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黒髪に秘めたスクレ=ヴェリッタ  作者: 望月 幸
第二章【獣たちの国】
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二話【獣との遭遇】

挿絵(By みてみん)

「よっと」

「よっしゃあ!」


 混沌カオスの炎に焼かれ、真っ白な空間を抜け、二人は新たな世界に着地した。


「……っていうか、『よっしゃあ!』てなんですか? まだ移動が済んだだけじゃないですか」

「別に意味は無いけど、とりあえず気合を入れたかったっていうか」

「……まあいいわ。それにしても、また変な所に到着しましたね」

「この前の日和にわ国と似た感じ……ではあるけれど、これはその成れの果てってかんじだな」


 二人が降り立ったのは、高さがゆうに三百メートルは超える高層ビルの屋上だった。これ以上の高さの建物はほとんどないので、街を広く見渡すことができる。

 しかし、肝心の街は荒廃していた。直立している建物は全体の二割ほどで、残りの八割は傾いているか、地面に寝そべっていた。原型をかろうじて留めている程度の建物も少なくない。

 荒れ果てた街を苗床にして、街のいたるところから草木が伸びている。すでに街の半分ほどは緑に侵食され、この土地に築かれていた文明が完全に覆い隠されるのも時間の問題に見えた。

 もっとも、せいぜい四日ほどでこの世界を去る二人にとっては関係のないことだが。


「――さて、どうする? ここからの景色をもうちょっと楽しんでもいいけど、何はともあれ降りないとな」

「そうですね。あそこから降りられそうですよ」


 スクレが指差す先には塔屋があり、中に入れば下に続くエレベーターと階段があった。


「これが“えれべーたー”か。動くのかな?」期待しながらボタンを押すが、うんともすんとも言わない。

「さすがに動いていないみたいですね。もっとも、こんなさびれたビルのエレベーターなんて怖くて乗れませんけど」

「そうだな。万が一真っ逆さまに落ちたら、いくら俺でも大怪我は免れないしな」

「……むしろ、大怪我で済むんですね」

「仕方ない。階段で地道に降りていくか。疲れたらおぶってってやるからな」

「結構です!」


 そうして二人は、長い長い非常階段を律義に降りる羽目になった。

 案の定スクレはあっという間に体力が尽き、しかしロズに頼る気は毛頭ないのか、こまめに休憩を入れながらの行軍となった。二、三階降りたら休憩。また降りたら休憩。その繰り返しで、なかなか地面が近づかない。

 その代わり、ビルの各フロアを見て回る時間は取れた。スクレを適当な椅子に座らせ、自分は適当に歩き回る。

 ほとんどのフロアには名前も知らないコンピュータが無数に並び、ここで多くの人間たちが働いていたことがうかがえる。試しにコンピュータのボタンを適当に押してみるが、反応は無し。電気すら通っていないようだ。

 それならと机の引き出しを引いてみると、時折なんらかの書類が見つかる。白本は異世界の文字も読めるので、自分で足をさすっているスクレに読ませてみる。しかし、文字そのものは読めるものの、内容が専門的かつ難解であるためか、具体的なことはよくわからない。加えて、各フロアによって業務内容は全く異なるのだからなおさらだった。

 確かなのは、かなり文明が発達していたということくらいだ。にもかかわらず、どうしてこのような有様になっているのかはわからない。


「十中八九、戦争だと思いますよ。あたしも、今までの旅で似たような境遇の国を見てきましたから。どれだけ兵器が進化しても、人間そのものは進化しません。ちょっと世界のバランスが崩れれば、一瞬ですよ」

「なるほどなあ。残る一、二は?」

「さあ? パンデミック、大災害、宇宙人の襲来、他の惑星への移住……いろいろ可能性は考えられますけど、今のあたしたちには関係のないことでしょう」

「それもそうだな。そろそろ休憩は終わりでいいか? 辛くなったらいつでも言ってくれよ」

「別に……あなたの助けなんて不要ですから」


 どう見ても披露しているのに、スクレは強がって前を歩き始める。

 オフィスを出て、非常階段への扉を開いた直後、スクレが急に立ち止まった。危うく追突そうになる。


「どうした、急に?」

「……何か、気配を感じませんか?」

「気配だって?」


 呼吸を止め、周囲に神経を張り巡らせる。

 装者は運動能力だけでなく、五感にも優れている。気配というのも、結局は空気の微妙な振動やごくわずかな臭いが正体だったりするのだから、それらを敏感に感じ取ることができる。

 しかしスクレは、ロズに先んじてそれらを感じ取ったことになる。


「俺には何も感じない。気のせいじゃないか?」訝りながら尋ねる。

「そうかもしれません。でも、用心するに越したことはありません」

「……了解。ご主人様がそう言うのなら」


 半信半疑、むしろ疑いの方が大きいが、立場上無下にすることもできない。足音を殺し、呼吸音も消して階段を下りていく。

 一階降りた。何もない。二階降りた。何もない。

 やっぱりスクレの勘違いではないか。その思いは、三階降りたところで間違いだと知った。

 各フロアと非常階段を隔てる一枚の扉。そのドアノブに触れた瞬間、「この階に誰かいる」と確信した。ドアノブがほのかに温かい。隙間からは汗の臭いがかすかに漏れている。

 これが、スクレが感じ取った気配の正体か。彼女も何者かの存在を確信しているのか、表情に脅えが見える。

 左腕の刺青に触れ、武器ヌエを実体化させる。声は出さず、ジェスチャーで「俺の後ろを離れるな」と伝える。素直にうなずいたのを見て、ゆっくりとドアノブを回す。

 キィ――。

 扉のきしむ音すらうるさく感じる。

 隙間から覗くと、見えるのはここまでと同じ、雑然と並んだコンピュータの数々。開け放たれたキャビネットに、割れて寒々しい窓ガラス。

 そして――。


「臭うんだよ、お前ら」


 ロズはヌエを掲げ、左右から同時に襲い掛かる「何者か」の攻撃を防いだ。奇襲を防がれた二人組はすぐさま飛び退いて体勢を立て直す。

 二人の「何者か」の姿を見て、ロズは目を丸くした。

 人間だと思った「それ」は、狼だった。いや、狼とも呼べない。

 一言で言えば“狼人間“だった。人間のように二足で立つのも驚きだが、手の指は細長く五本しっかり伸びている。


「……変わった臭いの人間だな」


 向かって右側の狼人間が口を開くと、なんと言葉を話した。太く鋭い牙が覗く口から人間の言葉が出てくるのは奇妙な光景だった。


「どうする? ここで、始末する? 無理やり、連れて帰る?」


 次は左側の狼人間が話し始める。右側の狼人間と比べて毛深く、言葉がたどたどしい。人間らしさには差があるということか。


「ちょっと待て。とりあえず話をしよう」物騒な気配を感じてロズが口を挟む。「俺とこの子は、人間のようでちょっと違う。そういうあんたらも、人間というにはちょっと違うよな? ここはいったん落ち着いて、お互い話し合いと行かないか?」


 この平和的な提案にロズは内心自画自賛したが、残念ながら向こうはそれを拒否した。


「話し合いなど必要ない。人間は敵だ。お前たちから情報を引き出すのは、群れに戻ってからゆっくりとやればいい」


 右側の狼人間はそう突っぱねると、獣の脚に力をこめ、猛然と突っ込んできた。


「この前のイノシシと比べれば――」


 ロズが腰の高さでヌエを水平に振る。狼人間は体を大きく前傾させ、勢いそのままに接近し、腕を突き出す。手の形こそ人間そっくりだが、指先から伸びる爪の分厚さと鋭さは狼の原型を残している。

「よっ」ロズは首を傾けて避けると、狼人間の胸ぐらをつかむ。ほどよく毛が伸びているので非常につかみやすい。

「そして後ろの奴」左側にいた狼人間が後ろから飛び掛かっていた。ロズはつかんだ狼人間を、突進の勢いを乗せたまま後ろの狼人間にぶん投げた。


 ギャン!

 キャン!


 空中で衝突した二人は悲鳴を上げ、机の上のコンピュータをなぎ倒しながら壁際まで吹っ飛んだ。ドズンと派手な音を立てるが、体毛に覆われたあの体なら大したダメージじゃないだろう。スクレを背後に連れ、床でうずくまっている狼人間に接近する。


「だから話をしようって言っただろ? 俺たちはこの街や国のことを知りたいだけなんだ。あんたらと戦う意志なんて無いんだよ」

「う……うるさい……」先に飛び掛かってきたほうの狼人間が苦しそうに漏らす。「人間は……殺すか捕まえるように言われている。それ以外の選択肢は、我々には無い……」

「そうだ……話すことは無い……」もう一方も同様のことを言うだけだ。


 さて、どうしよう? とりあえず、この二人は縛り付けておいて、やっぱり地上を目指すしかないのか。

 そんなことを考えていると、スクレが服の裾を引っ張っていた。


「どうした?」

「まだ、気配があります。近づいてきますよ」


 耳をそばだてると、確かに足音が聞こえる。ペタペタという音だ。


「裸足か。人間なら靴を履いているはずだから、狼人間の仲間だろうな」言いながら、手のひらから出した“装者の糸”で二人を縛り付ける。加勢に来たとなれば、スクレを守りながら戦うのは難しくなる。


「誰だ! この狼人間の仲間か!?」


 足音のする方向へ叫ぶ。足音はいったん止まり、代わりに流暢な言葉が聞こえてきた。


「私は、そこにいる者たちのリーダーだ! 部下の不手際を謝罪したい! ただそれだけだ!」


 ロズとスクレは顔を見合わせる。

 怪しいが、いざとなればロズが戦えばいい。二人はうなずき、返答した。


「狼人間のリーダーとやら、了解した! そこの扉からゆっくりと入ってこい!」

「了解した!」


 返事をして五秒後、扉の陰から新たな三人目の狼人間が姿を現した。驚くべきことに、その狼人間は人間が着るようなジャケットを羽織っていた。彼らの体毛は主に灰褐色で、ジャケットの色はモスグリーンなものだから、山林の一部が切り離されて狼人間を形作っているように感じられた。

 そんな、自然の使者らしき風貌をした狼人間は、ロズとスクレに悠然と歩み寄り、横を通り過ぎた。そして、柱に縛り付けられた二人の部下を殴りつけた。それも何度も。狼人間の突き出た口から赤い血が漏れる。

 もはやうめき声しか上げられないほどに部下を痛めつけると、リーダー狼は振り返って床に両手をついた。


「申し訳ない! 部下たちのやったことに関しては、これで勘弁してほしい!」ロズとスクレが唖然としていると、彼はすっくと立ちあがってロズの手を握る。「お詫びと言ってはなんだが、私たちの群れに招待したい。そうしなければ、私の気が済まないのだ!」


 その気迫に押されて、ロズは気づかぬうちに首を縦に振っていた。

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