表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

         20:00

「グルヌカって国を知ってるか? どっかでこの国のことを見たんだがどうしても思い出せなくてな。小骨が刺さったみたいにムズムズするんだが、有馬心当たりないか?」


 話している最中にも、キーの音は途切れることなく電話の向こうから聞こえてくる。

 

「えー、なにそれ僕知らない。どこ情報よー。ググっても出てこないよ? 何語? つづりは?」

「グルヌカ語だ。スペルは知らん。どこ情報ってそれがわかったら苦労してねえよ」


 有馬は親の代から続く『榊鍵店』の店主だ。でも俺が儲からない『魔法使いの便利屋』を本業、主な収入を得ている『田舎坊主』を副業と思ってるように、有馬も『鍵屋』は副業で本業は『データ探し屋』だと自称している。だから有馬に正面から調べ物を頼むと、本業に対する報酬を求められていろいろ面倒になる。

 一方で有馬は千葉組魔法使い同期の生き残りで、俺が悪友と呼んでも嘘にならない数少ない人間でもある。友人同士の会話で「これ知ってる?」という流れになるのは何もおかしくない。そして有馬は、ネット環境のあるところで知らないことを聞かれると、わかるまで調べてしまうという習性を持っている。


挿絵(By みてみん)

 

「英語、ドイツ語、中国語、フランス語、アラビア語、スペイン語、ポルトガル語、ロシア語、インドネシア語、韓国語、タイ語でそれっぽいつづり検索してみたけど、そんな国出てこないよ?」


 有馬は嫁がドイツ人なのでweb翻訳やGAIJINとのやりとりに強い。

 

「三分程度でそれだけの言語エンジン検索してくるとか、お前はやっぱり頭おかしいな。ありがとう。しかしどういうことだ……確かに知ってる単語なんだが」

「和尚さー、これほんとに実在する国なの? ゲームかなんかに出てきた架空の国とかじゃないよね?」


 そんなはずはないと言いかけて「そ」の音を半分出しかかったところで急いで引っ込めた。

 急に寒気がしてきた。

 

「……それだ」

「まじで? もー和尚は人騒がせだなー。そんなんだからハゲなんだよ」

「ハゲは関係ねーだろハゲは。苗字みてえな名前しやがって」


 有馬の本名は榊有馬という。昭和五十二年の十二月二十六日、有名な中山のGI開催日に生まれたのが名前の由来だ。本人は今でも競馬には一切興味がない。

 

「それでどんなゲームなの? おもしろい?」

「クリエイトルーンってブラウザゲーだ。二年前に更新終了したが。面白いかと聞かれると、可愛かった」

「ああ……うん」


 有馬はみなまで言わなくても大体わかると言いたげに唸った。

 実際『クリエイトルーン』はゲームと呼んでいいのか疑わしいものだった。設定できるのはキャラクター名と性別だけで、操作すらできない。一日二回のサーバ更新により行動ログが作成され、キャラがその日何をしたのかを読むだけという代物だった。キャラが特別可愛いのではなく、マイキャラkawaii!の他に何もすることがないのだ。これをあえてゲームだと言うなら文句なしにクソゲーだ。

 ところがあまりに投げっぱなしすぎる公式のおかげで、ファンコミュニティ内ではキャラの外見を自作したり、有志が二次創作を始めるなどの盛り上がりを見せた。俺は一時期その様子を眺めていたことがある。

 グルヌカという名前を見かけたのは、クリエイトルーンのファン用SNS内だ。

 

「でもブラゲの国名ならググれば引っかかりそうなのにね」

「見かけたのがクローズドSNSの中だったからな。サーチエンジンのロボットを弾いてたんだろ」


 今は『クリエイトルーン』のサーバ自体がなくなっている。

 

「助かったよ有馬。おかげで今日一日モヤモヤしていたのが晴れた」

「僕なんもしてない気がするけどもっと褒めてくれてもいいのよ。解決もしたことだし僕は仕事に戻るね」

「ああ。また電話する」


 電話が終わると、空気が静かになった。静か過ぎて頭に血が流れる音がガンガン響いている。


 これはどういうことだ。

 

 PCの時間表示を見ると八時を過ぎた頃だった。疑問と不審を確認するべく、太田の名刺にあった電話番号にかけてみるが、二十コール待っても留守番電話の案内すら始まらない。繋がりやすい時間を確認しておかなかった俺が悪いが、そもそもこの連絡先は生きているのか?

 

「何が亡命だ」


 ググって出てこない国の大使館が日本にあるはずがない。嘘を言っていないので騙された。審査が厳しいことで有名な日本で亡命認定を受けているなんて、何者だろうと思っていたが、単なる密入国者の可能性も出てきた。

 いやそれ以前の問題で、グルヌカという国はあるのだろうか。


 仮説一、グルヌカは架空の国である。

 しかし依頼人二人のどちらも、グルヌカについての言葉には嘘がなかった。ありもしない国ならば、もっと言葉に嘘が混じりそうなものだ。現状グルヌカはあると考えていいだろう。


 仮説二、グルヌカという国は十五年前はあったが今は消えてしまった。

 これは依頼人の言葉に嘘がなくてもありえる。しかし有馬の検索でかすりもしなかったのはどういう事だろう。あいつの検索は俺がググるのとは精度が違う。過去に国があれば何らかの情報は残るだろう。


 仮説三、実際は独立国家ではなく、公式の記録上では別の国の一部として扱われている。

 少数民族を抱えた国にはそういう事例がある。たとえば『人口数万程度の小規模な民族が独自の文化を維持し、自分たちを一個の国家とみなしているが、国際的に認められた正式な独立国家ではない』なんて場合だ。こういう手合いは世界中にあって、web上に情報の存在しないマニアックな『自称国家』があってもおかしくない。


 重要なのは、そのマニアックな国を知っていそうな人物が、クリエイトルーンSNSにかつて居たということだ。


 クリエイトルーンSNSは、稼動していた当時から検索避けがされていた。googleで検索してもSNS内部のページは出なかったのを覚えている。ロボット避けのせいか、アーカイブにもない。

 ゲームとは違うサーバに立てられているので、SNSは今でも見ることが出来た。すっかり廃墟だが、画像もページもそのまま残っている。サイトはシンプルで、見た目はmixi型のSNSというよりニコニコ大百科に似ている。たぶん似たようなCGIを使っているんだろう。

 元々はマイキャラのプロフィールを作って、ページ内に設置されたコメント入力欄でユーザー同士コメントをつけあうものだったようだ。俺が噂を聞いて覗きに来たときには既に、キャラなりきりと『ぼくの考えたかっこいいせってい』を解き放つ黒歴史発表会場のカオスになっていた。俺が入ったのは三年前の春休みシーズンだ。「四月から高校生になるので忙しくて遊びに来られないかも」等のコメントが一件二件では済まなかった。

 トップの検索フォームに『グルヌカ』と入れると、二件ヒットした。更新日時が新しいほうに跳ぶ。ベーシックなキャラクター紹介ページではなく、『解説』欄にだけ記事が書かれている。設定ページと呼ばれていた書き方だ。

 前にざっと読んだだけなので内容は覚えていないが、このページは架空世界の言語で書かれた賛歌を載せていたはずだ。結構な長文だ。

 Ctrl+Fでグルヌカを抽出する。


 ラス シフア エンベエンベ ナイギ グルヌカ チャッコ ファシハルファシダ

(ファシハルファシダは善なる精霊に白い角の牛を捧げた)


 ページの中ほどに、グルヌカという単語があった。カタカナの羅列が架空世界の言語で、カッコ内が邦訳になる。これだけ読むと『グルヌカ』は国名や地名には見えない。もう一度Ctrl+Fすると、ページ最下部のコメント欄に一行、簡素な記述があった。


 このページは、グルヌカマチュネ(グルヌカ語)の聖句を載せています。  -- L.C.マーリン 2010/02/21


 わずかでもグルヌカという単語を覚えていたのは、この一言が記憶に残っていたからだ。L.C.マーリンの設定は、他のユーザーのものと比べて、妙に作りこまれている。

 グルヌカ検索で出てくるもう一つのページには、架空世界がどういう場所かの設定が書かれている。こちらにもグルヌカという単語があったが、グルヌカが国だとは書かれていなかった。

 L.C.マーリンはSNS内でほとんど自分を出さないプレイスタイルだった。他ユーザーのキャラにコメントをつけたり、キャラになりきって掲示板に書き込んだりといった、ユーザー同士の交流の痕跡がほとんどない。たまにメッセージに返信するぐらいだ。馴れ合いをしないのと、淡々と世界設定だけ書いてキャラクタープロフィールを作らないプレイスタイルは、中学生だらけのSNSの中でストイックに浮いていた。俺は一度メッセージのやり取りをしたことがある。

 二つ目のページにはL.C.マーリンの外部blogへリンクが張られていた。二年前、このblogもチェックした。

 二年も経てば消えている可能性があったが、運よくL.C.マーリンのblogは残っていた。最終更新日は『2012/05/01』。今日だ。L.C.マーリンが今もblog更新を続けているなら、連絡がつくかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ