人生最後のプロローグ
皆に尋ねたいことがある。
現在、日本いや世界で『神様』という存在が有無を問わず広くしれわたっている。
ーー自分は神様の気まぐれで存在させられ、ただ悶々とすぎる時間の中をゴミのように、アニメの『モブ』のようにただいるだけの存在として無理やり生かされているーー
そう感じたことはないだろうか。
ちなみに、僕はある。
学生時代はといえばーー
新学期が始まった頃、自分から真新しいクラスメートたちに話しかけるとクラスメートの子も嬉しそうに笑って返してくれ数日後には友達になったーー気になる。
そう、悪魔でも『気』にすぎない。
友達なんて小さなきっかけさえあれば簡単に嫌いになる。
例えば自分のコンプレックスを、仲良くなってきたからなんて安易な理由で教えてみると一瞬で軽蔑の目に変わる。
それでも、軽蔑されていることを感じてはいても、認めたくなくて、信じたくなくて、疑いたくなくて、いつも通りに話しかけてみる。
すると、明らかに関わらないで欲しいといった顔をされ拒絶される。
そんなクズ、友達とは呼べない、呼びたくない。
それに、クズの人脈ネットワークはヤバイ。
一瞬で拡散され、気づいたらクラス中、別のクラス、学年なんかに広がってる。
すごく恐ろしい、というか気持ち悪かった。
まるで、誰かの弱みを握らないと集団でいれない臆病者の集まりのように思えた。
ーーそうして孤立するのだ。
孤立するとなんで僕ここにいるんだろうとよく思うようになる。
ただ漠然と、ここにいないといけないような気がするからここにいる。
分かってはいたのだ。
これではいけない、と。
だが孤立というのは非常に怖いもので、自分に自由など元からなかったのではないかと思ってしまう。
縛り付けられ、気づけば自分が一番の臆病者になっている。
そうして学生時代の体験は成人後にも大きく影響を与えてしまう。
現在、僕はとある不動産会社に入社している。
学生時代のトラウマが微弱な対人恐怖症を引き起こしていたり、疑心暗鬼になっていたりと、いわゆるコミュ障になってしまっているのだ。
そしてまた、孤立する。
よくうつ病になっていないなと感心したりもする。
モブのようだと思うのは孤立による孤独感からくるのだ。
ーー僕は決意した。
宝くじを買おうーーと。
宝くじを買って、もしお金持ちになれたら会社なんて退職して、そのお金で自由に生きていこう。
そのお金が尽きたらまた宝くじを買おう。
もし当たらなかったら、死のう。
とりあえず100枚買った。
運命の100枚だ。
僕は一枚一枚丁寧に、ゆっくりと擦っていく。
「一枚目、二枚目、三枚目、四枚目…」
「九十九枚目……」
なぜだか九十九枚目にまできて一枚も当たっていない。
やはり、僕は死ぬ運命なのだろうか。
「100枚目っと……ん?」
100枚目、ハズレだった。
だが、この『ハズレ』というのは正式の当たりではないという意味だ。
その生死をかけた100枚目からは、これまで九十九枚削ってきて一度も見たことのないマークが出てきた。
しかも、削った場所は全部そのマークだった。
そして100枚目には明らかに普通の宝くじではない表記があった。
“新一等 異世界転移”
明らかにおかしいのは分かっていたが何等でも、とりあえず当たっていたことに安堵した。
決意はしたはしたが実際に自殺するのには、わずかながら抵抗はあったのだ。
数日後、僕は新一等が当たった宝くじを交換しに、近くの宝くじに来ていた。
「あのー、先日宝くじを買いまして、新一等異世界転移が当たったのですが……」