#1「白雪の少女」
初めまして。第1話の作者、そして"全猫"企画主のニコネコです。普通のラブコメ、どうぞお楽しみください。
ただし、全員猫ですが。
彼女を言葉で表すなら"色白碧眼のキュートガール"と言ったところだ。立てば白雪、座っても白雪、歩く姿は雪の結晶の形__そんな、聖夜の雪のような美しい少女が、彼女である。
「……遅い」
どうやら、待ち人がいるらしい。退屈そうに顔をあげたり伏せたり、またあげてあたりをキョロキョロしたり__たった今やるべきことも、やりたいこともない彼女は、日曜日の午前、意味もなくそんな行為を繰り返していた。
顔の上げ下げが6回目ぐらいになった頃、彼女はこれまた意味もなく、今度は座っていた塀から飛び降りた。音もなく着地したコンクリートの地面は、まだ朝だというのに、既に熱され始めている。
そうした彼女の元へ、2人の人間が歩いてきた。白雪少女__いや、ユキと呼ぼう。ユキは期待して2人を見たが、待ち人の姿とはかけ離れたその姿を見ると、少し残念そうにため息をついた。
「……あ、かわいい〜!!」
2人の人間、もとい女子高生が、ユキに近寄る。抵抗する間も無く、雪は2人に囲まれ__
「うっわぁ、モッフモフ!」
体中の毛という毛を撫でに撫でられた。
ユキ。白雪のような美しい少女。
ただし、猫である。
女子高生たちの手から逃れたユキ(ユキと呼ぼう、などと言ったが、そもそもこれが本名だ)は、草葉の陰に隠れて2人をやり過ごした。
小さな体を茂みから出すと、彼女は安心のため息をこぼした。やれやれ、と言った感じの仕草とは裏腹に、尻尾は大喜びするように垂直に立っているのは__見なかったことにしておいてやろう。
「……あ、いたいた」
ユキの耳に、澄んだ声が届いた。一瞬、また人間が来たのかと思ったが__
「ごめん、ちょっと遅くなっちゃったね。待たせちゃった」
声の主は、人ではなかった。
凛とした表情の、青い瞳の猫。毛色はユキと同じだが、こちらはオスだ。
「……別に待ってない」
「そう? ご飯は楽しみだったんじゃない?」
「別に。あたしそんなに子供じゃないの」
口に魚をくわえたまま、器用に喋る青目の猫。腹話術の類だ。彼の言葉に、ユキはそっけなく答えた。もちろん、尻尾は垂直スタンダップ中だ。
「ま、食べなきゃ死んじゃうから食べるけどね」
まるで『仕方なく』とでも言いたげに、ユキは魚を頬張る。素直に『食べたい』なんて言えない年頃なのだ。
舌でその肉身を包んだ刹那、美味と言う名の快楽が彼女を逆に包み込んだ。思わず頰が緩んだ彼女は、次々に魚の身にかぶりついていく。
「んん……♪」
「美味しそうに食べるねー。やっぱりお腹空いてた?」
「……あっ」
はっとして口を開けた彼女の目の前で、青目の猫はにっこり笑っていた。
「い……いやー? 不味いし、お……お腹空いてるわけでもないし? 今の4口で十分だから、あとタンゴが食べていいわよ」
『ぐ〜』
「……ブフッ」
「なに笑ってんのよ!」
「フッ……いやさ、お腹は十分じゃないって言ってるよ?」
「あーもううるさい! 食べるわよもう!!」
ユキ、生後9ヶ月。感情を素直に表せない年頃である。
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それは、12月25日のことだった。
空には雲が浮かび、白い幸せをそっとこぼしていた。街にはカップルや友達同士でワイワイと歩く人々が沢山いる。
そんな日、青目の猫__タンゴは彼女を託された。
「__ユキ」
彼の母親は、生まれたばかりの幼子を抱くように守りながら、そう呟いた。
病気で弱った体で、必死に産んだ仔猫。雪の当たらない物陰に隠れ、どこからか拾ってきた毛布の上で、母に愛を注がれながら、安らかに眠っている。
「この子の名前?」
「そう」
2人の会話は、そうやってゆっくりと繰り返されていた。
「父さん、天国から見てるかしらね」
「……うん。きっと」
空を見上げながら、まだ幼かったタンゴは答える。
「雪はきっと、父さんの贈り物だよ」
亡き父の面影を浮かべながら、タンゴは雪の空と幼子を交互に見た。
「タンゴ」
「分かってる。
僕が父さんと母さんの分まで、愛して、守って__幸せにするから」
誓いの日の翌日、彼女は新しい命と入れ替わるように、この世を去った。
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人は皆、何かを背負って生きている。重くて、時に憎くて__時に、自分を変えてくれるような何かを。
それはきっと、彼等も同じ__この物語は、そんな物語だ。
ただし、全員猫である。