2月21日 封鎖線に迫る、
長らくお待たせして、申し訳ありませんでした
これより、連載を再開いたします
封鎖区のほぼ全域が放棄されてから一夜が明けた
多摩川のほとり、本来ならこの河原は休日を楽しむ親子連れやスポーツに励む人々が見られるのだが、今日は恐らく誰も来ないだろう
まだ日は昇ってきていない、東の方がぼんやりと明るくなり始めただけだ
「ふう…今日は冷えるな」
ふと、後ろに気配がした
「ラジオによれば、明日はさらに冷え込むそうですよ、もうすぐ春だって言うのに」
かじかむ手を吐息で温めながら自衛官がやって来た、彼と同じように朝の散歩だろうか
二人は、多摩川とその先を見ている
つい最近までは、世界の中心都市の中の一つであった都市
その中心都市とやらは、今ではいくつ残っているのであろうか、インターネットからもろくに情報が入ってこなくなっているが、少なくとも平和ではない事は読み取れる
目の前の都市も、各地の都市と同じように惨状が広がっているのだろうか?
分からない、分かりたくない
あの小学校は?中学校は?青春してた高等学校は?防衛大学は今どうなっているのだろうか?
今回の封鎖にあたって、作戦の発表と同時に隊員全ての私物が回収された
必ず二人以上で行動し、もしも一人でいる所を見つかれば即刻営倉入りという厳しい規則が突如設けられた
全ては、情報の漏えいを防ぐため
政府が封鎖を企んでいることなど、封鎖されるその瞬間まで市民は考えもしなかっただろう
彼は見ていた
多摩川の東京と神奈川を結ぶ橋に三角コーンを置き、『封鎖中』と書かれた看板を立てる様子を傍観していた運転手を
大型の車止めが搬入される様子を、つばをまき散らしながら抗議していた会社員を
そして、東京側の岸辺にはどんどん難民がたまっていき、次々と救援物資が運び込まれる様子も見ていた
封鎖後に返された携帯で、父と母の住んでいる東京の実家に急いで電話をかけた
返ってきた言葉は『大丈夫、お前が選んだ自衛隊さんならきっとすぐに片付けてくれるよ』
彼は慌てて言った、ダメだ、今回はただの感染症じゃない、今すぐ東京から出てくれ。と
しかし今回の保護観察は健常者しか受け付けないらしい、だから寝た切りの祖母を置いて行く訳にはいかないとゆっくり言い聞かせるような母の声が受話器越しに聞こえた
それが親との最後の会話だった
あの町は今、どうなっているのだろう
ニュースを見れば知る事はできる、知ってどうする、何かできる事があるのか?
ならば、無知でいたい、知らなければ後悔する事などないのだから
しかし、ニュースを見ようとしなくとも、情報は入って来た
あの夜に見た火災旋風、あとから来た避難民ほど表情を失っていて、何が起きたかイヤでも想像させられる
父と母は、祖母とともに焼かれたのだろうか、喰われたのだろうか、出来れば少しでも痛くない死に方を・・・何故生きている可能性に賭けられないのだろうか、すでに死んだ前提で考えてしまっている
「あっ、そろそろ朝食の時間ですよ」
彼にもう一人が声をかける、もうそんな時間か
建物のシルエットを浮かびあがらせながら、太陽が小さく顔を出し始める
胸ポケットから、小さな箱と、プラスチックのライターを取り出す
どんよりと曇った空に、独特のにおいがする煙がのぼった
電話の着信を知らせる音がなった
この短い期間で『熟睡』という言葉を忘れてしまった長瀬内閣総理大臣は布団の中から素早く受話器を取る
『厄介な事になりました』
この言葉だけで、長瀬の頭は活性化することができた、こんなストレスの多い生活、あと何日持つだろうか
そんな事より、厄介な事、とは何であろうか?
電話の向こうは続ける、いやに冷静な声だった
『報告によりますと、封鎖線沿いの避難所で一斉に難民が蜂起したとのこと』
背筋が凍った
蜂起、だと?
「…『一斉に』とはどういう事だ」
視界が狭くなるような気がした、もしかすると本当に貧血を起こしたのかもしれない
『どうやら、書き込みサイトなどで一昨日あたりから検討されていたようです』
2020年代にもはいるとさすがにIT関連機器の発展に歯止めがかかり始めていたが、生活に根づいてしまったインターネットの拡散は続いている
もちろん監視はできるし、それ専用の職員も存在するが、今は人命救助が最優先、公務員も地方公務員も片っ端から住民の避難や感染者の隔離に駆りだしていた
ある意味ではそれが裏目に出たという事か
一瞬そう考えるが、それでも助けられる命は精いっぱい助けるのが国としての役目だ、間違ってはいない、と無理に言い聞かせた
「仕方ない、こうなる可能性はゼロではなかった、対応は現場に一任する」
『失礼します』
電話はぷっつりと切れた、しかし長瀬もぷっつりと集中を切らす訳にはいかない
起き上がるとセンサーが反応してすぐに明るくなる、寝る前にそう設定しておいたからだ
時計を確認するとまだ一時間しか経っていない、全然眠れていない
人間寝ないと判断力が鈍るものだ
だが、今からする事は何も判断する事ではない
すぐに電話をかける
「私だ、今起きたらしい蜂起の件について、すぐに記者会見を開く、原稿を用意してくれ、三十分だ」
あと一時間もしないうちに、封鎖区に残った記者達の一日が始まる
『蜂起』とは言ったが、さすがは日本、決して武器を持った民衆が攻めてくる訳ではない
というか、『蜂起』という言い方が過激すぎる、本来ならデモという言い方が好ましいはずだ
封鎖線は脆い、もちろん突破されないようにいろいろ仕掛けはしてあるが・・・
「ヤヴァイですね」
「ああ、ヤバいな」
「ちょっと、今の発音につっこんで下さいよ」
「よくこの状況でボケられたな」
感染者を閉じ込めた檻ともいえる封鎖線、その中に取り残された人々が封鎖線に近づいてきている
まるでパレードだ、もちろんマスコットキャラも光り輝くネオンもないが
この封鎖線は住民を食い止める事を前提として作られていない
感染者を撃退する為に作られているのだ
つまり、仮に住民がこのまま封鎖線を突破しようとすると、軍事に詳しい方なら喜んで解説しだすであろう各種爆弾やら何やらが住民を殺してしまうのだ
当然ながら殺人は罪だ、ここで「じゃあ感染者は殺して良いの?」と聞く記者がいるかもしれないが、君、勉強不足だよ、公的機関による感染者の排除は法律によって認められている
しかしながら・・・
『これより先は現在、法律に基づいて封鎖されております、封鎖線を乗り越える者は法律に基づき、厳しく罰せられます』
しびれを切らした封鎖線上のスピーカーが落ち着いた声で呼びかける
その音は十二分に大きかったが、避難民たちの抗議の声があまりに大きかった
「どうするんです?」
「さあ、上の指示を待つっていう選択肢もなさそうだしな」
その時、二人の自衛官の方に誰かが走って来た
「隊長からの連絡です」
指示でも、命令でもなく、連絡?
二人は首をかしげる
そんな二人の心境を知って知らずか、走って来た彼は言った
「最悪の場合は『超法的措置』を取れとのこと、ただし、実際に行うかどうかは各々の良心にて決めろ、とのことです」
「超法的措置、か・・・」
まるで無理矢理に鉛を飲み込んだ気分だ
目の前に置いておる機関銃を見下ろす
これの引き金を引けば、大抵の動物は肉片と帰すであろう
死んでしまえば感染者も住民も関係ない、ただの死体だ
そんな情報を伝えた彼は、走り去って行ってしまった
「良心・・・そんな言葉聞いたの学校以来ですよ」
「ああ、憲法だっけ?『裁判官は、その良心に従い独立して…』俺たちは裁判官じゃねえのにな」
指示に従えば良かった
ただただ、従順に
封鎖して、防壁のような封鎖線を作って、爆弾仕掛けて・・・
簡単、簡単、
指示に従うことほど簡単な事はない
面倒なのは、頭で考え、自分の良心に従って行動する事だ
「で、どうするんです?」
「他人に意見を聞くな、己の良心に従え」
短い沈黙、BGMは民衆の抗議の声だ
しかし、彼らにとってこれほど長い沈黙はなかった
抗議の声が、彼らの耳にただ響く
ちょうどその時、家屋のかげから封鎖線の前に車が走り出てきた
こんな状況で何故?イヤな予感が彼らに機関銃を握らせる
しかし、車は防壁につっこむことなく、停車した
そこから出てきたのは、黒服に身を包んだ男
ハンドマイクを握って、かなり迫って来た民衆に立ちはだかる
そこで、たったの一言
『皆さんの中に、体調のすぐれない方はいらっしゃいますか?』
静まり返った
『では、咳をしている方は? 先ほどから呂律の回っていない方は?』
返事はない、もちろん抗議の声も
『あなた方の中にはかなりの高確率で保菌者が紛れ込んでおります、密集していると感染の恐れがあります』
民衆はそれぞれ顔を見合わせ、互いの様子を見やる
『感染の疑いがある方がいらっしゃっいましたら、こちらに来て下さい、精密検査をいたします』
その時
「違う! 俺は感染してない!!」
と大声が上がった、空に良く響いた
「お前、呂律回ってないだろ!」
「そょんにゃことな、い!」
「うわわあ、こいつ、ホントに感染してるぞ!!」
「バカ野郎、近寄るな!」
「早く! こいつをつまみだせ!!」
「なにやって…痛ってええ!!」
騒然となる
たった数個のの言葉で目の前の民衆は総崩れとなっていく
先ほどまでのそろった怒号はどこへ行ったのやら、泣きわめく声や悲鳴すら聞こえるかのようだ
そんな民衆の映像を首相官邸で眺める男がいた
いや、この画像はどこでも見れる
なぜなら、動画共有サイトに投稿されたものだからだ
「少々やりすぎたな」
総理の椅子に座った者が重々しく――――最近はずっとそうだが――――口を開いた
「お言葉ですが、なにが問題なのでしょうか?」
彼の目の前にいるのは対策チームの一員、厚生労働省勤めである彼が部下や仲間に連絡して、各地である意味強引な蜂起の鎮圧を行ったのだ
確かに、『超法的措置』が取られる事はなく、かなり穏便に事は済んだ
「仮にも政府の人間が、強すぎる言い方だ」
むこうは臆する様子もない、それだけ自分の対応に自信を持っているのだ
実際、彼の行いは相当なものだ
第一報が入ると同時にこの蜂起は難民の不安感から来るものではないかと予測し、集団でいる事に対する不安を煽る事によって群衆を瓦解させた、その連携の良さはかなりのものだ
しかし、独断の上に、この出来事はは全国民に知れ渡った、巧みな話術で民衆をかき乱す政府を誰が信用するであろうか?
一応、記者会見でこの件に関する全ての情報を開示し、発言についても遠まわしに謝罪した。緊急回線を使用して、全チャンネルで半強制的に流したからほぼ全ての国民に伝わっているとは思うが、不安はぬぐいきれない
「しかし、ああでもしなければ血が流れましたよ、その時国民はどう思うのでしょうか?」
彼は引き下がるという意思を微塵も見せない、仮にも総理と一対一(正確には官房長官もいるが)で向かい合っているというのに
前の自分はこんなハングリー精神を持ち合わせていただろうか、長瀬がそんな事を考えられるぐらいの沈黙が流れる
「まあ、いい、それで次も同じ手段で防げるのか?」
最大の問題はそこだ、今回は先の見えない未来に絶望した民衆だったが、これが『恐怖に狂わされた民衆』だったらどうなるのか
当然ながら『絶対』の自信はなかった
誤字脱字報告、ご意見ご感想、お待ちしております
そして、これからも本作をよろしくお願いします




