神だ」キャプテンは即答した。

「神とは大げさじゃないですか?」

「そんなことはない。母体がいるからこそ、この世界も、そこに住む我々も存在することができる」

「つまり、母体を機械人形に握られるということは、自分たちの命も握られているような状態ということですか?」

「理解が早くて助かるな。実際は命どころか、この世界全てを支配することもできる――かもしれない。

 元々、母体は我々人間側が確保していた。しかし機械人形に奪われ、あと数日で一年経ってしまう。そうなれば、奴らは母体の機能を完全に解明して利用できる。つまり我々の勝機は完全に無くなるのだ」

「なるほど……」


 話を聞くうちに、地上に上がるエレベーターの前に着いた。キャプテンの操作で二人は地上に出る。

 二人を出迎えたのは、銃を構えた人間の女性だった。上がってきたのが機械人形だったら即座に発砲していただろう。女性は安堵の表情を見せると、銃口を下げて背筋をピッと伸ばした。


「キャプテン、お疲れ様です!」

「ソルジャー2、何か変わったことは?」

「いいえ! 何もありません!」

「塔の包囲は?」

「継続中であります! スキャン結果によれば、搭最上部に十八体の機械人形が待ち構えていると判明しました!」

「そうか、ご苦労。この後全員に新たな作戦を伝えるので、警戒を維持しつつ通信を聞き漏らさないように伝えておいてくれ」

「はっ! かしこまりました!」


 ソルジャー2という味気ない名で呼ばれた女性は、キャプテンに敬礼するとさっさとその場を後にした。

 それと同時に彼はシゾーを連れて別の方角に歩き出す。製造工場の地上部分は地下以上に激しい戦闘の跡が残されており、人間とロボットの部位があちこちに散らばっている。

 屋外に出ると、斜め前方に天を衝くほどの巨大な塔がそびえたっている。最上階はまるで帽子をかぶっているように膨らんでおり、あそこに母体があるのだという。


「残った人間軍は私を含めて三十五人。機械人形のほぼ倍だが、奴ら一体一体の戦闘力は人間の四倍と考えたほうがいい。つまり、我々の方が不利と言うことだ」

「それは正面から戦った場合でしょう? 何か作戦は無いんですか?」

「まず前提として、我々は正面から戦うしかない。屋上には機械人形が設置した全方位迎撃砲があるから、外からの侵入は不可能。ミサイルも迎撃されるし、よしんば命中したとしても直下の母体にまで傷を付けるおそれがある。最上階に行くには素直に直通のエレベーターに乗るしかないのだ。

 幸いなのは、機械人形も母体を守る必要がある以上、銃や爆弾のような火器は一切使えないということだ。戦いは確実に近接戦闘になる」

「つまり、どういうことですか?」

「敵は強いが、攻撃そのものは緩いということだ。我々の目的はあくまで母体を取り戻すことで、機械人形を全滅させることではない。そのために君の力が必要なのだ」


 二人は人間軍の本陣に着いた。他のメンバーは塔を包囲しているため出払っているが、人間用のID登録された武器と電子機器が置かれていた。


「後で全員に通信するが、先にプランを伝える」キャプテンが大きめの腕時計のような装置を操ると、壁面に地図らしきものが映し出された。「塔の最上階の図面だ。見てのとおりエレベーターから母体制御室までは一本道で、その通路を挟むように指令室と研究室がある」

「一本道に、それを挟む部屋ですか。どう考えても左右から挟み撃ちにされますね」

「覚悟の上だ。たとえ仲間を盾にしても、誰か一人が母体にたどり着けばいい」

「まさか、その一人が僕ということですか?」

「そういうことだ。先ほどの君の戦いを見ていたが、機械人形が君を相手にしていた時、動きが随分鈍かった。その理由は、思うに……」


 キャプテンが真正面から見つめてくる。くすんだ銀色の瞳にシゾーの顔が映っていた。


「どうやら君は、人間でも機械でもないらしい。それが奴らの敵味方の判断を鈍らせ、動きに悪影響が出たのかもしれない」

「……わかってたんですか? 僕が純粋な人間じゃないって」

「もちろん、見ればわかる」


 外見は間違いなく人間なんだが……どうにも腑に落ちなかったが、実際に見破られているのだから仕方ない。


 その後キャプテンから詳しい作戦を授けられた。

 最上階直通のエレベーターは一基のみ。一度に全員が乗り込むことはできないため、まず二十名が先に上がる。二十名は残りのメンバーを待ちつつ、機械人形をなるべく壁際におびき寄せる。

 シゾーを含めた残りのメンバーもすぐに上がって合流。シゾーを盾で護衛しつつ、通路中央を一気に突破する作戦だ。


「重要なのは、先に上がる二十名がどれだけ持ちこたえるかですね。僕も身のこなしには自信がありますが、目の前に三体以上立ち塞がれば突破は難しいかもしれません」

「できれば人数を多く割り振りたいが、エレベーターの積載量と速度を考えるとこれが限界だ。

 しかしそれより、君に確認しておきたいことがある。この作戦は君という存在を基に立てたものだが、君は最後まで逃げずに戦えるか? いや、そもそも本当に我々と戦ってくれるのか?」


 考えるまでもないことだった。

 この世界に限らず、シゾーは命を落とす危機に何度もさらされてきた。時には今回のように、復讐心を満たすために自ら危険に飛び込んでいくこともあった。当然死んでしまえば、そこで復讐は終わってしまう。

 しかしシゾーは「それでもいい」と、とっくに結論を出していた。自分がいくら奮闘したところで、すべての白本と装者を葬ることはできない。仮にできたところで、失った仲間アンサラーたちは戻ってこず、楽しかった日々が戻ってくることもない。

 僕が本当に満たされる日は来ない。それなら、刹那的でもいい。返り討ちに遭うその日まで、自分の心を慰め続ける。それがシゾーの答えだった。


「機械人形には個人的な恨みがあるので、それを晴らせるなら命なんて惜しくないですよ」


 シゾーが答えると、キャプテンは満足そうに微笑んだ。すぐに作戦は無線で全員に伝えられ、三十五人の人間と一人の白本が塔に集結した。

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