十六夜ソーマは無職である。
お待ちかねのステータス大公開!今回は、ボリューム多めです。
ユリーナの魔法によって記されたその手帳は、2ページ分しかなくて、最初のページは自身の名前、性別、年齢をはじめとしたプロフィールだった。周りの人達も食いついたように手帳を見ている。
そして、待ってましたと言わんばかりにソーマのレベルとステータスが記されていた。
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十六夜ソーマ 16歳 男
レベル:1
職業:
筋力:10
敏捷力:10
持久力:10
魔力:5
魔防:5
器用さ:20
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周囲のざわめきは先ほどより大きくなった。中には「ステータス? ここはゲームの中なのかな?ハ八ッ……」 「もう訳が分からないよ……」等と、理解に苦しんでいる者が少なからず居た。
(あれ……職業は? 何もない……だと!?)
そんな中、周りが気になってることを気にせず事を進めていくのがソーマクオリティー。ソーマはステータス欄を見た瞬間凍りついていた。何度どう見ても俺の職業枠が空白なのだ。
ふらつきそうな足を踏ん張り、俺は確認のため未だに教会〈?〉の端で、自身の手帳――ステータスを見ているのだろう――月村さんと芳乃さんに声をかけた。
「月村さん、芳乃さん。職業何になった?」
「ひゃっ!? い、ソーマ君? びっくりしたよぉ……」
「それにしても、いきなり人のステータスを聞くのはどうかと思うわよ? 十六夜君……まずそっちから見せるのが筋じゃない?」
月村さんは「別に良いよ~」と言ってくれたのだが、芳乃さんが言ってることは全くもって正論な為、ソーマは渋々芳乃さんに手帳を渡した。
芳乃さんは俺の手帳を受け取ると、自身の手帳を見せてくれた。
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芳乃未緒 16歳 女
レベル:1
職業:侍
筋力:95
敏捷力:100
持久力:80
魔力:50
魔防:65
器用さ:85
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なんだか怖くなってきたソーマは、自慢の聞き耳スキル――ただ耳が良いだけなのだが――を駆使し、周りのステータスを盗み聞きした。
「俺のステ平均は大体50ぐらいかー」 「私は65ぐらいかな……他の皆ってどのくらいなんだろう?」
いくら盗み聞いても、ステータス平均は50くらいらしい。
(何でやっ!? 何で俺だけ職業ないし、そんなにステが紙くずレベルなんやっ!?)
ソーマの心の中の絶叫が聞こえたのか、すごく申し訳なさそうな表情でこちらを見ていた芳乃が「ん?」と言った表情で、ステータスの次のページを見ていた。
次のページを見てなかったソーマは不覚……と思いつつ、とりあえず見てみることにした。
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技能:剣術・魔力付与・リミットブレイク・魔弓使い
妖刀使い・見切り・抜刀術・魔術適正〈闇・無・光・雷〉
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「……うん。ありがとう、芳乃さん。とっても参考になったよ……」
ソーマはそう言いつつも、あまりにも芳乃さんのチートスッペックぶりに肩を落としていた。
「ソーマ君、まぁ最初は低い分伸びしろが多いと私は思うよ? それに私なんか完全ファンタジーのテンプレだし。」
元気付けてくれようとしてくれるのか、月村さんがフォローしてくれる。芳乃さんも「うんうん」と頷いている。
「あと、自慢とかじゃないんだけど……私のも見てくれない……かな?」
「え? え、とうーん……良いよ。うん」
悲しいかな。何となく嫌な予感がするのに彼女の表情を見ると、断ろうにも断れないヘタレがここに居た。
芳乃さんは、頷いている中「え? それはちょっと……」みたいな表情をして、月村さんを止めようとする。
しかし、時既に遅し。投げやりな気持ちになったソーマは、渡された手帳を見て凍りついた。
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月村有紗 16歳 女
レベル:1
職業:ヴァルキリー
筋力:100
敏捷力:120
持久力:90
魔力:150
魔防:110
器用さ:100
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技能:全属性耐性・全属性強化・全武器適正・神剣使い
リミットブレイク・リミットデストロイ・支援強化
支援範囲拡張・状態異常耐性・魔力直接操作・全属性魔法適正
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彼女は芳乃さん以上にチートのようだ。
ソーマは表情を固めたまま――恐らく4016円を失くした時みたいな顔をしているだろう――手帳を返すと同時に、自分の手帳も戻ってきた。一応技能の確認を確認しておいた。
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技能:投影・クラフト
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とてもじゃないが、あの2人に比べれば心もとない様にも見えたのだが、ソーマには技能があるだけまだ心の救いだった。
正直投影とクラフトについては、何となく予想がついた。投影はどうせカッコイイポーズの人〈?〉と似た感じのモノだろうし、クラフトはきっとリフォームの匠が出て来るゲームのアレと似た様な技能だろう。
「そう言えば……ソーマ君が右手にはめてるその……ゆ、指輪みたいなのは何?」
月村さんが俺の指にはめている指輪が気になったのか、何故か顔を赤らめて尋ねてきた。
「ああ、まだ向こうに居る時に拾ったんだ。一応、お守り代わりにしてる。」
「それにしてはなんか奇妙な指輪ね……」
月村さんは何か安心した様なため息をついていたが、芳乃さんに関しては遠慮のないツッコミが炸裂した。
いつの間にか周りの空気は、自分のステータス大公開みたいな状況になっており、自慢話がこの辺り一帯から聞こえる。
周りは意気揚々とした雰囲気の中、ソーマは1人浮かない表情で月村さんと芳乃さんから慰められていた。なんとも情けない話である。
そんなソーマに追い討ちをかけるかのように、こちらの方へ1人の男子が来た。その男子は、隣のクラスの高校屈指のイケメンの幸村和也〈ゆきむらかずや〉だった。
彼に関しての男子間の噂では、女たらしと良く聞いているのだが噂どおりというかそれ以上で、彼の周りには数人の女子が引っ付いている。
月村さんと芳乃さんは苦虫を噛んだ様な表情で彼を見ていた。無論、彼の噂を知っているからだ。
そんな様子もお構いなしな幸村は、ソーマに話しかけてきた。
「やあ、何だか浮かない表情をしているけれど何かあったのかい? 十六夜君。例えば……ステータスとか?」
幸村の表情が一瞬変わったように見えたソーマは、何故わざわざ自分に話かけてきたかを察した。彼は恐らく何らかの形……そう、例えば周りの女子を使ってさりげなく確認したとか……それを知った幸村がこっちのところへとわざわざ足を運んだのだろう。自分より下を見下し、月村さんや芳乃さんにいい格好を見せようという魂胆だろう。
「ああ、ちょっとね……まぁ、幸村君が気にする程の事じゃないから気にしないでくれ。気を使ってくれてどうもありがとう」
「そうかい? 僕から見ると君はかなりショックを受けてるように見えたんで気にかけたんだが……よかったら僕にもみせてもらえないかな? 僕もプライバシーと礼儀は守るつもりだからさ」
そう言うと、幸村は自身の手帳を半ば無理やりソーマの手に渡すと、ソーマの手帳を奪い取った。
どうせ理不尽なステータスなのだろうと思ったソーマは、無関心に幸村の手帳を眺めた。
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幸村和也 16歳 男
レベル:1
職業:勇者
筋力:100
敏捷力:100
持久力:100
魔力:100
魔防:100
器用さ:100
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技能:リミットブレイク・剣術・全属性耐性・全属性魔法適正
弱点特攻・自己強化魔法延長・戦闘時自動回復〈小〉
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(どうしてこんな奴が勇者に……しかもどんな世界でも勇者のステって安定だしチートだよな……)
正直リジェネとか訳が分からないレベルのチート能力で、とりあえず幸村に返そうと彼を見たとき、彼は嗤っていた。
恐らく、具体的なソーマのステまでは知らなかったのだろう。予想以上の低スペックなこちらのステを見て嗤いを堪えきれなくなったのだろう。
「ククッあぁ、ごめんごめん。いやさ、予想以上に酷いもんだったからさつい、ね。いや、他意はないんだよ? 」
幸村の周りの女子がクスクスと俺を見下したように嗤っている。それに対し、芳乃さんは幸村の言葉に嫌悪を浮かべていて、月村さんに関しては、憤怒していた。
「幸村君。さっきの発言は人としてどうかと思うんだけど……? そうは思わないかな?」
月村さんはソーマの前に立っており、幸村に立ち塞がる様な状態な為、こちらからは月村さんの表情を伺えなかった。もっとも、彼女の親友である芳乃さんでさえ驚きを隠せないといった表情で、月村さんを見ていた。
いつの間にか多くの野次馬が集まっていた。「何だ? 喧嘩か?」等と、周りの生徒は興味津々で月村さんと幸村を見ている。
「どうしたんだい? 月村さん? そんなに怒るなんて君らしくないじゃないか。彼の事を悪く言ったのは謝るよ……しかし、あんなモノを見せられてはね……クククッ……いやぁ、笑うなと言う方が無理があると僕は思うな」
月村さんは、まだ何か言おうとしたが、芳乃さんに止められ、渋々引き下がる。
ソーマは冷や汗をかいていた。何故ならさっきの発言で、野次馬の注目が自分へと集まったからだ。
周りからは「十六夜のステの事かな?」とか「そんなに面白いのかな?」等と、ソーマのステータスに興味津々のようだ。
その様子を見た幸村は、ニヤリと不吉な笑みを浮かべおもむろに右手にあるソーマの手帳を掲げ、周りに向けて言い放った。
「皆はアイツのステータスを見たいかい?今、丁度僕が持ってるんだ。見たい人は手を挙げてくれ」
一瞬誰もが沈黙した……それは嵐の前の静けさだった。
その沈黙を破ったのはソーマが半ば予想していた人物だった。
おもむろに手を挙げたのは、赤木龍輝をはじめとする、いつもソーマをリンチしているグループだった。
「十六夜のステータス? 見たいに決まってるじゃんっ! なぁ? お前らもあんだけユリーナさんの前で格好付けれる位度胸があるんだし、相当良い職業になってる……そうお思わねえか?」
正直、度胸とか関係ない気がするし色々と間違ってる様な気がするが、彼の発言は一部の――主にソーマの事を良く思ってない連中――人間には、色んな意味で賛同する為のトリガーになったようだ。
1人、また1人と周りに釣られ、手を挙げる者は増えていく。
「んー……結構な人数集まったね? それじゃあ皆の要望に答えよう……と言いたい所なんだけど、僕は十六夜君のプライバシーを守ると言っちゃったからな……」
幸村はそう言いながらソーマへと視線を向ける……いや、周りの野次馬もこちらをずっと見ている。そんな中、ソーマは視線から逃れようと視線を動かしてると、人ごみの中に月村さんと芳乃さんが居た。
彼女達は申し訳ないと思ってるのか泣きそうな表情で俺を見ていた。
それだけで十分だった。
「好きにしろ。どうせ何時までも隠せるとは俺も思っちゃいない……好きなだけ見下せよ」
幸村はあまりにも潔く了承したソーマを意外なモノを見る様な目で見ていたが、何かを思いついたのかニヤリと、勇者には似合わない歪んだ笑みを浮かべた。
「うーん……許可があっさり下りたのは少々意外だったけど……僕もそこまで鬼畜じゃない。ここは模擬戦で決めようじゃないか。僕から1回でもダウンを取れば君の勝ち。君がノックアウトしたら僕の勝ちって事で良いかな?」
周りの野次は「おぉー」と言った歓声を上げている一方、一部の人間は「流石にやりすぎじゃないのか?」等と言う人も出てき始めた。
しかし、1度火がついたこの状況を止める術を誰も持っていなかった。
このタイミングで助け舟を出したのは、意外にもユリーナだった……ソーマにではなく、幸村に。
「実践訓練を踏まえ、自身の力を確かめる良い機会ですわ。場所は私が用意しましょう」
ユリーナは微笑を浮かべたまま華麗にフィンガースナップを決めると、ソーマ達の足元が輝き始めた。
一瞬の発光と共にソーマはコロシアムの中央に居た。向かいには幸村が不敵な笑みを浮かべ立っていた。
コロシアムは円状になっており、観客席の所に他の生徒達が居た。
「これは凄いな……見ろよ。今、僕達は注目の的だよ?」
「……そうだな……」
興奮気味な幸村に力ない返事をした俺は、取りあえず周囲を確認する。出口は閉ざされており、明らかに勝負が着くまでここから出ることは不可能そうに見えた。
不意に、目の前に木刀が落ちてきた。
「大きな怪我になっても困りますので、この木刀をお使いください。では、ご健闘を……」
ユリーナが言い終えると同時に銅鑼の轟音が聞こえる。
最初に動いたのは、幸村だった。
ソーマとの距離を縮めつつ、地面に落ちてる木刀の柄を器用に手に取る。それに対してソーマは、ワンテンポ以上遅れて木刀を拾い上げ、構えたときには幸村が木刀を振りかぶっていた。
「くっ……」
回避は不可能と悟ったソーマは、左手で木刀の腹を支えて攻撃を迎え撃った。果たして……幸村の木刀はほぼ水平な軌道を描き、ソーマの木刀の腹に……当たる感覚すら感じず粉砕してのけ、地面に叩きつけた。
「ぐあぁっ!?」
物凄い力によって地面に叩きつけられたソーマは、少しの間呼吸が出来ない状況に陥った。
痛みを通り越して体が痺れる……そんな感覚を初めて味わいつつ、起き上がろうと左手を地面に着いたその時、ソーマは自身の体の異常に気がついた。
「いっ!? があぁぁぁぁぁぁ!?」
ソーマは痛みのあまり地面を転げまわった。
実は、幸村の筋力との差が大きい為、幸村の木刀はこちらのの木刀を砕くだけではなく、ソーマの左腕の骨を粉砕したのだ。
「うっわー……大丈夫? 十六夜君? まさか1合目でこんな事になるとは思わなかったよ。にしても、凄いな……あっちに居た時より体が全然軽いし、力が漲ってくるよ。悪いけど……もうちょっと僕の実験台になってもらうよ?」
まさに鬼畜の所業だった。彼は木刀を投げ捨てると、痛みに悶絶しているソーマに容赦なく蹴りを入れた。
「がっ、は……ゲホッゲホッ」
「この程度で気絶しないで欲しいな……もっと付き合ってもらわないと……」
彼は、咳き込んでうずくまってる俺の髪を引っ張り上げ、顔を覗き込んで来る。
「うわぁ……平凡な君の顔が酷い事になってるね……ククッ、実に楽しいねぇっ!十六夜もそうは思わないかい?1つ良い事を教えてあげるよ。僕は君の事が嫌いだ。理由は単純だよ? 僕の狙ってる月村さん……どうして大したモノも持ってない君にばかり向いてるんだい? 全くもって理解できない。だから君に嫉妬してるし、嫌いだ。」
肺に大きなダメージを受けたのか、まともに呼吸が出来ない状況にあるソーマは、頭を揺さぶられ無理矢理頷かされる。
(こんなに差があるなんて……てか声が出ないし、体痛ぇ……全く理不尽過ぎだよ……色々と……)
まだ思考が回ってる事に少々驚きつつ、ソーマは遠のく意識に身を任せようとした。意識が暗闇に落ちようとする瞬間、視界の先に俺に向かって叫んでるような女の子が居た。霞む視界を凝らして見ると、そこには悲痛な表情を浮かべ叫んでる月村さん――芳乃さんがスタンドに身を乗り出そうとしている彼女を必死に止めている――が居た。
ソーマはふらつきながら右手で――痛いのは痛いが、左手よりはマシ――立ち上がり、優越感に浸ってる幸村を睨みつけた。
ソーマの視線に気づいたのか、幸村はユラリとした動作でこちらを向いて嘲る様な表情で嗤った。
「おぉ、そんなに打ちのめされてもまだ動けるんだね? 正直ちょっと怖いな……まぁ良いや。次で君の意識を刈り取ってあげるよ。」
いつの間にか木刀を拾っていた幸村は、渾身の一撃を込めて突っ込んできた。
そんな中、ソーマは突っ立ったまま身動きを取らなかった。
「フッ、さっさと倒れなぁぁぁぁ!!」
勝利を確信したのか狂気の笑みを浮かべこちらへと迫る幸村。しかし、まだソーマは動かない……訳ではなく、動けないである。しかし、心境はかなり落ち着いていた。
(今なら何をどうすれば現状打破出来るかが分かる気がする……決して勝つ方法ではなく、場を収拾する可能性がある方法がっ!)
相手のは目と鼻の先まで迫っている。ソーマは無意識である1つの武器を創造する。ある程度構想が固まっていた為直ぐに技能が発動し、やっと俺は右手を動かした。
幸村は、何も持ってない右手であたかも武器を持ってるように自身の木刀を迎撃しようとする様子を見た瞬間、ソーマの頭がどうにかなったのかとつい、吹きかけていた。
(気でも狂ったのか? まぁいい。右手の骨も粉砕してあげるよっ!)
しかし、次の瞬間不可解な現象を幸村は見た。ソーマの右手が血を彷彿させるような紅い光を生み出したのだ。
(な、なんだ!? 彼には魔法なんて使えないはず……)
ソーマの右手の光は、ただ光を放っただけでは終わらなかった。光の形が徐々に変形して一振りの片手直剣へと変貌した。その金属の剣は、黒曜石の様に黒くソレが物凄く強力な剣だと誰からでも分かりそうだ。
見た目からして金属製の剣に見え、明らかに木刀では太刀打ち出来ないと幸村は悟る。
――実は、右手が光ると同時にソーマがお守り代わりに付けておいた例の黒い指輪も光っていて、とある人物の魔力とリンクしているのだが……まだソレを知る人物は居ない――
(どうしていきなり剣なんか!? 彼の技能にそんな類の能力なんか……)
幸村は投影の技能の詳細を知らない。故に彼は、クラフトと言う技能が剣を生み出した原因だと思い込んだ。この思い込みは、後に彼にとって良からぬ事を招くのだが、それはまた別の話である。
ソーマは意識を完全に失っていた。故に彼は、無意識に動いている……訳ではなく、彼の人差し指にはまっている紅い結晶を付けた指輪によって、この場に居ないこの指輪の持ち主が残り少ない魔力を酷使し、彼の体を動かしているのである。
互いの剣が1合目より強くぶつかり合う。果たして……2人はつばぜり合い状態になっていた。
普通ならば、物質的な優先度の差で確実にソーマの投影された剣が勝ってたはずなのである……普通ならば。
(こんな奴に……この僕がっ!?)
剣がぶつかる瞬間、自身が負けると悟った幸村は、心の中で絶叫していた。ステータスの差は歴然だった。しかし今、自分は自身が馬鹿にして見下した――彼の中で最弱と認識した――あのソーマに追い詰められている。――無論、既に彼が気を失ってることは知る由もないのだが――
あってはならないことだ。しかし、自身の木刀がメキメキと悲鳴を上げながら砕けようとしている様子をスローモーションで見てるうちに幸村にあるスイッチが入った。急に力が更に湧き出て、粉砕しようとしている剣をどうやったら相殺できるかが自然と分かるのだ。
実は、幸村の身に起こってるのは、リミットブレイクと言う技能と武器系統補強という技能で、簡単に言うと、限界突破の状態プラス自身の武器が魔力に比例して強力になる状態なのだ。それによって、短期間の間は自身のステータス3倍と言う、今の幸村のステータスからすれば、実に300倍以上のステータスの差がソーマとの間に生まれたのだ。
故に幸村は、金属製の剣を木刀で受け止めると言う不可能に近い技が成せたのだ。逆にソーマの方は指輪からの尋常じゃない魔力供給及びとある人物がリモート操作している事により、その差を埋めている。
一見このまま続くのかと思われた拮抗状態は、突然終わりを告げた。
互いの剣に嫌な音が聞こえる。材質が違うせいか音も少し違うが、2人の剣にヒビが入っていく。
お互いそんな状態に全く気づく気配がない。しかし、次の瞬間2人の剣が同時に粉砕した。
(え? 何が……)
幸村は、勢いを殺せずに前のめりになって転んだ。自身の背後でも倒れる音が聞こえたので、どうやらソーマも同じように転んだと思った。
立ち上がろうと体に力を入れようとすると……力が全く入らない。どうやら力を出し過ぎたようだ。
やっとの思いで立ち上がると少なからずの歓声が上がり幸村は力なく手を振る。
後ろを見ると、力尽きたように倒れたソーマの姿があった。体はボロボロで、とてもじゃないが当分の間は動けないだろう。
(勝ったというのに何なんだこの満たされない気持ちは……)
幸村は、複雑な表情で自分より格下な筈のソーマを見ていた。
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2人の戦いぶりをユリーナは、面白いモノでも見たかのように眺めていた。実際、彼女は勇者たる幸村の実力を見たかっただけなのだが、思ってた以上の収穫はあった。
(あの職業なし、思った以上にイレギュラーかもしれませんね……それにあの指輪……どこかで見た気が……)
実の所、彼女すら投影と言う技能を知らずにいた。今まで全く見たことのない技能……クラフターも聞き慣れない名称ではあるが、大体の予想はつく。
この先……主が求めるシナリオへと事を運ぶのだが、十六夜ソーマ……どうもあの男だけは何となくなのだが、今後厄介な存在になりそうに見えた。だから、今回勇者と対峙させボロボロになってもらったのだが……
(全くもって意外な展開……ですね……やはり、早急に対処した方が最善手ですわね)
そう、全ては神の御心のままに……ユリーナは、そう呟くと不敵な笑を浮かべた。
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ソーマは、意識を失う瞬間不思議な感覚に包まれていた。体の痛みは無く、誰かに包まれる感覚。
あの時、誰かが俺に囁きかけたのだ。
(貴方は強い。強いが故に自身の価値を知らない。それを証明してあげる……そして何時か……)
あの言葉の意味はイマイチ理解出来なかったが、最後のあの言葉はソーマに助けを求めてるかの様だった。
そして、あの声……異世界召喚される直前に聞こえたソレと酷似しているような気がした。
少し湿った風が窓から入ってきて、ソーマの頬を撫でる。
誰かの話し声がソーマの聴覚を刺激し、ソーマは意識を取り戻した。
「ん……こ、ここは? あぐっ!? い、痛っぅぅぅ……」
体を起こそうとしたソーマは、体中に激痛が走り苦悶の表情を浮かべ、痛みが引くのを待った。
数十分後、ようやく落ち着いてきたソーマは辺りを見回してみた。
パッと見だが、ここは病室のソレにとても良く似ていた。しかし、点滴等と言う現代医療器具は流石に見られなかったが、それなりにいい環境に見えた。
しばらくすると、ドアをノックする音が聞こえソーマは軽く返事をしようとしたら、返事ナシで2人の女子が入ってきた。
「全く有紗は心配しすぎよ? 十六夜君のことだしそろそろ目を……ってあれ?」
「だってぇ……3日も寝たきりなんだよ? もっと早く止めに行ってれば……あれ? 未緒ちゃんどうしたの? って、あ……」
2人はソーマを見たまま動きを止めていて、当の本人は何と声をかければ良いのか本気で迷った。
「や、やあ2人とも……おはよう? であってるかな? ……」
苦笑を浮かべながら挨拶をしたソーマは、月村さんの今にも泣き出しそうな表情に疑問を覚えていたその刹那。
「そ、ソーマ君!!」
涙を浮かべながら、月村さんが思いっきり抱きついてきたのだ。――勿論ソーマの怪我の事を完全に忘れている――
「ちょ、月村さ、痛い! 体が……ちょ、芳乃さん! 痛くて死にそうっ! 助けてくれぇぇぇ!!」
「あー……十六夜君、有紗がこうなっちゃもう私でも無理……かな? まぁ、あの時有紗が貴方を助けに行くと言って聞かないのを無理矢理我慢させてたから……ファイト、十六夜君」
「こ、この人でなしー! ちょ、月村さんマジで体が悲鳴をッ……ギャァァ!!」
痛みのあまり意識が飛びそうになった所で、ようやく月村さんが気づき、全力でソーマに謝罪したと同時に、自身の大胆な行動に悶絶したとか。
更に数十分後……
どうやらソーマは、3日間寝ていた様で、魔力枯渇及び、左手の骨折だの肺が潰れただの正直、普通なら死んでてもおかしくなかった状態だと言う。
芳乃さん曰く、瀕死のソーマを救ったのは月村さんだったらしい。彼女は、戦闘終了時誰よりも早くソーマの元へ向かい、技能により詠唱省略……つまりイマジネーションの力で治癒魔法を発動させたらしい。
芳乃さんが月村さんの活躍を言う度に顔を真っ赤にして俯いていた月村さんは正直な話、とても可愛かった。
俺が寝込んでる間、他の皆はギルドと言われるファンタジーの世界ならではの組織に認証を済ませ、冒険者として様々なクエストをこなし、実践訓練を兼ねて魔獣等を狩っているらしい。
少しは動けるようになったソーマは、ギルドに登録してもらうべく、セインツァ王国――現在居る王国らしい――ギルド本部へと、3人で足を運んだ。
「ふむ、お前さんのギルド登録が完了したぞ? しっかり頑張りな」
ギルド登録係〈?〉の人に手帳を返してもらい、何が変わったのか確認してみた。
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十六夜ソーマ 16歳 男
職業:
ランク:F
レベル:2
筋力:15
敏捷力:15
持久力:15
魔力:10
魔防:10
器用さ:25
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どうやら新たにギルドランクと言うモノが追加されたようだ。ギルドランクはF~SSSまであるらしく、それはステータスや功績によって上がったり下がったりするようだ。
その中でも見事にソーマは最低ランクに位置することとなったのだが、そこまで気にすることなくギルドをあとにする。――後に月村さんのランクがA・芳乃さんのランクがBだと知り、膝をついて落ち込んでいた――
次に向かったのは訓練場で、よく皆が居ることから取りあえず神埼先生にだけでも意識が戻ったという報告をしに向かった。
訓練場に着くと、ソーマの目に意外な光景が映った。そこには同じクラスな筈である女子、八雲凛〈やくもりん〉が実践訓練中なのか模擬戦をしていた。
ソーマが思った意外な光景と言うのは、彼女の模擬戦の相手だった。小柄な八雲さんに対し、相手は鎧を纏った大柄な男だのだ。――実は、この王国の近衛隊だったりする――
八雲さんの手には、西洋の剣……俗に言うレイピアを構え、鎧の男と同等……いや、それ以上な実力を発揮していた。
模擬戦を観戦していると、ソーマは妙な感覚に襲われた。
視界が眩む……ソーマの視界に訓練場ではないどこかが映る。薄暗くて、気味の悪い所が見える……その中央に誰かが居る。鎖の様な物で繋がれ、身動きが取れないのだろうかこちらを見つめてくる。その目には、悲しそうな感情や助けを求めている様な感じが伝わった。
「き、君は誰なんだ? もしかして……あの時の?」
暗くてよく見えないが、確かに肯定の意が伝わった。どうやらあの時の謎の少女の声で間違いないようだ。
「指輪の導きに……もう、魔力……ない。お願い……」
断片的ではあったが、少女の声が聞こえた。どうやら今、ソーマが右手の人差し指にはめてる指輪がヒントのようだ。次の瞬間、妙な感覚はなくなり、目の前には心配そうな表情でこちらを見ている月村さんと芳乃さんが居た。
「ソーマ君大丈夫? 何か独り言を言ってたみたいだけど……」
「あ、ああ。大丈夫だ。問題ない……」
「十六夜君、それフラグよ?……」
どうやら、このネタは使わない方が良いそうだ……と言うよりも、どうしてそのネタを?と聞くのは薮蛇だと思い、敢えて聞かなかった。
ソーマは先ほどの光景は幻覚ではないと判断して、少女の救出を決意した。
次回……やっとこさメインヒロインが登場できる(?)かな……別に投影を使っても構わんのだろう?(笑)
いつも通り3日以内の更新を目指します。