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2015年/短編まとめ

曖昧なもので成り立つ世界

作者: 文崎 美生

椅子の上で胡座をかいて、咥えたままのストローを齧る。

毎日のように飲むヨーグルトを飲んでいると、身長を伸ばしたいのかとか、便秘かとか言われるけどどれも違う。

ただ好きなだけ。


だから今日も今日とて飲むヨーグルト。

ストローを齧ったまま中身を啜れば、だいぶ減っていたらしくズゴゴッと音を立てる。

それをBGMに私は目の前のキャンバスを見た。


「最後、ラスト、終わり、終末……うーん」


他に何があったっけ。

空っぽになった飲み物のパックをその辺に転がして、足の間に手を置いた。

思い付くだけの単語『最後』の別称を並べてみたけれど、正直良く分からない。


高校最後の作品。

それが今私の目の前にあって、私はそれを持て余している。

持て余している、って言い方は正しくない気がするけれど、これでいいのかなぁ、くらいには思ってる。


お願いだから早く完成させて出してくれ、と美術部顧問の先生に泣きつかれたのは数時間前の話。

実は完成してます、なんてこと言えるはずもなくて、間延びした返事を返したけれど。

このまま出していいのか分からないから保留。

だからと言って新しい絵を描く時間があるのかは、微妙なところ。


「あ、やっぱりいた」


ガラッと扉の開く音と一緒にそんな声が聞こえて、私は椅子の上で胡座のまま首だけで振り返る。

そこには一応、友人のいう奴が立っていた。

一年生の時から同じクラスで、三年間ずっと同じクラスのある意味腐れ縁。

友人と言っていいのか分からない。


「よく分かりましたねぇ」


「電気、点いてたしな」


彼の言葉にあぁ、と頷く。

もう皆帰ってるから、残ってるのは私だけだし、そもそも準備室に篭るのは私一人だ。

納得していると、彼の手から放り投げられる何か。

おぉ、お?なんて間抜けな声を上げて、不器用なりにそれを両手でキャッチすると、彼が歯を見せて笑う。


彼独特の笑い声を聞きながら、貰ったそれを見下ろす。

先程飲み切った飲むヨーグルトのいちじく味。

これまた微妙なチョイスを、とも思うけれど新発売は誰だって気になるだろう。

私も迷ったから分かる。


自販機の前で、どっちを買うか迷っている彼を想像して、笑いが込み上げた。

イケメンがそんなことしてるなんて、変なの。

笑いを噛み殺してお礼を告げる。


「部活は?終わったの?」


しっかりと制服を着込んだ彼は、私と同じで部活生。

まぁ、私は文化系で彼は運動系だけれど。

「終わったよ」と告げる彼からは、シトラス系の制汗剤の匂いがした。

やっぱり制汗剤は柑橘系がいいよなぁ、とかどうでもいいことを考えながら、本日二本目の飲むヨーグルトにストローを差す。


ヨーグルト独特の酸味の中に、いちじくの酸味が合わさって全体的に酸っぱい。

酸味酸味で酸っぱみが強い。

果肉入りで小さいそれを歯でプチプチ音をたててすり潰す。

飲むヨーグルトでは普通のかイチゴ味が好きだけど、これも悪くないかもしれない。


「……今回これ出すの?」


「今回ってか最後だけどねぇ」


彼は自分用に買ってきた缶コーヒーを開ける。

練習終わりにコーヒー、しかもブラック。

苦いのが駄目な私は、味を想像しただけで眉間にシワが寄る。


だが、私の些細な表情の変化なんて気にも止めずに、彼はキャンバスを見詰めた。

目から赤い光線でも出すんじゃないかって勢いで見詰めているから、本当に穴が空いちゃいそうだ。


真っ白だったキャンバスは、色んな色で埋め尽くされていて元の布地なんて見えない。

絵の具はもう乾いてるけど、匂いは取れなくて鼻を近づけたり意識したら、絵の具独特の匂いがすると思う。

そもそもここは美術準備室だから、画材の匂いとかはして当たり前だけれど。


中学校の頃から美術部の私は、完全に鼻が慣れていて、匂いがきつく感じるであろう油絵すら苦にならない。

中学校三年間と高校三年間、占めて六年間の美術部員生活を甘く見ない方がいいと思う。

むしろ絵の具の匂いを嗅がないと落ち着かない日もある。


彼はスンスンと鼻を動かしながら「これ、俺?」と問う。

自意識過剰か、と笑ってやってもいいのだが、その場合その答えに関しては否定になる。

だから私は「そうだねぇ」と気のないような返事を返す。


真っ白だったはずのキャンバスの上には、ユニホームを着た男の子。

空は青空で両手を広げる後ろ姿。

「しまってこーぜ!」なんて声を思い出し、一人で笑いを噛み殺す。


飄々としている彼からは考えられない、あの広い広いグラウンド全体に響かせるような大声で、内野外野ベンチ関係なく鼓舞するようなあの台詞。

何度思い出しても楽しくなる。

胸の中がふわふわとして、浮き上がるような感覚。


「出すか迷ってるんだけどね」


「え?こんなイケメンなのに?」


「後ろ姿だけね」


私の言葉にやっと振り向いた彼はヒッデェ、と笑った。

釣られるようにして私も笑う。

確かに顔はイケメンだけれど、それを理解しているところはウザイだろうな。

後は言動は割と馬鹿っぽくて等身大。


試合の時とか練習中とかカッコいいんだけどなぁ、と思う。

何でそんなこと知ってる、なんて聞かれても普通に隠すことなく答えられるのは三年も同じクラスで腐れ縁だからだ。

普通にこの部屋からも見えるし、勝手にモデルにさせてもらっているから。


「で?」


「ん?……あぁ、いや。何となくこれでいいのかなぁって思って。モデルがどうこうって言うより、まぁ、描きたいものを描いてるからそこはいいんだけどね」


ガタンッ、と音を立てて、椅子を後方に蹴り飛ばす勢いで飛び降りる。

彼が音に驚いたのか目を丸めた。

私はペタペタと足音を響かせ、ストローを前歯で齧りながら「最後だしなぁ」と呟く。


ほぼ独り言みたいだったのに、彼は何となく分かるといった言葉を返す。

今度は私が目を丸める番。

飲み切ったらしい缶コーヒーの缶を、手の中でいじくり回しながら「俺らも最後だから」発言。


皆最後だよ。

私達だけじゃない。


言うべき言葉が見つからなかったので黙る。

こういう時社交的になれない文化部の血が恨めしい。

――いや、私の性格が問題なだけだろうけど。


「出来ればトロフィーとか、大きい旗?とか抱えてるようなのが良かったんだけどねぇ」


「嫌味か」


はっはっはっ、わざとらしく区切りながら笑う。

嫌味っていうか本当のことで、彼がトロフィーやら優勝旗とやらなどを持っているのを見たことがない。

と言うよりは、彼の部活が私が高校に入ってからと言うのが正しいだろう。

その前までは凄かったらしいけれど、数年前から優勝とかには遠ざかっているとか。


他の部活の事情についてはそんなに知らないけど。


「じゃあさ、持って来るから描いてよ」


私よりも頭一個分近く身長の高い彼は、首を傾げるようにして私の顔を覗き込む。

男にしては長めでしっかりしたまつ毛が揺れる。

口元に乗せられた自信過剰な笑みに、肩を竦める私。

その絵はきっとコンクールに出せないんだけど。


そう思っていても、私は真っ白なキャンバスを埋める彼を想像してしまった。

――出来てしまった。


「じゃあ、楽しみにしてますね」


「イケメンに描けよ」


何言ってんだお前、そう言って笑い合う。

私達の三年を捧げた部活が終わる少し前の話。

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[良い点] ずっと遠い昔 記憶すらぼやけた 遠い昔 こんな世界があったのだろうな、、 私にも(笑) 若かりし頃の排他性は甘えの延長 爺になってからの排他性は社会への嫉妬 大人になるって事は 実に悲…
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