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2月22日 突き動かす

無線が、封鎖区の空を飛んだ


首相官邸から飛んだ


天気予報で言っていた通り、今日はいい天気だ、そして冷え込んでいる







その命令は、いたって簡単だった

たった一言、それだけで説明できる

それはすなわち、オブラートに包まずにものを言う事

常に脳のどこかに存在する、冷静で、残酷な思考をそのまま伝える事だ

正しい? そんな事はどうでもいい

大切なのは、その言葉を受け取った人間がどのようにその言葉をとらえるか、だ










「なあ、お前は反社会的人格障害の定義を知っているか」

私の上官は、通信装備が収められているテントから出てくると突然そう言った

「て、定義、ですか?」

オウム返しに返答しながら、なぜこんな質問をしてきたのか頭の中がわずかながら混乱してきた、それほど唐突な質問だった

上官の目を見れば、早く答えろと言わんばかりにこっちを睨んできている、いつもの上官らしくなかった

「ええっと、定義と言われましても…」

恐らく法律家や医者みたいな専門用語ばっかり使う人なら知っているのだろうが、一介の自衛官にすぎない私が知る訳がない

「構わない、自分の思った事を言え」

そんな事言われても

いやしかし、このまま黙っている訳にもいかない

「ええと、反社会的な人格になってしまった人、ですかね・・・?」

言ってから思ったが、名称通りの回答になってしまった、これじゃ定義づけになってないはずだが、上官はわずかに表情を硬くし

「そうだ、反社会的な人格」

まるで言い聞かせるような口調

上官はこちらから目線をそらし、遠く…いや、目の前に群がる群衆だ

「反社会的って、なんだ?」

つぶやくようだが、隣に立っていた私には確かに聞こえた












「放棄された地区は、守らなくてもかまわない」

やけに低く響いた、決して演出ではない

こんな状況で演出なんてできるものか


東京都は千代田区、首相官邸の閣議室、円形テーブルにて唯一立ち上がった長瀬内閣総理大臣に続くように、副総理が立ちあがった

長瀬と違い、ガタガタと乱暴に椅子が部屋を動く

「総理、本当に、構わないんですね!」

目が血走っているように見えるのは単に寝不足からだからだが、彼にもまた覚悟があったのかもしれない、思えば、封鎖を実行した時も、彼は長瀬に決断を促していたではないか


一瞬の、永遠のような沈黙


「今の発言、撤回できるような生易しいものじゃない」

そう答える長瀬の声にブレはない、ただ、彼の指先の震えは誤魔化せない


再び沈黙、今度の沈黙はただの沈黙ではない、長瀬は全閣僚に意思を問うているのだ



沈黙が破られる事はない、沈黙は肯定だ



これでもかと言うほどの沈黙、サボっているように見える時計の秒針、何一つ反論が起こらない



全閣僚の沈黙の意思表示を受け取った長瀬は、今日一番のおもい発言を無理矢理する

「大山、統幕長に今の事を伝えろ」

「はい」

大山防衛大臣が席を立つ


この瞬間、事態は総理の手の上を離れた













「反社会的って、なんだ?」

その一言に、私は戦慄した

いつも冗談ばかり言ってる上官がこんな哲学的な発言をした事に驚いたのではない、この民衆に封鎖線の一歩手前まで迫られている状況と、やけにその一言がマッチしたのだ

信じられない、というより、信じたくなかった

一言も発せない私を尻目に、上官は続ける

「いや、反社会的がなんなのかは俺だって分かっている、そういう話じゃなく、俺達が守るべき『社会』っていうのは何だって話だ」

ゆっくり続ける上官、やけに冷たい風、群衆

「普段なら当然国家だろう、国を、国民を守るのが俺達の役目だ、だから、だからって…」

目を伏せる、普段の上官ならあり得ない動作だ

こぶしは硬く握られている、ここに手榴弾をねじ込んだら、誤爆するのではないだろうか? どうでもいい思考が頭をよぎる

上官はこちらに向き直った、こういう顔を「顔面蒼白」というのだろう

「総理大臣、自衛隊の最高指揮官からの連絡だ、『反社会的人格障害の定義を使え』」


もともと『反社会的人格障害』は暫定的な名称にすぎない、医学的定義は存在しないに等しい


私の口から出た言葉は、上官を諌める言葉でも、慰める言葉でもなかった

「隊長…」

何の意味もない言葉

分かっている、恐らく、恐らくだが、総理の下した決断は正しい

一人を殺して百人を助ける、政治的に正しいかどうかは知らないが、冷静に考えれば正しい

しかし「普通」に考えるとそれは一人を切り捨てた事になる

何が正しい? 考えたくないし、きっと考えても分からない

だから長瀬総理はすごいと思う、TVでしか見たことはないが、すごい人なのだろう

だから私は、その決断に賛成も、反対も、中立の立場を取ることすらできない

恐らく目の前の上官も同じだろう


上官が歩き出す、工事現場の仮足場によくつかわれてる簡単な階段をのぼり、バリケードの上に立つ

近くに設置されてるスピーカーに直通しているマイクに向かい、一言



『ただ今、長瀬内閣総理大臣より許可が下りました、直ちに橋の上から退去しなさい、退去されない場合、反社会的人格障害者とみなし、法に基づく対処をいたします』


やけに寒かった二月の晴れの日、橋の空気が凍りついた

あぁ、今日はいい天気だ、雲ひとつない

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