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2月22日 恐怖は人を、

短めです


ただ、ここで区切るべきと判断したので、ここで区切ります

ヘリ特有の爆音が響いていた、時折ジェット機特有の耳をつんざくような音も、爆発音も聞こえる

恐怖を知ってしまった避難民たちにとって腹に響くような爆音は、まさに死へのカウントダウンと言ったところか


封鎖当初は人の流れを食い止める為だけに作られたバリケードは感染者達の襲撃を防ぐためにすぐに強化された、しかし、今やそのバリケードの役割は再び人の流れを封じる事に戻っていた


恐怖に襲われた人々は、次々と橋に集まってきていた

多摩川や荒川に設けられた封鎖線は決して防御が難しい訳ではない

狭い橋を防御するのはたやすいし、川を越えてくる者には威嚇射撃をすればよい

いくら恐怖にとらわれている人と言えど、多少の理性があれば、引き下がるだろう

もっとも、そんな理由で人々をここにとどまらせる訳にもいかない

『えー、この橋は現在、法律に基づいて封鎖されております、封鎖線を乗り越える者は法律に基づく範囲で厳しく罰せられます』

スピーカーからそんな声が聞こえる


法律に基づく範囲、そのセリフは民衆向けの言葉ではない、ましてや、人々を安心させるものではない

法に基づくなら、我々は何でもするぞ、無言の脅し

避難民らの目の前に立ちふさがるバリケードは自分達を守る為にあるのではない

しかし、背後から迫る爆音と無言の群集心理が、彼らに逃げろと叫んでいる

彼らは、あと一歩を踏み出せずにいても、もはや踏み出してしまったようなものであった

橋の上に一ミリの隙間もなく並んでしまった民衆は、自分の意思で動いているようで、動いていない


彼らはもはや、本能に突き動かされる集合体にすぎない・・・















何が起きたのか、さっぱり分からなかった

数日前までは封鎖区内のいたる箇所に点在していた感染者の群れが、都内の数か所に集まったかと思えば、突然封鎖線に向かって一斉に行動を起こし始めたのである

伊藤準教授の言う感染者が非感染者を追い求めるように行動する、という仮説が正しいのならばこの行動にある程度の説明はつくが、だとしたら都内の数か所にいた生き残りが一斉に死亡した事になってしまう

いくらなんでも説明がつかない

しかも、これまで封鎖線上にて小規模な戦闘こそあれど、ここまで一斉に押し寄せてくる事はなかったはずだ

何が起きている? 奴らは所詮人間の野獣化バージョン、身体能力は人より勝れど、獣には劣るはず

知能はとても低く、ただただ、獲物を求めてさまよう

しかし、こんな話を聞いた事がある

『群知能』・・・群れの個体がそれぞれ対話を繰り返す事によって、群れ全体の大きな意思が出来上がるというシステム。アリの巣や魚の群れ、細菌などにも存在するらしい

感染者に意思がなくとも、感染者()に意思があるとすれば――――?


いやいや、俺は何を考えているんだ、今すべきはそんな意味のない思考に逃げる事ではなく、目の前の民衆を押さえる事だ

ふと思ったことだが、目の前に群がる難民達にも、背後から迫りくる感染者達の用な群知能が働いているのだろうか?

もしそうであれば、こいつらを食い止めるには・・・















決定を下すのは簡単だ

しかし、その決定は国民に大きなショックを与えるだろう

だが・・・

「総理、、、」

封鎖が決行されてから何度目かの定例閣議、普段なら最新の経済情勢や海外情勢を中心に話し合うであろうこの閣議、最近は反社会的人格障害がらみの話に独占されてしまっている


封鎖区内の放棄が完了した後に政府が保障した安全地域は避難所と、それを守るためのわずかな緩衝地帯のみだった

今の時点では感染者から緩衝地帯に入って来た例は幸運な事に、ない

戦闘は逃げてきた避難民を保護するために起きていた、が残念ながら戦闘後に避難民が保護される例は少ない

大抵の場合、感染しているのだ

だから、助けを求めてやって来る一般人は政府にとって――――まあ、平時でもだが――――なかなか厄介な存在である

かといって、「来ないで下さい」と言うことはできない、我々は政府だからだ、全ての国民を守らねばならない


だから、この決断は、ある意味でその政府としての役割を放棄するものである

それは明白であった


『封鎖区線内の完全放棄』、これが今日の主な議題だ


「各避難所での二次感染は抑えきれてない、何度も言うようだが厚生労働省(こちら)の試算ではあと一週間で避難所で感染爆発(パンデミック)が起きる可能性があるそうだ」

厚労相が落ち着いた声で言う、感染者に取り囲まれた官邸にいるのにやけに落ちついていたが、見方によれば開き直ったと見る事も出来る

「しかし、伊東準教授の大学の試算では『すでに感染爆発は発生したか、していなければ感染は広がっていない』としてますよ? それも昨日の段階で」

沈黙、ではなく絶望が流れる、それもゆるやかに

しかし、この川のように流れる絶望に彼らまでも押し流された時、封鎖区の外(・・)が死んでしまう


希望は人間が生きる糧とする幻想に過ぎない、だが最悪を変える力は彼らにあるのだ

だが、言うまでもなくその決断は・・・

「総理」

再びその声が響く、閣僚は皆、長瀬総理に託すしかないのだ、それがとても卑劣な押し付けであると分かっていながらにも関わらず、だ

「…どうなる」

「は?」

「実行したらどうなる、と聞いたんだ」

聞かなくても大体の予想はつくだろうに、彼もまた判断から逃げようとしているのだろうか?

「現状から考えて――――」

一瞬であったが確かな沈黙に臆した一人が声を上げる、が

「いや、君らに聞く事ではなかったな」


長瀬はゆっくりと立ち上がる

椅子のキャスターが転がる音が閣僚の頭の中でよく響いた


その瞬間、彼らは自分と長瀬の持つ圧倒的な差に驚いた、圧倒的と言っても、大した差ではない

ただ、その差を手に入れるのはとても難しい


「我々が――――」




無線が飛んだ

『おい! こんな話があってたまるか!』

『仕方ないだろ、上からの命令だ』

封鎖区の、空を飛んだ





守らねばならない、国民を、日本一億の民を

「我々が――――守るべきは――――日本()だ」

創り出し、そして維持していかねばならない、国民が、笑って暮らせる国を


――――そのためには――――



「つまり、放棄された地区は」

一瞬言葉がつまる、まさか、ここまで言ってから躊躇(ためら)うなんて

長瀬は脳で、自分の心を嘲笑(あざわら)った


それは、やろうと思えば誰でもできる

とても簡単な『逃げ』

だからこそ、実行できない


まだ希望は消えていない

そんな幻想にいつまでも酔っていたい

この世界に希望があっただろうか

ある、今でもまだある

なぜなら、希望は人の心が創り出したものなのだから

だから、だからこそ――――希望を捨てる


閣僚が息をのむ

その目には、自分が一段階上の人間かのように映っている

なんで分からないんだ、お前らの眼に映っているのは、ここまで来て躊躇ってる、一人の人間だ

言いなおす、今度は、躊躇うことなく言えた、虚勢かもしれないけど


「つまり、放棄された地区は、守らなくてもかまわない」


その言葉は逃げだ、自らの責任を放棄して、全てを感染症のせいにする責任転嫁だ


だからこそ――――



その言葉に、覚悟はあるか

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