三話
時間にしては短いけれど、私たちにとっては長く感じるその瞬間は、保健室の先生の言葉で終わりを告げた。
皆藤さんは私にウィンクをしながら、笑顔でその場を去って行く。女の子どうしとはいえ、彼女も恥ずかしかったのかも知れない。彼女の顔が赤かったのはおそらくそのせいだろう。
ハグしたおかげなのか、私は振られたショックなどほぼ無くなっていた。その後の心の無い言葉も既に忘れていた。
私は、嘘をつくことは悪いと思わない。
だって、優しい嘘だってあるから。
でも優しい嘘だけでは無い、悲しい嘘だってある。
「ねえ、皆藤さん。良かったら俺と付き合ってよ。」
そんな声が、空き教室から聞こえて来た。保健室で彼女と話してから二週間ほど経った今も、どこか彼女とは距離が空いていた。話しかけられたら受け答えするのだけれど、話しかける彼女の目は私を正確に見ていない。どうしたのだろうか。
その言葉を聞くに、皆藤さんは告白を受けているらしい。誰からも分け隔てなく接する彼女は男子からも人気なようで、告白を受けるのは珍しいことじゃないみたい。でも、どうやら今日の告白はいつもと違う。男子の口から発せられた言葉は、好きな相手に告げる言葉とは到底思えなかったから。
「お前のこと、中学の奴から聞いたよ。まさか意外なこともあるもんだ。皆藤さんが、実は・・。」
「やめてっ!」
拒絶の声を、彼女の酷く怯えた声を初めて聞いた気がする。
「なにが、目的なの・・?」
「最初に言ったろ?良かったら付き合ってほしいって。」
近くで聞いている訳では無いから、正しく会話を聞き取ることは出来なかったけど、そんな男と付き合う必要は無いと思った。だって、皆藤さんのことを本当に好きだとは思えなかったから。
「分かった。」
その短い言葉が誰から発せられたのかは考えるまでも無い。その場に高い声の持ち主は一人しかいないのだから。私はその答えを聞いて、この場に居てはいけないとそう頭が訴えていたのに。私の足は一歩も動かない。
最初から立ち聞きなんてしなければ良かったと、私は後悔した。ここに居なければ、静かな教室に不釣り合いな音が私の耳に届くことも無かったのに。