十話【第三の型“虎の爪”】
変形武器“ヌエ”には四つの姿があると、師匠のマグテスはロズに話した。
第一の型“猿の顎”は相手を打ち砕く。
第二の型“蛇の道”は相手を貫く。
第三の型“虎の爪”は――
「己を知るための型だ!」
ヌエを握る両手に強い力をこめる。
バキンッ
ヌエの中心が音を立てて割れた。壊れてしまったのではなく、分解されたのだ。
ヌエは棒状の武器だが、中心付近に長さ十五センチほどの出っ張りが二つある。ロズはこれを左右に握ると、分解した先端を地面に着けた。
足はつま先しか地面に着けず、ほぼ四つん這いに近い極端な前傾姿勢になる。その姿はまさに、四足歩行の獣のようであった。
「――これは面白い意趣返しだな。四足から二足になった俺に対し、お前は四足の獣になるか」狼王が顎に手をやりながら観察する。「見たところトンファー、いや、拐のほうが近いか。しかしそれ以上に」
言い終えぬうちにロズが動いた。
突進しながら右手を突き出す。ただのパンチより威力もリーチも増した攻撃を、狼王は後ろに跳んでかわす。
すかさずロズは右手首を返し、自分の腕に沿って伸びていたヌエの長い部分を、狼王の左わき腹にぶつけようとする。これは間一髪腕で防がれたが、それと同時に右腕を引き、がら空きになったみぞおちを突く。狙いすました一突きは見事に決まり、ヌエの構えを戻して連打を繰り出す。
「それ以上に――この力は何だ!?」
攻撃を繰り出すたびにロズのスピードとパワーが増していく。ヌエの赤黒い模様が鈍く輝き、ロズの腕の動きに合わせて揺らめく。
すでに形勢は逆転し、狼王は防戦一方となっていた。しかし分厚い毛皮が打撃によるダメージを軽減しているのか、持ち前のタフさと気迫で耐えているのか、倒れる気配を感じさせない。
「この……調子に乗るな!」
捨て身の覚悟で拳を繰り出し、右手のヌエを上に弾いた。ロズも合わせて上に跳び、すぐさまヌエを回収しようとする。
「馬鹿め!」
ズボンから拳銃を抜き、宙に跳んだロズに発砲する。
放たれた三発の弾丸は、ロズの左手のヌエに全て弾かれた。
「こ……この……」
煌々と輝くロズの目が狼王を見下ろす。既にロズは弾かれたヌエの端の方を握っていた。先ほどまで握っていた部分を狼王に向け、ハンマーのように振り下ろす。
「……化け物が!!」
それが狼王の断末魔になった。渾身の力で振り下ろされたヌエの握りは狼王の頭蓋骨から牙まで砕き、中身も徹底的に潰された。
動かなくなった巨体を踏みつけ、もう一人の狼人に近づく。彼女はヌエにこびりついた肉片が落ちるのを涙目で見ていた。
「ちっ、近寄らないで! それ以上近づいたら、この娘の命はっ――」
放り投げられたヌエは縦回転しながら飛んでいき、過たず狼人の口に突っ込んだ。彼女にとって運の悪いことに、ちょうど狼王を殴り倒して汚れた部分だ。
「ウウ! ウーッ!」
うめき声しか上げられなくなった彼女の口にはまったヌエ目掛け蹴りを放つ。体が壁まで吹き飛んで叩きつけられ、力なく倒れて動かなくなった。
ロズは彼女の口からヌエを引っこ抜くと、狼王が脱ぎ捨てたワイシャツで血やよだれをぬぐい取った。
「ロ……ロズさん……?」
縛られ、地面の上で一部始終を見ていたスクレがようやく声を上げた。
ロズは返事をしない。代わりに、妖しく輝く瞳でスクレを見下ろしながら歩み寄る。彼の足先が目の前に来ると、スクレは反射的にぎゅっと目を閉じた。
「動……くな」
ロズの手には狼王の牙が握られていた。彼の潰れた頭部から拝借してきたのだ。スクレの背後にしゃがむと、手足を縛っていた縄に牙をひっかけ、力づくで引き裂いた。
そして、右手が彼女の細い首に伸びた。もう少しで触れるというところで、左手が右手を制する。
異様な雰囲気を察したのか、スクレは振り返り、ヒッと悲鳴を上げると後ずさりした。
「ス……クレ。頼む……ヌエを、元に……」
血管を浮き上がらせ、自分で自分の腕を抑え込むロズの姿は彼女から言葉を奪った。
目の前には二つに分かれたヌエ。赤黒い模様が脈打つように光り輝く。得体のしれない生き物のようであり、目の前で二人の命を無残に奪った武器。
スクレは触れようとして手を引くのを何度か繰り返したのち、ようやく握りをつかみ、二本を接続した。接合部はピタリと合わさり、塞がった傷のように割れ目は見えなくなってしまった。試しにもう一度引き離そうとしてもびくともしない。模様の発光も止まっていた。
「ハッ……ハアッ……ハアッ!」
荒い息遣いと共にロズがうずくまっていた。
「俺に……ヌエを……」スクレから受け取ると、左腕の刺青に戻す。何度も深呼吸すると、ようやく落ち着いたのか笑顔を見せた。
「……どうだった? 第三の型を見た感想は」
「正直、最悪です。二度と見たくはありません」
「だよな。俺もできれば使いたくない」
しばらくして、狼人の群れを滅ぼした人間たちが洞窟にやってきた。銃撃された劉の姿に肝をつぶしていたが、スクレとロズの手当てもあり、大事には至っていない。
「そちらの被害は……ほとんどないみたいですね」スクレが確認すると、皆大丈夫だと手を振る。
「ああ、君たちのおかげだ。これで、俺たちの国の復活に一歩近づいた」
楊が右手を差し出す。スクレは彼の手を握ったが、ロズはそうしなかった。
「勘違いしないでください。俺はスクレの望むことに力を貸しただけで、最初から乗り気じゃなかったんですよ。結果的には人間の味方をしましたが、俺は狼人のためにやるべきことがある」
「そうか……悪かったな。君の気持ちを無視して、命がけの戦いに巻き込んでしまって」
「過ぎたことなので、もういいですよ。それより、俺たちはそろそろこの世界を出なければいけません」
スクレが歩み出て、自分の後ろ髪を見せる。黒と銀のグラデーションの髪に混じって、一房の紺色の栞が垂れている。
「この先っぽが白く燃えているのがわかりますか? この栞が全部燃え尽きる前に、俺たちは元の世界に帰らないといけません。この長さだと、あと三時間もありません」
「そうだったのか。君たちにはこのまま仲間になってほしいと思っていたが、どうやらそれは無理そうだな。
短い間だったが、助かったよ。ありがとう。君たちの旅の無事をこの世界から祈っている」
楊はそう言うと敬礼し、他のメンバーもそれに倣った。彼らは皆軍人というわけではないのであまり様にはなっていなかったが、それでも誠意は伝わってくる。
見よう見まねでスクレとロズも敬礼を返すと、二人はその場を後にした。
「……というか、スクレ。黙って俺についてきたけど、俺がどこへ何をしに行くのか知ってるのか?」
「なんとなくわかりますよ。あたしも、たぶん同じことを考えていましたから」




