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黒髪に秘めたスクレ=ヴェリッタ  作者: 望月 幸
第二章【獣たちの国】
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四話【ロズとスクレ二日目の朝】

挿絵(By みてみん)

 ロズとスクレにあてがわれたのは、狼人ロウレンたちと同じねぐらだった。一部の狼人たちは見張りに出て、周囲を警戒しているらしい。もっとも、何に対して警戒しているかまでは聞かなかったが。

 ロズの右側には、今夜泊めてくれる狼人の男女五人が、左側にはスクレが寝ている。緊張と警戒心か、スクレはなかなか寝付けなかったようだが、疲労も大きかったのか今はぐっすりと眠っている。

 六人分の寝息を聞きながら、ロズは狼人たちとの宴を思い返した。




 狼人たちの群れの人数は約三十人。ボスが一人に、彼の妻らしき女性が四人。それ以外の狼人たちは、全員彼らの子供らしい。話によれば、同程度の規模の群れが他にもいくつか存在するとのこと。

 狼らしく、宴の席でふるまわれたのはほとんどが肉、肉、肉。狼人たちは生で骨付き肉にかぶりついていたが、一見普通の人間であるロズとスクレに対しては配慮されてか、おおざっぱに焼かれた肉が差し出された。

 どうやら、火を扱うことに獣としての恐怖心や警戒心は抱かないらしい。また、少量とはいえ野菜類や木の実、香辛料なども口にする姿には驚きを覚えた。


「ご覧のとおりです。我々は狼であり、人間でもあります。お二人がいた国のことは存じませんが、確かにもの珍しいかもしれませんね」


 隣に座る昼間のリーダーが声をかける。酒も飲んでいるせいか軽く目が充血している。体毛で隠れているが、顔もだいぶ赤くなっているはずだ。


「そんなに、物珍しそうな顔していましたかね?」

「ええ、それはもう。お二人とも」

「ああ、そうですか。二人ともですか……」


 ロズは主人スクレを守るという使命感と、真新しい世界への憧憬に。スクレの方も、「旅に出たくない」という気持ちと、白本の旺盛な好奇心の板挟みに襲われていたのか。初めて出会う狼人間たちとの会話や、中心の焚火を囲むように踊るダンスにいつしか心を奪われていたらしい。




「……あれは失敗だった。万が一、あの場で狼人たちに襲われたらひとたまりもなかった」


 少しずつまぶたが重くなっていく中で、ロズは宴の夜を心の中で反省した。装者は睡眠中も白本を守れるようにと眠りを浅くすることもできるが、こうも緩んだ気持では熟睡しかねない。


「俺って、ほんと中途半端だよな。スクレを守ると誓いながら、いざ異世界に飛んだら周りのものに目を奪われちまう。スクレが俺を信頼できないのも、こういうところが一つの原因なんだろう……な……」


 思わぬごちそうと適度な疲労のせいか、睡魔が急速に膨れ上がってくる。


「ふあぁ……。とにかく、俺はまだ半人前だってこと……自覚しなくちゃ……な…………」


 遠くで火が爆ぜる音を聞きながら、ロズは眠りに落ちていった。




 結局熟睡してしまったロズは朝から猛省することになった。

 しかし幸い、狼人たちは優しかった。寝込みを襲われなかったばかりか、二人の口に合うような食事を作っていてくれたのだ。

 一つおっかなかったのはスクレだった。朝食を食べながら、いまだ地面に寝ているロズを鋭い目つきで見下している。

 本来、装者は白本より遅く寝て、早く起きる。そんな最低限のことすらできなかったのだから、何も言い返すことはできない。彼女から目をそらしながら起き上がり、少し冷めてしまった朝食に手を付ける。


「スクレさん、ロズさん、おはようございます!」


 家の出入り口から顔をのぞかせたのは、例のリーダー狼人だった。まだ早朝だというのにハツラツとしている。


「おはようございます」二人そろって挨拶を返す。「どうされたんですか。あ、えっと……」

「そういえば、しばらく一緒だったのに名乗っていませんでしたね。私のことは『シェン』とお呼びください」


 ボスが付けてくれた名前なんですよと嬉しそうに語る。

 ちなみに、ボスの名前は“狼王ロウワン”という。しかしボスは「ロウワン」と呼ばれることを嫌うようで、皆「ボス」と呼んでいるそうだ。


「それで、シェンさん。どういうご用件で?」

「大したことではないんですが。今日も私たち第二班は街の方へ行くので、それだけ伝えようかと。何かお困りでしたら、近くにいるものに何なりとお申し付けください」


 本当に用事はそれだけだったようで、すぐにこの場を後にしようとする。律義な人だなと思いながら食事に戻ろうとすると、思わぬことが起きた。


「あの、あたしたちも一緒に行かせてもらっていいですか?」


 とっくに朝食を終えていたスクレがシェンを呼び止めた。


「……それは構いませんが。せっかくですし、ここでゆっくりされては?」

「それもいいんですが、どちらかといえばあの廃墟の方が気になるんです。皆さんのお邪魔になるなら、ここでおとなしくしていますが……」


 そう言って視線を落とす。

 だいぶ芝居がかった所作だったが、シェンは客人を落胆させてしまったと思ったのか焦り始めた。


「わ、わかりました。一応ボスに許可を取ってきますので、少しお待ちください!」


 駆け足で去っていくシェンを尻目に、ロズはスクレに尋ねた。


「どういうことだ? お前の方からあんなことを言い出すなんて思いもしなかったぞ」

「別に、おかしいことじゃないでしょう? 白本あたしたちは好奇心の塊なんですから、その土地のことを知りたがるのは当然じゃないですか」

「いや、それはわかってるが……お前はそういうキャラじゃないと思ってたから」

「それは……事情があって」


 自分はビブリアを滅ぼす存在だと言った。やはりあれが関係しているのか。


「ただ、どうしても確かめておきたいことがあるんです。あたしの勘違いかもしれないけれど、それを放置したままビブリアに帰るのはすっきりしないので」

「……そうか。俺としても、ここでゆっくりしてるよりは、そっちのほうが性に合ってるしな。喜んでお供させてもらうさ」


 そうと決まればゆっくりしていられない。シェンが戻ってくる前に朝食を片付けておかなければ。

 勢いよくがっつくロズを見て、朝食を作った女性の狼人は笑顔を浮かべていた。

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