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黒髪に秘めたスクレ=ヴェリッタ  作者: 望月 幸
第一章【守護霊の国】
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十話【世界を滅ぼす守護霊】

挿絵(By みてみん)

「スクレ! スクレ! どこだ、スクレェ!!」


 自分の主人の名前を呼びながらロズが疾走する。

 先ほどまで正太郎の操る野良守護霊と戦っていた場所は、誰かから通報が入ったのか警察が駆け付けている。そこに野次馬たちも集まり、にわかに騒ぎが大きくなっている。スクレと五十嵐を連れ去った正太郎は現場から離れているはずだ。


「どこだ、どこだ!? 早く見つけないと!」


 ビルの外階段を駆け上り、屋上に跳び上がる。視界は広がったが、もしも屋内に隠れられたら見つけるのはほぼ不可能だ。そもそも、いつまでもこの街に留まっているという確証もない。あの巨大カラスなら、とっくに何キロメートル先にも飛び去ることができるはずだ。

 ロズはネックレスの指輪を握りしめる。この指輪がある限り、スクレは勝手にビブリアに戻ることはないはずだ。しかし、身の危険があればその限りではない。もしくは指輪を気にするあまり、ビブリアに戻ることもできず甘んじて暴力を受けている可能性もある。そんなことになれば、自分は従者として取り返しのつかないことをしてしまったことになる。


「やめろ……そんな想像は。今はとにかく、スクレの無事を祈って、一秒でも早く見つけることじゃないか……!」


 目が飛び出るのではというほど見開き、耳に飛び込む音の中から異変の音を抽出しようとする。丸三日も滞在していないこの街で、ロズは自分がこの街の一部になり、その営みの全てを見通そうと試みた。

 そしてロズは、あまりにも大きな異変の姿を視界に捉えた。


「なんだ、あれは……!?」


 ロズが立つビルからおよそ二百メートルほど西側、突如街の一角が黄色く照らされた。その光は揺らめきながら大きくなっていく。

 やがて現れたのは、黄金色に輝く半透明の巨人だった。これまで動物型しか見たことが無かったが、それもこの国特有の守護霊であることはわかった。

 さらに驚くべきことに、その巨人の体内、ちょうど心臓にあたるであろう場所にスクレがいた。

 巨人の身長はおよそ百メートル。しかし不思議なことに、巨人が歩みを始めても足音が全く聞こえない。まるで質量が無いかのようだ。


「あ、あれは!」


 ロズは微かな人影を見つけてビルの屋上から屋上へ跳び、大通りで人々を誘導する男のそばに降り立つ。


「五十嵐さん!」

「うお、ロズ君!? どこからやってきたんだ!」

「そんなことはともかく、これはどういうことなんですか?」

「儂にもよくわからんが、どうやらあれはスクレ嬢ちゃんの守護霊らしいな」


 五十嵐の話によれば、二人は正太郎にさらわれた後、どこかのビルの屋上に連れていかれたらしい。五十嵐は殴る蹴るの暴力を受け、スクレも今まさに襲われる寸前というところで、あの巨人が現れて彼女を守ったらしい。


「今のところ、あの巨人に危険性はなさそうだ。暴れるでも、街を破壊するでもない。もうすぐ警察の専門チームも駆けつけるだろうから、そうすればこの騒動もすぐに収束するだろう」

「そういえば、肝心の正太郎はどこに行ったんですか?」

「ああ、あいつかい? お仲間が悲惨なことになったんで、さっさとカラスに乗って逃げちまいやがったよ。一端の犯罪者ぶってるが、ただの小心者ってのはガキの頃から変わってねえな。

 まあ、あの悪ガキのことはほっといて、今は少しでも混乱を抑えるだけだ。幸い、特に被害も起きそうにねえしな」

「――いや。残念ながら、あの巨人は早く何とかしないとやばそうです」

「なんだと?」


 ロズと五十嵐が見上げる先で、巨人は手すりのようにビルの屋上に手をかけていた。

 その手が触れた箇所から、毛細血管のように細かな光の筋がビルの外面を覆っていく。わずか十秒ほどでビル全体に光の筋が走り、一回だけひときわ大きく光を放つ。

 その直後、光の筋を切断面にしてビルがバラバラに分解された。轟音を響かせ、埃を巻き上げながらビルは崩壊し、その周辺に集まっていた野次馬たちを数十人巻き込んだ。

 被害はビルだけではない。巨人が一歩歩くと、その足跡には全く同じ光の筋が渦巻いていた。道路は地盤沈下でも起きたかのように地下に崩れ落ち、露出した水道管から大量の水が噴き出す。


「無害なんてもんじゃねえな、こりゃ。下手すりゃ、街一つ分解されちまうんじゃねえか」

「……五十嵐さん。あの守護霊を止めるには、どうすればいいんですか?」

「暴走する守護霊を鎮めるには、主に四つの方法がある。守護霊の主が正しくコントロールすること。守護霊の主を気絶させること。同じ守護霊をぶつけて、霊が持っているエネルギーを消耗させること。最後に、物理的にぶちのめして大人しくさせること。

 儂がこの前イノシシを倒したのは三つ目の方法で、お前さんが正太郎の守護霊を倒したのは四つ目の方法だ。もっとも、守護霊に物理的な攻撃はあんまり効かないんで、お前さんがそれをやってのけたのは驚いたがな。普通はいくつもの手続きを踏んで銃を使うもんだが」

「それで、あの巨人に有効なのは?」

「……一つ目の方法しかねえだろうな。二つ目の方法は、嬢ちゃんが守護霊の体内に収まってんだから難しい。三つ目は、専門チームが駆け付ければ可能だが、それまでに街の被害が広がるのが欠点か。四つ目は論外だな、軍隊でも持ってこなくちゃならねえ」

「わかりました、一つ目の方法で行きましょう」

「儂も行こう。パニックが大きすぎて、儂一人じゃ抑えきれん。お前さんと一緒に元凶を抑えたほうがよさそうじゃ」


 ロズは自分の足で、五十嵐は守護霊ゴリさんに抱きかかえられ、巨人と一定の距離を保ちながら追いかける。


「五十嵐さん。俺が前に回って声を掛けてみます」


 巨人の動きは緩慢で、ロズの足なら容易に追い越せる。ちょうど巨人の斜め前方に一際高いビルがあり、その屋上に陣取る。


 ズン!


「今だ!」巨人の胸元が目の前に迫ったところで飛び移る。透明な肌はゴムのような手触りで、爪を食い込ませればどうにか貼りつくことができる。


「スクレ! 俺だ! 起きてるのか!?」


 巨人の透明な肉体を挟んで三メートルほど。体内にはぼんやりと前方を見つめているスクレの姿がある。その瞳にロズの姿が映ると、スクレは一度大きく目を見開き、巨人は歩みを止めた。


「いいぞ、その調子だ! とりあえず、この巨人をこれ以上動かすのはやめるんだ。もうすぐ五十嵐さんたちが来てくれるから、その時に巨人を消す方法を教えてもらおう」


 スクレは反応しない。声が届かないのかと思い声を張り上げるが、彼女はただわなわなと震えるだけだ。

 こんな状況になってパニックに陥っているのか? そう思いながらも構わず声をかけようとしたその時だった。


「いやあぁああぁぁァァーーーーーーーーッ!!」


 スクレは絶叫した。その声は巨人の体全体を波立たせ、どうにかしがみついていたロズはたまらず飛び退いた。


「スクレ!? おい、どうした! 落ち着け!」

「いや! いやっ! いやあぁっ!!」


 耳をふさぎ、髪を振り乱す。ついにはその場でしゃがみ込んでしまった。


「どうなってるんだ…………ハッ!?」


 スクレの体が上昇していく。いや、巨人が宙に浮かんでいる。そして、今ロズが立っているビルの五倍ほどの高さで止まった。

 そして、巨人は涙を流し始めた。涙は頬を伝い、首から胴体へ、つま先まで伝い、真下に落ちていった。

 涙が染み込んだ地面を中心に、あの光の筋が縦横無尽に、瞬く間に街を覆っていく。それはつまり、この街が、それ以上の範囲が一度に崩壊することを意味している。何百年という歴史があるであろうこの街が、あと数分も経たないうちに崩壊する危機を迎えている。


「おお、いた! ロズ君、これは一体!?」


 ようやく追いついてきた五十嵐が問いかける。この町で暮らしてきた人間だけに、その焦りはロズの比ではない。


「……わかりません。でも、スクレは確かに俺の姿に反応しました」

「その結果がこれか!? お前さんはあの娘に好かれていないようじゃったが、まさか、お前さんのせいじゃなかろうな!?」


 激昂する五十嵐につかみかかられるが、ロズは抵抗しなかった。


「……いや、ロズ君に当たってもしょうがない。一刻を争う状況なんじゃろう? なにか勝算はあるのか?」

「とにかく、もう一度スクレに近づかないと始まりません」

「どうやって、あそこまで行く?」五十嵐が顎を上げる。「ヘリなんて飛ばせんし、空を飛べる守護霊を持つ警官はまだ到着せんぞ」

「それについては、一応考えがあります」


 そう言ってロズは、五十嵐の背後に視線を向けた。

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