六話【戦って食べる】
街にいた五人は狼人の集落に向けて駆け出す。ちなみに、スクレだけは追いつけないのでロズが背負うかたちになっている。
「こ、これは……!?」
真っ先にたどり着いたシェンが驚きの声を上げる。直後にたどり着いたロズも、その惨状を目の当たりにした。
狼人の質素な家々が全て崩壊している。それだけならまだしも、崩れた木材や湿った葉に火が付き、白い煙がもうもうと立ち上っている。
その煙の向こうに倒れている人たちが見える。見えるだけで、狼人が五人。そして“狼人とは明らかに違う人型の何か”が十人近く倒れていた。倒れている者たちはほぼ全員が血を流しているが、流れ出した血が地面に吸い込まれている分凄惨さが薄れているのが唯一幸いか。
「これはどういうことだ!?」
「とにかくけが人の確認を!」
同じく街に出ていた第一班、第三班の狼人たちも到着する。
集落に残っていたボスが中心で指示を出し、ロズとスクレも含めた全員でけが人の応急処置を行う。確認したところ、重軽傷者は八人、命を落としたのは三人。群れの人数が三十人程度なので、三分の一が被害を受けるという大打撃だ。
指示を出す狼王は収まることのない怒りをあらわにして、周りの木々に怒りを乗せて拳をぶつけている。見れば、彼が来ているシャツにも血が付いている。おそらく返り血だろうが、ボス自ら戦わなければならないほど切羽詰まった状況だったということか。
日が落ちる頃には、どうにかけが人の手当て、そして亡くなった者たちの埋葬が終わった。人数が減ったことで警備の人数も減ってしまったが、警戒心が何倍にも上がった彼らの虚を突くのはもはや不可能だろう。
どうにか落ち着いたところで、ロズとスクレはシェンに声をかけた。彼の前には、この騒動を引き起こした犯人の一人が倒れている。
「やられましたよ。豚人だ」
うつぶせになっている死体を転がすと、その顔は紛れもなく豚の顔だ。体も豚らしく、狼人と比べてたるんでいるが、手は蹄ではなく人間の手という点は共通だ。つまり彼らも、狼人と同様、人間と動物の中間に位置するような生き物ということか。
そのことを尋ねてみると、シェンは首を縦に振った。
「我々のような存在は国内の各地に潜んでいます。そして、隙を見ては今回のように多種族の縄張りを襲い、自分のものにしてしまう。もしくは、他所に襲われる前に先に滅ぼしてしまうこともあります。
どうやら今回は、私たちが街に出ている隙を狙って攻め込んできたようですね。まさか、これほど近くまで迫ってきていたとは……」
「でも、狼人は鼻が利くんですよね? 豚人とやらが近づいてきたことを知ることはできなかったんですか? 常に数人の狼人が見はっていますし」
「そうなんですが、今回は鼻に頼り切っていたのが原因かもしれません。これを見てください」
そう言うと、シェンは豚人の体を指でこすった。指先にはうっすらと黄色い汁が付き、強く甘い香りが放たれている。
「調べてみてわかりましたが、ここに自生している果実の汁のようです。ほら、あれですよ」
指差す先には、手が届く高さに黄色く丸い実がいくつも実っている。一つもぎ取って鼻に近づけると、ほのかに甘い香りがする。割ってみると、零れ落ちるほどの果汁と、何倍もの強い香りが一気に放たれる。これをまんべんなく体に塗れば、どんな動物の体臭もかき消されてしまうだろう。
「加えて、風下から攻めてくるという徹底ぶりでした。悔しいですが、豚人たちの知能を甘く見ていました。いや、狼人こそが優れているという驕りが最大の原因かもしれません」
真面目な性格のシェンらしく、この場にいた誰よりも自分たちの失態を後悔していた。肝心な時に、現場にいられなかったという点も理由の一つだろう。
「それで、残っている仕事は豚人の処理という感じですか。敵とはいえ、彼らも埋葬するんですか?」
シェンがきょとんとする。「確かに、人間ならそうするかもしれませんね。しかし、狼人はそんな無駄なことはしませんよ」
その日の夕食は豚人になった。
刃物と、狼人の筋力でバラバラに解体された豚人の遺体は、瞬く間に“遺体”から“食材”に変わった。
狼人たちは血のしたたる生肉をかみちぎる。怒りと憎しみが込められているのか、昨晩とは比較にならない荒々しい食事になった。この晩だけで豚人一人の肉が各自の腹の中に収まり、それ以外の遺体も解体されて枝に吊るされた。しばらくの間、小雨が降っているかのようにボタボタと血がしたたり落ちる音が集落に響いた。
ロズとスクレにも豚人の肉が提供された。ロズは構わず腹いっぱい食べたが、スクレは一口も食べることができなかった。代わりにロズに冷たい視線を向ける。
「人型だろうがなんだろうが、こうなっちまえばただの肉だ。むしろ、食べずに捨てちまうほうが失礼だろうが」
「……あなたって、本当に無神経ですね」
「割り切ってると言ってくれよ。いらないなら俺が食べるからな」
スクレの分の肉をほおばっていると、前方に吊るされた肉塊が目に付く。
誰かの肉が、俺の肉になる。俺の力になる。だから、俺は存在している。
無意識にそんな言葉が浮かんできた。
――じゃあ、俺は誰の肉から生まれたんだろうな――
三日目は朝から慌ただしかった。この日は浅い眠りに留めていたロズが即座に目を覚ます。日は出ているが、うっそうと茂る森の中には日の光がほとんど届かない。
「もう起きたのか」泊っている家の中から出ると、後ろからシェンの部下に声をかけられた。
「こんな時間から何をしてるんだ?」
「――見てとおり、移動の準備をしてるんだよ」
面倒くさそうに答える彼は肩に木材を担いでいる。歩いてきた方向を見れば、家が一つ解体されている最中だった。若い男の狼人たちが建材を運び、集落の端にあるリヤカーに積み込んでいく。
「集落を移動するということか?」
「そうだよ。まだ豚人共が残ってるかもしれねえし、騒ぎを聞いて別の集団が襲ってくるとも限らねえからな。明日の朝にはこの場所を離れる」
「もしもそうなら、とっくに二度目の襲撃が来てるんじゃないか? 俺が狼人と敵対する立場なら、このチャンスを逃したりしない」
「俺も杞憂だと思うが、ボスの指示だからな。逆らおうなんて思わねえ。それに、ボスは俺たちとは頭の出来が違う。あの人の言うことに従っていれば間違いねえんだ」
随分と自分たちのボスを信頼している。妄信と言ってもいい。あまり話をしていないが、それほどの大物なのだろうか?
「おら、もういいか? っていうか、泊めてもらってる分手伝えよ」
「まあ、それはいいが」
彼らの手伝いをしているうちに、他の狼人たちとスクレが目を覚ました。ロズと同様に事態が呑み込めなかった彼女に説明をすると目を丸くした。
狼人たちと朝食をとっているとシェンがやってきた。その表情はどこか暗い。
「申し訳ありませんが、今日は一日、集落の中にいてもらえませんか?」
頭を下げながらそう言った。
「今日は街の方へ行かないんですか?」食って掛かったのはスクレだった。
「すみません、ボスの命令なんです。いや、命令が無くても同じことです。このタイミングで街に出て、他の集団と鉢合わせすればどんな目に遭うか想像もできません。ボスも二人の安全を思っているのですよ」
「俺がついていれば大丈夫だと思うんですが?」
「すみません、それでもです。今日は探査班が移動ルートの下調べをして、明日の朝に移動をする予定です。ほんの一日ちょっとの辛抱ですので、ご理解を……」
「……そうですか。わかりました」
ここでようやくスクレは諦めたのか、自分の食事に戻った。
シェンは申し訳なさそうにもう一度頭を下げると走り去っていく。その先には八人の狼人たちが待っており、彼らが別の探査班だとわかる。自分たちの働き次第で群れの行き先が決まるのだから、どこか緊張した面持ちだ。
そして、彼らの前には一回り大きい狼人、狼王がいた。初対面ではだらしないオヤジのようだった狼王だが、群れのボスらしい威厳で探査班に檄を飛ばしている。士気が高まったところで探査班は出発し、狼王がこちらに近づいてくる。
「…………」
「…………」
「…………」
すれ違う三人は無言。ただ、狼王は何かを見透かすかのような視線でスクレを見ていた。
ボスは、他の連中とは違うか。
左腕のヌエの刺青がうずいた。




