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黒髪に秘めたスクレ=ヴェリッタ  作者: 望月 幸
第一章【守護霊の国】
3/77

二話【最初の旅へ】

挿絵(By みてみん)

「何なんすか、あの女!」


 昼間にスクレと出会ってから、ロズはずっとそんな調子だった。それでもよどみない包丁さばきで野菜を細切れにしていく。この日の夕食の支度だ。


「そのスクレという子は、そんなに気難しい子だったのかい?」

「よくわかりませんよ、ほぼ門前払いでしたからね。ただ、あいつの髪の色が半分黒かったのには驚きましたが」

「髪が半分黒い? もしや“スクレ”とは“スクレ=ヴェリッタ”のことでしたか?」

「ええ、そうです。師匠はご存知でしたか?」

「噂程度ですがね。一応、君も知っておいたほうがよろしいでしょう」


 ロズは火にかける鍋の中の様子を見ながら、耳だけマグテスの話に傾けた。

 いわく、スクレはもともと東の街に住んでいる、普通の白本の女の子だったらしい。もちろん装者と組んで何度も異世界に旅に出ており、かなりのページ数を埋めているとのことだった。

 しかし、ある日彼女は一人でビブリアに帰ってきた。つまり装者を失ったか、何らかの理由で異世界に置いてきたかということだが、それ自体は珍しいことではない。大半の白本が一度は経験することだ。

 しかし、スクレの場合様子が違った。彼女は自分のいえに引きこもるようになり、他人との関わりを断絶するようになっていた。そしてある日、西の村に引っ越していく姿が発見された。その時の彼女の姿は、ロズが目にしたように髪が半分黒く染まっていたらしい。


「――そんな噂があったんですか。全然知りませんでしたよ」炊き立てのご飯を口に運びながらマグテスの話を聞いている。

「無理にとは言いませんが、ロズ君も街の人の声に耳を傾けるべきですよ?」

「やめてくださいよ、師匠」そう言って、自嘲気味の笑みを浮かべた。「俺はそういうのができないんです。師匠もご存知でしょう?」

「……いや、すみませんでした。私としたことが、無神経でしたね」マグテスは箸を置くと頭を下げた。

「謝らないでくださいよ。悪いのは全部俺ですし、むしろ師匠は俺の恩人なんですから。

 そういえば、師匠は帰ってくるのがずいぶん遅かったですね。ネイサ様と何か話でもしていたんですか?」


 スクレに追い払われた後、ロズは買い物を済ませてから家に帰った。すでにマグテスが帰宅しているものかと思いきや、先に帰宅したのはロズの方だった。


「そんなところですよ。ネイサ様に、私の体のことやロズ君のことを尋ねられましてね」

「お、俺のこと……ですか?」おずおずと尋ねる。

「『見た目によらず、優しくてまっすぐな青年に育ちました』と答えておきましたよ。ご安心ください」

「はあ……ありがとうございます」喜ぶべきか判断に迷う答えだった。しかし、自分の顔つきの怖さは自覚しているので反論もできない。


「それで、ロズ君はどうするつもりですか?」夕飯を終え、食器を洗うロズの背中からマグテスが尋ねた。

「事情は分かりませんが、スクレさんは旅に出るつもりが無さそうですからね。何も知らない私たちでは説得することもできません。やはり、私の方から正式にネイサ様へ断りを入れておくべきだと考えているのですが――」

「その必要はありません!」


 ガチャンと皿を立てかけたところで振り返る。ロズのオレンジ色の瞳が決意に燃えていた。


「明日、もう一度あの女の所に行ってきます。これで俺のデビューが台無しにされるなんて、どうしても納得できませんから!」

「ロズ君、ロズ君。また怖い顔になってますよ……」ハアとマグテスが大きなため息をつく。「やはりこうなりますか。君という人は、良くも悪くも一直線ですからね。あくまで装者は白本の従者なのですから、装者の先輩としては感心しないんですが……」

「じゃあ、師匠個人としてはどうなんですか?」


 マグテスはこめかみの辺りを揉みながら答えた。


「……あまり、失礼のないようにお願いしますよ?」

「はい! もちろん!」




「――というわけで今日も来ました! さあ、一緒に旅に出ましょうぜ!」


 背中のリュックに荷物を満載したロズが、スクレの函の扉を叩いていた。装者は刺青を彫ることで自分の体に物を収納することができるが、それでも収まりきらない分をリュックに詰めてきたのだ。

 昨日のこともあって警戒されているのか、扉が開くまでは昨日の倍以上の時間を要した。


「あの、いい加減にしてください――」


 ロズはその隙を見逃さなかった。

 まずは靴を隙間に潜り込ませる。そうして閉じられなくしたところで、扉を一気に全開にした。筋力の差があまりに大きいので、ほぼ抵抗を感じる間もなく開いてしまった。


「キャッ!」

「おっと」


 引っ張られて倒れそうになるスクレの体を抱き留める。改めて近くで見ても、やはり彼女の髪は上半分が黒くなっていた。

 しかし今は、彼女の髪色よりも函の中が気になっていた。


「へえ。ここがあなたの函の中ですか」

「ちょっと! 勝手に入ってジロジロ見ないでください!」


 外から見た函は地味な小屋という外観だったが、その中はいくらか女の子の部屋らしさが感じられた。

 こぢんまりとした函の中には、女の子一人が暮らすには十分すぎるほどの家具がそろっている。それらは整理整頓され、見えないところまで掃除が行き届いているように感じられる。部屋の隅では観葉植物が窓から差し込む細い光を浴び、白い花弁をくっきりと浮かびあがらせている。


「出てって! 不審者! 変態!」


 スクレの罵声を浴びながら奥の部屋にも踏み込む。

 ベッドが置いてあるので、ここがスクレの寝室のようだ。やはり狭いうえに、窓際に置かれた数体のぬいぐるみが一層圧迫感を強めている。

 ベッドとぬいぐるみの他には大きなガラス戸棚が目に付く。指輪、木彫りの人形、絵画、民族衣装――外の世界で手に入れたと思われる品がいくつも収納されていた。埃が溜まっていないところを見ると、こちらも定期的に掃除しているのかもしれない。

 その中に一つ、特別に目に付くものがあった。ガラス戸を開いて手に取ろうとすると、その間にスクレが割り込み、下からジトッとした目つきでにらみつけてきた。


「本当にいい加減にしてください。私のプライベートを侵しに来たんですか?」少女らしくない、なかなかどすの利いた低い声で威圧している。

「だから、最初に言ったじゃないですか。一緒に旅に出ようって言ってるんですよ! スクレ様だって白本なんだから、本当は旅に出たくて仕方ないんでしょう?」

「いいえ、そんなことはありません」スクレはキッパリと否定した。「あたしは、もう二度と旅に出ないと決めたんです。いらぬおせっかいなんですよ」

「その噂は聞きましたが、どうしてなんですか?」

「あなたには関係ないでしょう? あったとしても、話したくありませんから」

「そんなこと言わずに。俺はこれからあなたの従者になるんですから、何か悩みがあるなら力に――」

「だから、従者なんていらないんです。帰ってください」

「いや、その――」

「帰って!」


「あーーーーもぉーーーーーーーーッ!!」


 度重なる拒絶に、遂にロズがキレた。

「ヒッ!?」その怒気を正面から浴びて、スクレが短い悲鳴を上げる。

 ロズはスクレを背後のベッドに押し倒すと、身にまとっていた薄手のワンピースを一気にめくりあげた。一瞬で彼女は下着姿になってしまう。


「へ、変態! 何するんですか!?」

「うっせえ! こんな貧相な体興味ねえよ! 旅に出るっつうのに、こんな動きにくい服装じゃ不向きだから着替えさせるっつうんじゃねえか!」


 ロズは遠慮なくクローゼットを開くと彼女の服を物色し始めた。その多くはひらひらした女の子らしい服だったが、それらは無視して、体にフィットしたシャツやボトムスなどをかき集めていく。


「ほら、この中から選んで着るんだ。俺は女の子のファッションなんてわからないからな」


 乱暴な物言いだが、スクレも下着姿よりはマシと思ったのか、言われるがままに袖を通していく。


「着替え終わったか?」

「は、はいっ!」

「よし! じゃあ行くぞ!」

「えっ?」


 ついていけないスクレを抱きかかえ、ロズは部屋から、函の中から飛び出した。ようやくスクレが察した時には、既に彼女の函は小さくなっていた。


「ちょ、ちょっと! まさか、今から出発するんですか!?」

「そうに決まってるだろ! 何のために、こんなに荷物を持ってきたと思ってるんだ。すぐにあんたを連れ出せるように、必要そうなものをできる限り詰め込んできたんだよ。うだうだごねられても面倒だしな!」

「そ、そんな……! 誰か! 誰か助けてくださーい!!」


 スクレは大声で付けを求めるが、村人たちはロズの姿を認めると、何も見なかったかのように顔をそむけてしまった。仮に助けようと思ったところで、彼らの脚では風のように駆け抜けるロズの脚には追い付かない。

 あっという間に西の村を出て、国の中央の十字路を北に進む。スクレは暴れたりロズの顔を引っかいたりしたが、全く意に介さない様子で走り続けていた。




 ビブリアの最北端には“混沌カオスの炎”というものがある。天に届くほどの巨大な白い炎は、ビブリアと外の世界とをつなぐ扉の役割を担う。

 異世界に行くには、この炎とスピンが必要になる。白本は自分の体のどこか(基本的に髪の毛)に栞を結び付け、炎で体を焼かれることで異世界に飛ぶ。対して装者は、白本と体が触れ合った状態で一緒に焼かれなければならない。


「よし、着いた!」


 ロズと、彼の腕の中に納まっているスクレは、混沌の炎の中心に伸びる石橋のたもとに到着していた。ここに来る途中、彼女の髪にきつく栞を結び付けておいたので準備は万端。あとは一緒に炎の中に突っ込むだけだ。


「わかった……わかりましたから、もう降ろしてください。いつまでもこんなみっともない姿を……」

「ああ、すみませんすみません」


 これ以上逆らっても無駄だと悟ったのか、スクレは若干やつれた顔で地面に降り立った。


「いやあ、すみませんねスクレ様。本当はもっと穏便に行きたかったんですが、はやる気持ちが抑えきれず……」

「……その不良みたいな顔で敬語を使うの、やめていただけませんか? なんだかすごい嫌味っぽくて不快ですから」

「そうですか? そういうことでしたら、そうさせてもらいますが。

 そういうことなら、スクレも従者の俺なんかに敬語なんて使わなくていいんだけど」

「あたしは昔からこの口調がしっくり来てるだけなので、このままでいいんです。そうでなくても、あなたと砕けた会話をするほど仲良くする気もありませんから」

「…………」

「ほら、なにボサッとしてるんですか? 旅に出たいんでしょう? サッサと行って、サッサと帰ってきましょう」

「ああ、うん……そうだな」


 お互い複雑な心境に陥りながらも、一歩一歩石橋を踏みしめていく。

 これが実は、白本にはかなりの精神的な負担になる。半分は本としての性質を持っている白本は、刃物や大量の水、そして火に強烈な苦手意識を持つ。二割ほどの白本は一度も混沌の炎に入ることができずに短い生涯を終え、約三割は毎回ビクビクおびえながら体を焼かれることになる。

 スクレはどうだったかというと、堂々としたものだった。まっすぐ前を見据えながら、ゴウゴウと音を立てて燃え盛る巨大な炎に体を投じる。これにはロズも意表を突かれた。


 ……いや、違う?


 彼女の顔を斜め上から覗き込む。その目は前を見ているようで、どこか虚ろ。何も見ていないのではないかと疑うほどに。

 まあ、突然俺なんかに連れ出されて不機嫌なんだろうな。

 そう結論付けて、スクレと並んで前に歩いていく。

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