表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/77

【グルメの国】

挿絵(By みてみん)

 ロズとスクレはスーパーに来ていた。ただし、ビブリアのではなく、今回訪れた異世界のスーパーだ。


鹿児かごさーん。肉ってどれを選べばいいんですか?」


 ロズは、少し離れた場所で牛乳を買い物かごに入れている中年の男に呼びかける。年齢は四十過ぎだが、背筋はすっと伸び、腹も出ていないので年齢よりも若く見える。ロズの傍に歩み寄る姿も紳士的で様になっていた。


 この世界に来て、ロズは困っている人か、悪さをしている人間を探した。前回の経験から、その方法が現地の人間に取り入る効果的な方法だと学習したからだ。

 そして初日の夜、一人の空き巣がマンションの屋上から最上階の部屋に侵入しようとしているのを発見し、あっさり捕まえた。その部屋の主こそ鹿児で、事情を話すと「数日程度なら」と面倒を見てくれることになった。


「今晩作るのは親子丼だからね。鶏肉を選べばいいよ」鹿児が指差す先には、パック詰めされた鶏肉のコーナーがある。途中でやってきた主婦らしき女性が怪訝そうに彼らを一瞥して、二パックを買い物かごに入れて去っていく。


「うーん。俺たちの国では、こんなにいろんな種類の肉なんて無いんですよね。だからちょっと迷っちゃって」

「そういえば、妹さんと遠い国から来たんだったね。私は特に疑問に思ったことも無かったが、何が迷うんだい?」

「なんで、同じ大きさの肉でもこんなに値段が違うんですか?」


 ロズの両手には、それぞれ鶏肉のパックがある。片方は百グラム九十八円、もう片方は百グラム九百八十円。ちょうど十倍だ。その中間ほどの値段の肉もいくつか置かれている。

 もちろんロズも、飼育の手間によって肉の値段に差が表れるのは知っている。ビブリアで販売されている肉も同様だが、これほど極端な差があるのは初めて見た。


「なんでと訊かれれば、もちろん、それだけ手間暇かけて育てているからだよ」至極当然の答えが返ってきた。

「ふうん。でも、どんな育て方してるんでしょう? やっぱり、広々とした鶏舎で飼育してるとか、特別な餌を与えているとか、そんな感じでしょうか?」

「確かに、昔はそれが主流だったんだがね。最近新たな飼育方法が注目されているんだ。色々な意味で大変で、それだけに流通量も少ないんだが、味は確かだよ。良ければ私がご馳走してあげようか」


 彼はそう言ったが、買い物かごに入れたのは百グラム九十八円の安い鶏肉だった。ロズとスクレは困惑したが、鹿児はいたずらっぽい笑みを見せた。


「せっかく食べるのなら、私の手料理なんかじゃなくて、きちんとしたレストランで食べるのがおすすめだよ。明日は私も仕事が休みだし、近くのお店に食べに行こうか」




 翌日。

 ロズとスクレがリビングでテレビを見ていると、三人分のお茶を淹れた鹿児も部屋に入ってきた。


「昨日、あの高い鶏肉がどうやって育てられたものか気になっていたね。どうしても気になるなら動画で見てみるかい?」

「ええ、見てみたいです」「あたしも」

「そうか。事前に言っておくと……いや。何も知らずに見てもらったほうが面白いかもなあ」


 鹿児がチャンネルを手に取り、ボタンをいくつか押すと、テレビ画面にどこかの鶏舎の動画が表示された。「この養鶏場は、全く新しい飼育方法を編み出したとして一躍有名になったんだ。今ではブランド化され、食通の中には『鶏肉はここで育てたものしか食べない』とまで豪語する者もいるほどだよ」


 三人の視線の先に、一人の白髪の男が現れた。簡単な自己紹介から、この男が養鶏場の主らしい。


『私も一介の養鶏家として、様々な飼育方法を試しました。餌を変える、飼養スペースを広くする、徹底した環境管理……。それなりの成果はありましたが、結局は誰かのアイディアの模倣から脱却できず、歯がゆい気持ちもありました。もっと、誰も試したことがなく、もちろん質の良い肉が育たなければならない……そこで私が試したのは、これです』


 おもむろに男が画面の外に手を伸ばすと、その手にはギターが握られていた。


『ある日テレビで、とある農家がビニールハウス内で音楽を流しながら野菜を育てているという放送を見て、ピンと来たんです。正直、植物相手に音楽を流して意味があるのかと眉唾でしたが、鶏には聴覚があるのだから何らかの影響はあるはずだと。

 はじめは、クラシックや演歌、若者が聴くポップスからヘビィロックまで、音楽のジャンルや流す時間ごとに分けて飼養しました。結果を言えば、これらは逆効果でした。慣れない音楽がストレスになってしまったんでしょうね。しばらくして生産性は戻りましたが、これは失敗かなと思い始めました。しかし私は気づいたのです』


「ここからが面白いところですよ」鹿児の言葉の意味はすぐにわかった。


『コケエェェーーーーーーーーーーッ!!』


 白髪の男が、鶏そっくりの鳴き声を上げた。

 それだけではない。『コケッコッコッコォ!』という鳴き声は、かき鳴らすギターの音色に乗って歌になっている。

 男の背後の鶏舎には鶏の姿がちらほらと映っているが、彼が歌い始めた始めた途端に首を向け、音楽に乗って上下左右に体を揺らしている。まるでライブハウスのコールアンドレスポンスのような光景だ。

 

『相手は鶏なんですから、鶏の鳴き声で歌わないと響きませんよね。人間の声のようなバリエーションはありませんので、嬉しい時の鳴き声を中心にアレンジして何曲か作りました。それらを録音し、毎日一定時間聴かせることで鶏たちの気分を高揚させるとともに、一種の催眠状態に落とします。これによりストレスへの耐性が上がるので、結果的には飼養の負担も小さくなりました。

 苦肉の策のつもりでしたが、鶏肉の質も生産性も上がりましたよ。ハッハッハ!』


 それだけ言い終えると、男は演奏に戻り、しばらく流したところで動画は終了した。


「――とまあ、こうして育てられた鶏肉は『楽鶏がくどり』という名のブランド鶏となって親しまれているわけだ」鹿児は少しぬるくなったお茶に口を付ける。「どうだい、食べてみたくなっただろう?」

「はあ、まあ……」

「確かに、興味は引かれますが……」


 あまりに突拍子の無い光景を見せられて、ロズとスクレは賛同しきれなかった。


「確かに、結局のところ食べてみないとわからないな。しかし、味は私が保証するよ」




 そしてその夜、鹿児の運転する車で三人は隣町のレストランに向かった。そのレストランは鶏料理を売りにしており、まだ流通量が少ない楽鶏を積極的に仕入れている点で話題になっているらしい。

 やがて前方に店が見えてきた。モダンなモノクロの店構えは瀟洒で、ガラスの向こうの客たちもどこか気品があるように見える。

 店内に案内され、純白のクロスがかけられたテーブルにつく。鹿児は人気メニューの『楽鶏の油淋鶏』『楽鶏のから揚げ』『楽鶏のチキンライス』など、三人分の料理を慣れた様子で注文した。


「さて。これで注文は終わりだが、実はもう一つやることがあるんだ」


 鹿児が口元を歪めながら二人に視線を送る。この笑みは、楽鶏を食べに行こうと提案したときと同じだ。

 ロズとスクレは訝しんだが、そのまま何もしないまま時間が経ち、ついに料理が運ばれてきた。


「何だ、これ?」料理と一緒に、小さい円形の機械が六個置かれていた。

「ハハハ。ただのワイヤレスイヤホンだよ。こうやって耳に装着して、このボタンを押せば音楽が再生されるんだ」そう言って鹿児がやって見せるので、二人もそれに倣ってイヤホンを着ける。


「あの養鶏家の話には続きがあってね」イヤホンの向こうから鹿児の声がかすかに聞こえる。「彼はさらなる品質向上のために、音楽と催眠術の勉強を始めたんだ。それを鶏に対してはもちろん……食べる人、つまり人間用にも……作曲を始めたんだ。より美味しく料理を……楽しめるように」


 徐々に鹿児の目が虚ろになり、呂律も回らなくなってきた。


「もちろん強制ではないが……私は必ずこれを聴きながら……ああ、話はもういいな。早くしないと料理が冷めてしまう」


 もはや半分眠っているのではという様子だが、鹿児の箸の動きは滑らかだ。てきぱきと三人の取り皿に料理を分けると、無我夢中で箸をつける。


「ああ、美味しい……美味しい……夢のようだ。旨味が……押し寄せる。うっ、たまらん……歯ごたえ……弾力……。素材が、良すぎる……。いっそ生肉をかぶりつきたい…………」


 夢見心地と言うにはなかなか不気味な光景だった。しかしよく見れば、鶏料理を注文した客は例外なく彼と同じ状態に陥っていた。恍惚の表情を浮かべ、会話もなく手にした食器を動かしている。

 ロズとスクレは顔を見合わせた。言葉は交わさないが、「このボタンを押せば、自分たちもあんな姿になってしまうのか」と不安の声が駄々洩れている。


「でも、まあ」

「知ってる人が見てるわけでもないし」

「これもこれでいい経験になるし」

「せっかく異世界まで来てるんだし」

「やってみるか」「やってみるか」


 二人は同時にボタンを押した。すぐにギターの音色と、あの動画の主の眠くなりそうな歌声が流れてきて、二人はしばらくの間料理を楽しむだけの美食家グルメになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ