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#3「シャ・ノワール」〈後編〉

今回も暖猫が書かせていただきました。

 冷たい色の目をしている子だな、と思った。


 明け方、川でユキに魚の捕り方を教え、たらふく魚を食べ、さらに家でも食べようと、魚を一匹づつ咥えて帰る途中。

 ユキよりも一回り小さい、やたらと弱った黒猫に出会った。

 何もかもを寄せ付けまいとしているような、凍えるような瞳。

 思わず話しかけると、刺々(とげとげ)しい言葉が返ってきた。魚を勧めても、食べようとしなかった。

 しかし、こちらに背を向け歩き出そうとした瞬間______いきなり、彼女は倒れてしまったのだ。


「わ、だ、大丈夫!?」


 真っ先に駆け寄ったのはタンゴではなく、その後ろにいたはずのユキだった。

 慌てて顔を舐め、体を揺するが、黒猫はぴくりともしない。

 いや、よく見ると、腹が微かに上下している。死んではいないようだが……

 心配なので、我が家……は少し距離があるので、近くの公園のベンチの木の上まで何とか運び、様子を見ることにした。


 今日はヘイジツ、人間たちはみんなどこかへ出かける日なので、公園に人はいない。

 もう少し日が登れば、子供人間を連れた親人間が来るだろうが、それもまだ先の話だ。

 おろおろするユキを宥め、水を近所の人間の縄張りにある、小さな池からこっそり貰って、苔に含ませて黒猫のところまで持って来る。

 口に近づけ、ぽたぽたと水滴を垂らす。ペロリと舌を出した。飲んでいるようだ。

 ひとまず安心する。


 そのまま、十分間ほど見守っていると、黒猫が瞼を開いた。


「……う、ん…………?

 あれ……ここ、は……」


 いきなり倒れたからか、事態を把握できていない。まあ、当たり前の話だが。


「ちょっと、何いきなり倒れてくれちゃってるのよ!心配したじゃない、本当に!」


 またしても、真っ先に駆け寄ったのはユキだった。やっぱり、優しい子だ。


「……心配、してくれたの?」

「なっ!?いやこれは違ってえっとえっと、そう!いきなり目の前で死なれても寝覚めが悪くなるじゃない!

 私の睡眠時間が減ったらどうしてくれるのよ!」


 その滅茶苦茶な理論に、険しい顔をしていた黒猫の表情がふっと緩んだ。


「……礼を言うわ。迷惑かけて、悪かった」


 また立ち去ろうとする黒猫の前に、タンゴはさっと魚を置いた。

 すこし時間は経ってしまったが、今日は結構涼しい。問題ないだろう。


「食べない?あげるよ、生臭いのが苦手じゃなかったら、だけど」


 ユキも、ここぞとばかりに畳み掛ける。


「そうよ、タンゴの獲った魚、まあ結構食べれなくもないのよ?」


 ……それ、褒めてるんだろうか。


 黒猫はすこし迷うような素振りを見せたが、空腹には勝てぬといった様子で首を振り、その魚をぺろっと舐める。

 そのまま魚のウロコに、ガブッと牙を突き立てた。

 汁気たっぷりの肉を頬張り、骨もガリガリ音を立てて食べる。もちろん頭も内臓も残さず食べる。猫にとっては当たり前だ。

 あっという間に魚を一匹食べ終わった黒猫は、すっと立ち上がり、


「……ありがとう、本当に。

 いつか、何かできることがあったら、遠慮なく言ってよ。これで、借り一つ……ううん、二つかな、倒れたのも助けてもらって、魚まで。

 取り敢えずその内、何か獲って返すよ」


 その、少し他人行儀な言葉に、タンゴは親しげに返す。


「いいよ、貸し借りなんて。

 ……だってもう、友達だろ?」


 出会って一時間も経っていない。

 でも、多分、この黒猫は悪い猫ではない。それなりの時を生きてきたから、何となく分かる。

 ちょっと捻くれているだけだ。多分、ユキと同じ。

 年も、ユキくらいなのではないだろうか。


 タンゴの言葉に、黒猫は目を丸くして、頰を緩ませた……ような、気がした。

 その表情はすぐに消え、彼女の目には再び冷たい光が灯る。


「……ごめん。それは、できない。

 あんた達とあたしは、友達にはならないし、なれない」


 黒猫が、背を向ける。


「……何で?あたしとタンゴじゃダメだって言うの?」


 ユキが、不満気に聞く。

 せっかく、同じ年頃で、同じ性別で、どこか自分に似た子と友達になれると思ったのだ。

 いつもならば、「何で勝手にあたしを数に入れてんのよ!」くらいは言いそうなものなのだが。

 この時ばかりは、ユキは素直になって問いかけた。


 黒猫は振り返らずに、答える。


「決めたんだ。あたしが、あたしに、誓ったんだ。

 あたしはね、一人で生きる。一人で過ごす。一人きりで、全部やる。全部なんとかする。

 その決意を、無かったことにしたくない」


 気のせいだろうか。彼女の尾が、心なしか下がっているように見える。

 ユキが何か言おうとしたが、タンゴが「ユキ!」と言って制した。


「……意地になってるだけなのかもしんないけどさ。

 もう、あんな悲しい思いはしたくないんだ」


 その断片的な情報だけでは、よく分からなかった。

 分かるのは、彼女の決意が固いと言うこと、ただそれだけ。


「……あんた達はきっと、優しい猫だ。

 見ず知らずの他の猫のことを、無条件で思いやれる。損得も考えない。立派な猫なんだろうね、多分。

 ……でもね。あたしは、そうじゃないの」


 黒猫が、足を動かす。

 ちょっとずつ、ちょっとずつ、遠ざかって行く。


「……でもまあ、名前くらいは良いかな。

 ね、【××××】」


 少し距離が離れたせいか、最後の呟きは、よく聞こえなかった。

 黒猫が、ほんの少しだけ、振り返る。


「あたしの名前はシャノ。

 本当は《シャノワール》って言うらしいんだけど、あんまり長いから、シャノ。

 ……ああ、あんた達の名前はいいよ。散々聞いたし」


 自分もと名乗りかけたタンゴの言葉を止め、黒猫は……いや、シャノは、ほんの少しだけ笑った……ような、気がした。

 彼女がついさっきまで立っていた場所を、木の葉を乗せた風が吹き抜けていった。

シャノちゃんは、今後もまだまだ登場予定です。是非可愛がってあげて下さい。

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