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黒髪に秘めたスクレ=ヴェリッタ  作者: 望月 幸
第一章【守護霊の国】
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一話【ロズとスクレの出会い】

挿絵(By みてみん)

 涼しく乾いた風が吹く。風はこの小さな国を巡る。草原を、花畑を、街中を――


 ブオン!


 自由気ままに漂っていた風が、突如現れた棒に叩きつけられ散り散りになった。


 グオン! ブオン!

 カンッカカンッ!


 なおも続く空気を叩きつける音と、それに続く乾いた音。

 街はずれにある、木造のこぢんまりとした一軒家。柵に囲まれ、硬く踏みしめられた土の上で二人の男が戦っていた。

 一人は若い男。身の丈1.8メートルほどの長身に引き締まった筋肉質の体。若く瑞々しい肌のいたるところにシンボリックな刺青が彫られ、にじんだ汗で輝いている。

 彼は自分の身の丈ほどもある巨大な棒を振り回していた。ゴツゴツと隆起し、緩やかに湾曲した灰色の巨大な棒。棒を赤黒い炎のような模様が彩り、それが高速で振り回されることでのたうち回る赤い大蛇を連想される。


「良い調子ですよ、ロズ君! これはどうですか!?」


 ロズと呼ばれた青年は、相手が繰り出す木刀の突きを棒で弾き飛ばし、そのまま棒を水平に一回転させて相手の脳天を狙う。相手は大きくのけぞり、弾かれた木刀を杖にすることで地面に倒れこむのを防いだ。


「師匠、そんなに腰曲げたらぎっくり腰になりますよ!」

「いらぬ心配しないで、次の一手を考えなさい」


 師匠と呼ばれた男は、かなりの高齢という外見とは裏腹にバネのように体を起こしてがら空きになったロズの胴を狙う。

「ハッ!」ロズは上に跳んだ。一メートル――二メートル――五メートルに達する。空中で棒を上段に構えるその姿は、誰がどう見ても「今からこれを振り下ろします」というポーズだった。


「なんと単純な……」


 師匠の口がそう動いた。このままでは易々と攻撃を回避された後、木刀の一撃をもらうのは必至。

 だからロズは棒をぶん投げた。重力と、尋常ではない筋力を受けた棒は目にもとまらぬ速さで回転しながら地面をたたき、えぐった。師匠は直撃を免れたものの、巻き上がった砂煙と小石は逃れられない。

 師匠の視界が戻った頃には、目の前に棒の先端が突き出されていた。着地したロズは素早く棒を回収すると、一瞬生じた隙に攻撃をねじ込ませていたのだ。


「……合格です。よくぞここまで成長してくれました」


 師匠は悔しがるどころか、笑顔で自分の弟子の勝利を喜んだ。

 そしてロズは、その十倍は喜び、感謝していた。


「――な~に~を~おっしゃるんですか! 俺なんかのために毎日稽古をつけてくれて、それで成長できてなかったら師匠不孝っつうもんですよ! おおうっ、マグテス師匠~!!」


 ロズは自分の武器を放り投げると、目に涙を溜めながら師匠に抱き着いた。


「ロ、ロズ君! ちょっと離しなさい……」

「照れないでくださいよ! 師匠も嬉しいんですよねっ!? 泣いてるじゃないですか!」

「ああ、はい……確かに嬉し泣きでもあるんですが……苦し…………」




「……まあ、とにかく。“ヌエ”の扱いに始まり体術、装者の糸の操り方、その他家事全般、すべて習得できましたね。これで君を安心して送り出すことができます」


 朝の稽古を終え、二人は朝食をとっていた。この家での家事全般は修業もかねてロズが担っていた。全ては師匠のマグテスが彼に仕込んだことだ。


「しかし、申し訳ないですね。私がこんな体でなければ、もっと早く君をネイサ様の元へ送り出すことができたんですが……」


 そう言って、マグテスは視線を左に移した。左肩から先は存在せず、服の左袖が窓からの風に揺られていた。かつて旅の途中で左腕を失い、それがきっかけで白本の従者を引退したとロズは聞いていた。


「そんな! 俺はそんなこと気にしたことないですよ!」ロズは口の中のものを飲み込んでから大声で師匠を励ます。「装者の傷は名誉の傷! 俺は師匠以上に尊敬できる人なんていませんから!」

「はは、ありがとう。私も、君が弟子でいてくれて心から嬉しいですよ」


 そう感謝して最後の一匙をすくう。それを見届けて、ロズも自分の皿の中を一気に口の中へ掻きこんだ。


「さあ、私の愛弟子の晴れ舞台です。今回は特別に、私も一緒にネイサ様のお城まで付き添いますよ」

「えっ? いいですよ、そんな過保護じゃ恥ずかしいですから……」

「まあまあ。私も久方ぶりにネイサ様とお顔合わせをしたいですし、それに、弟子を思いやる心は何も恥じることはありません」

「ん~、そういうことでしたら……了解っす」

「さあ。そうと決まったら、まずは体の汚れを落としましょうか。久しぶりに私が君の背中を流してあげますよ」

「いやいや。俺が師匠の背中を――」

「いえいえ。たまには私が――」




 ここはビブリア。立派な“本”に成ることを夢見る白本はくほんと、そのサポートに従事する装者そうじゃたちが暮らす小さな国であり、世界そのもの。ロズもまた装者の一人であり、此度初めての任務に就くことになった。

 向かうのは、この国の南にあるネイサの居城。ネイサはこの国の女王であり、彼女の庇護のもと“ビブリア”という世界が成り立っている。仮に彼女がいなくなれば、この世界は即座に消滅してしまうということで、文字通り絶対的な存在なのだ。

 そのネイサが、ロズとマグテスに両手を合わせて頭を下げていた。曇り一つない居城の床に向かって「すまん!」と謝罪の言葉をぶつける。


「ちょ、ちょっとネイサ様!」

「頭を上げてください!」

「女王として示しがつきませんよ!」


 ロズ、マグテス、ネイサの使用人の三人は慌てふためき、とりあえずしゃがみ込んで彼女よりも頭の位置を下げた。


「……それで、一体どうされたのでしょうか?」マグテスが恭しく尋ねる。

「うむ、それがじゃなぁ……」ネイサはバツが悪そうに、横を向きながら頬を掻いていた。「ロズが組んでもらう装者がな……『旅に出たくありません』と文を寄越したんじゃ。つまり、ロズの初仕事は見送りということになりそうで……」

「えぇっ!?」


 ロズは二重の驚きで変な声を出してしまった。

 一つは、待ち望んだ初仕事が今まさになくなろうとしている驚きと落胆。この日のために鍛錬を積んできた身としては、まさに青天の霹靂だった。自分が今立っている床がひび割れ、奈落の底に落ちていく気分を一瞬味わった。

 もう一つは怒り。この国の住民にとって、ネイサは神にも等しい存在。逆らったからといって即座に罰せられることはないが、彼女の命令に背くということは、その顔に泥を塗るようなもの。

 だからロズは叫んだ。


「許せません、その白本! 事情は知りませんが、ネイサ様からの呼び出しを無下にして恥をかかせるだなんて!

 ネイサ様、ご安心ください。この俺――私が責任をもって、その白本を引きずり出してきます!」


 言うが早いか、ロズはポカンとする面々を尻目に、さっさと居城の門を飛び出していった。

 そして、数秒後に戻ってきた。


「そういえば、その白本の名前と住所を知りませんでした!」




 ネイサの使用人からもらったメモに視線を落としながら、ロズはくだんの白本のいえを目指した。

 スクレ=ヴェリッタ。

 ネイサからの召集命令を断った白本の名だ。住んでいるのはロズが暮らす東の街ではなく、人口が少ない西の村。この村は一癖も二癖もある職人の割合が大きく、ごく普通の、しかも女性の白本が暮らすといのは異例のことだった。

 ロズが村の大通りに足を踏み入れると、鋭い眼光を放つ職人たちの視線が一斉に注がれる。そして彼らは一度大きく目を見開くと、すぐに視線を逸らしてしまった。

 ロズは誰にも聞こえない音量でため息をつくと、もらった地図を頼りにスタスタと歩き出した。


 白本と函はセットである。まず東の街のどこかに函が出現し、その中に白本が産まれる。そのため西の村にある建物は全て人の手で新たに建築されたものであり、その構造や外観には大きなバラつきがある。

 問題のスクレの函はどうかというと、女の子が住むにはあまりに地味で存在感が無い。怒りに燃えるロズのように用事が無ければ見落としてしまうだろう。函の周りに申し訳程度の花が咲き、地味で茶色い外壁をわずかばかり彩っている。

 窓を覗けば、分厚いカーテンが視界を完全に遮っている。しかし耳をすませば、たしかに中から人の気配が感じられる。

 ロズは気持ちを落ち着けるために深呼吸すると、玄関の扉をノックした。


「おい、いるんだろう!? どうしてネイサ様のところに行かないんだよ?」


 反応は無い。

 しかしそれで大人しく帰るわけにもいかず、何度もノックと呼びかけを繰り返した。後ろを通り過ぎる人たちの視線も気にしない。


「おい、そろそろ開け――」


 ノックする拳が空を切る。ガチャリという重い音と共に扉が開いた。

 数センチの細い隙間から女の子の顔が覗く。自分より頭一つ分は小柄な少女を見下ろした。


「――えっ?」


 その少女を見て、ロズは驚きを隠せなかった。

 通常、白本の髪の色は銀色である。ごくわずかな例外はいるが、その場合の髪は金色。髪を染めることもできるが、白本はネイサから賜った銀色の髪に強い誇りを持っており、染めたという話はロズも聞いたことが無い。

 スクレの髪は半分黒かった。腰まで伸びる髪の、頭頂部から首にかけては黒く、背中から腰にかけては銀色というグラデーション。

 ロズは最初、それが影による目の錯覚かと思ったが、目を凝らしてもやはり黒髪は黒髪だった。

 そんな彼の視線を感じ取ったのか、スクレは扉の陰に完全に姿を隠してしまった。


「あなたは、どちら様ですか?」声だけが扉の隙間をくぐり抜ける。

「ああ、忘れてた――いえ、忘れていました。私はロズと申します! この度、スクレ様の従者になるという任を受け、あいさつに参った次第です!」


 先ほどまでの怒りはどこへやら。見えはしないが、ロズは扉の前で背筋を伸ばしハツラツとした声で要件を述べた。


「あっ、そう。それなら帰ってください」


 バタン! ガチャ!

 勢いよく扉が閉じられ、間髪入れずに鍵を閉められる。スクレの気配が遠ざかっていく感じがする。


「……えっ? いやいや、待ってくださいよ」


 突然の拒否に虚を突かれた。ノックをしても返事は無く、ドアノブは回らなくなっている。その後一時間ほど粘ってみたが、状況は一切変わらなかった。


「どうなってんだよ、これ……」ロズは頭をひねりながら、自分の家に帰るしかなかった。

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