平和な議会と危機に直面する内閣
いよいよです
いよいよ事態が動いてゆきます
『現在中国各地で広がっている反社会的人格障害は、ついに北京でも流行の兆しを見せ、中国政府は北京全域に戒厳令を発令しました、これに伴い、北京では夜7時以降の外出が禁じられます』
欧州諸国や中東諸国、いや全世界で次々と審議にかけられ、異例ともいえるスピードで次々と成立していく法案があった
日本語訳では『反社会的人格障害対策法案』と呼ばれる事が多いが、日本もその例外に漏れず、「反社会的人格障害に関する国民保護の為の法案」という特例法案が、予算案そっちのけで審議され、参議院を通過、衆議院での審議も大詰めになっていた
まあ、与党単独にて参議院で過半数、衆議院では半数に近づくだけで単独過半数は獲れていなかったが、この法案に込められた政治の争いはないのですぐに通過すると見られている
本会議場に設置されたTVカメラを通して多くの国民が見守る中、いよいよ本会議が始まる
「大林裕也君」
議長が与党の衆議院議員の名前を呼ぶ
「はい、配布された資料をご覧ください……」
大林が参議院の代議士と似たような説明を始めるなか、大抵の議員は興味なしと言った様子だ
まあ、与野党のほとんどの議員がこの法案の重要性と反社会的人格障害の恐ろしさを知っているのである、当然の結果であろう
法案のたかが条文の一字一句を争ったために感染者を国内に入れたいとは思わない
対岸の火事を見ていたら、同じ目に遭いたくないと誰しも思う、それと一緒だ
もっとも、中国の惨状を知っているのは政府官僚、官僚から教えてもらった政治家、少しでも海外に興味のある人間のみだ、とてもじゃないがテレビで流せるような内容ではないのだ
そして何よりも、「世界保健機関もしくはそれに準ずる機関の終息宣言」が出るまでの期限付き法案である事が、国民たちを安心させていた
まあ、一部のどうしようもない人権保護団体は反発するだろうが
TVカメラには映っていなかったが、大林が説明している最中、総理大臣の長瀬のもとに書記官が駆け寄ってきていた
彼は小声で
「総理、これを」
と一切れのメモを渡した
「!!」
長瀬は一瞬、目を見開いたが、すぐに落ち着きを取り戻し、手を挙げた
まあ、他人の説明中に手を挙げても指名されるはずがない
しかし、彼は指名される暇もなかったのか
「議長」
とやや大きめの声で言った
彼の声が響き渡り、TVカメラ含め、皆の視線が集まる
「緊急の案件が発生いたしましたので、閣僚一同の退席を認めていただきたい」
一瞬にして議場に動揺が走る
そして長瀬は議長の許可も待たずに、閣僚を連れて退場していった
総理大臣たちの退場は本会議場に一瞬の沈黙をもたらしたものの、いくら日本人一億二千万の頂点に立つ男と言えど、議会では475人の代議士の1人にすぎない
数人の議員がここでいなくなってもこの法案は成立するだろう
(注釈:ここでは衆議院の議員数は2013年3月現在と異なりますが、衆議院の議席数を減らす法案が2012年11月に成立しているので、このような数値にさせていただきました)
「地下センターで緊急会議を招集する、すぐに閣僚を・・・いや、もうそろっているか」
「はい、防衛大臣以外はすでに集合しています」
「防衛大臣は?」
「東シナ海の中国人不法入国阻止の陣頭指揮にあたっています」
「そうか、何としても入国を阻止してほしいな」
現在、海上保安庁、自衛隊、各都道府県警、その他いろいろは全力で不法入国を防ごうとしている
不法入国者には感染者が混ざっている可能性があるのだ
「防衛大臣には頑張ってもらわないとな」
「そうですね」
長瀬が握りしめた紙には「フェーズ5」とだけ書いてあった
フェーズ5、ひとつのWHO地域にて少なくとも二つ以上の国でウイルスのヒト‐ヒト感染がある事を示す
どこだ、どこに感染が広がったんだ・・・
会議室に入るとすでに参議院所属の閣僚や、政治家ではない閣僚は揃っていて、長瀬たち衆議院の閣僚が入れば防衛大臣以外全員そろったことになる
「あと十分ほどで伊東氏も到着するそうです」
書記官が耳打ちしてくる
「そうか」
「総理、一体何が」
後ろにいる大臣が聞いてくる、雰囲気からただ事ではないのは分かるはずだ
「ウイルスは中国では押さえきれなかったようだ」
「「「!!」」」
そして壁に取り付けてある大型スクリーンが音もなく起動する
映し出されたのは、世界地図で各国の国境線が示されている
そして国ごとに六色で塗り分けられているが、この塗り分けの基準は何だろうか
政治家のほとんどが思った疑問に答えるかのように書記官が説明する
「これは世界保健機関WHOが製作した『WHO地域』です」
「WHO地域・・・」
「はい、このいずれかのWHO地域で2カ国以上で感染症の流行が発見されると、感染症フェーズは5に引き上げられます」
「ど、どこで見つかったんだ?」
「やはりインドやベトナムか?」
「韓国や台湾ではないだろうな」
「まさか・・・日本か?」
「いえ、発見されたのは――――」
書記官が手元のタブレットにタッチすると、それに連動して地図があるところに拡大される
二つの都市が赤点で表示されていて、そこが感染者の発見された場所だろう
『LONDON』
『PARIS』
「おいおい、ウソだろ」
閣僚の1人が諦めの声を漏らす
「ロンドン、パリ・・・もうヨーロッパまで広がったのか・・・」
「現在、NATO軍等で封じ込めにあたっていますが…状況は芳しくありません」
諦めの感情は伝染し、沈黙が訪れる
何かしなくてはならない
だが、何をすべきか分からないのだ
総理大臣がその雰囲気を破るため、口を開く
「偶然なんて事はありえん、何か原因があるはずだ」
その時扉が開いて
「はい、フランスでは人権保護団体の活動のため、入国制限の実施が一日遅れています、そのためでしょう」
「そ、その声は」
閣僚たちの後ろには、そう言いながら扉を閉める伊東の姿があった
「遅くなりました」
「・・・となると、すでにウイルスは世界中に飛び散った、と」
「そうですね、そう見ていいかと思います」
「ったく、スペイン風邪がアジアに来るまでには数カ月かかったというのに」
厚労大臣がそうぼやく
「そうだな、世界が繋がり過ぎるというのも、困ったものだ」
「農林大臣、そんな世迷いごとは食料自給率55%を達成してから言って下さい」
議員である農林大臣にそうでない経産大臣が噛みつく
この二人は関税等の諸問題でよくぶつかっている
いい意見を聴ける事もあるが、いちいち喧嘩する彼らにも困ったものだ
「君たち、ここはそんな議論をする場所ではない、慎みたまえ。で、伊東君、我々はどうするべきなのかね」
「そうですね、やはり、もはや検疫が突破されることを前提に計画を立てるしかありません」
「なっ・・・」
「じゃあ伊東君、君は我々が莫大な手間をかけた観察施設は無駄だというのかね?」
閣僚が批判的な視線を向ける
伊東は画面に目をそらし
「違います、このウイルスの感染力は異常だという事です」
「異常?」
伊東は画面に別の画像を映した
「私の大学の試算によると、このウイルスの潜伏期間は2,3日とされていましたが」
世界地図の中国内陸部あたりから広がっていた赤い部分がゆっくり中国沿岸部に近づいていく
これまでのデータをもとに作成された感染シュミレーションのようだ
「実際には」
沿岸部への到達と同時にロンドンとパリが赤くなる
シュミレーションが一時停止する
「沿岸部の主要都市到達から一日と待たずにヨーロッパに飛び火、現地での感染も確認されています、つまり感染から発症までの潜伏期間が短くなっているんです」
閣僚たちがつばをのむ音が聞こえる
「ここからは我々のコンピュータの試算になりますが」
少しの間をおいて
ベルリン、、ニューヨーク、トーキョー、同時多発的に各地の大都市が赤く染まり・・・
「最終的には感染から発症までの所要時間は1~2時間にまで短縮され」
つぎの瞬間
世界地図は各都市を起点として一斉に広がった
たちまち世界地図は赤くなる
「・・・」
「こうなるんです」
「に、日本への、感染拡大は・・・?」
「検疫が無効化され、各国の封じ込めが失敗、さらに住民の疎開によって感染スピードが早まるとすると…」
「明後日には、日本五大都市で、いや地方都市でも感染爆発が発生します」
沈黙が部屋を支配する
伊東が言った事は最悪の可能性だが、そうなる可能性があるというだけでも問題なのだ
内線電話が鳴り響いた
長瀬がそれを掴む
「ああ、私だ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・そうか」
長瀬は受話器の耳の部分を塞ぎ、皆に向き直って
「成田だ」
ただ、それだけ言った
国交大臣が立ち上がる、焦りが声に出ている
「成田の中国便は、かなり減っているはずですが」
「だからだろう、感染者のパスポートを見ればフランクフルト経由の香港からだ」
成田は、長距離国際線のハブ空港である
長瀬は伊東に向き直った
「伊東くん、これが国内初の感染者となるが、君のおかげで感染者は完全に制御化におけた、感謝する」
「いえ、これからが始まりです、総理」
「それに、、、制御化におけたかは、まだ分かりません」
・・・首都封鎖まであと3日
ちょっと長かったですね
今回は一気にやってしまいたかったので
次回投稿は明日です