2月20日 SHIBUYA CRYSIS 後篇
『落ち着いて、ゆっくり避難して下さい、不審者を見かけた際は、必ず近くの駅職員、及び警察官に・・・』
ハンドマイクを握った係員が避難民たちに呼びかけている
東急グループの本拠地とも言えるここ渋谷の地下街は、ラッシュ並みの、いやそれ以上の人が「川」をつくっていた
皆、ゆっくりと無機物かのように誘導されるまま流れていく
脱力したかのように歩く人々
しかしどの目にも生気は宿っていない、かといって絶望している訳ではない
思考停止、いや現実逃避の目だろう
今はただ係員の指示に従っていればいい、自分で考えるなんて意味も持たないし、しようとしたところで思い出すのは、さっきの絶望のみだ
でも、今なら指示に従うだけでいい
意思なんて持たず、ひつじ使いに使われるひつじのように
『落ち着いて、ゆっくり避難して下さい、不審者を見かけた場合は・・・』
もはや、時間など残されていなかった
警察と自衛隊の決死の遅延作戦もいよいよ限界が来て、すでに東急本店通りを放棄、渋谷駅まであと一歩に迫られた
かの有名な『109』に来店するのは、間違ってそこに逃げ込んだ避難民と、彼らを求めて殺到する『お客様』のみだ
ここまで来られれば、自衛隊にできる事は少なく、駅の花壇を利用して作られた最後のバリケードに張り付いて撃ちまくるのみだ
せめて、重機があれば…ブルドーザーやパワーショベル、トラックでもいい、とにかく重いもの、力のあるものが欲しかった…『地域住民への配慮』とか何とかで、ここでは手榴弾すら使えないのだ!
「残弾!」
その声を聞いて、数名の自衛官が諦めの表情を浮かべながら振り返る
「・・・0です」
もともと、ここにはそこまで多くの銃弾が運ばれてきた訳ではない
警察の弾も、全て撃ちつくしてしまった
警察署で武器を調達しようとした暴徒はきっとがっかりするだろう…こんなこと考えるだけで不謹慎な気がするが、渋谷区・・・封鎖区全域の放棄が決定してる今、現実的な話だ
ふと、空から特有の爆音が響いてきた
あれは・・・
「オスプレイだ!」
2013年度予算にオスプレイ調査費として計上され、かなりの論争が巻きあがったV-22オスプレイであったが、日本人の悲しき国民精神にて、|のど元を通り過ぎてしまった《導入されてしまった》今となっては過去の話だ
しかし、普通のヘリよりも早いこの機体は、やはり便利である
そんなオスプレイが、隊列を組んで飛んできている、すでに高度を落とし始めているから、渋谷駅周辺に着陸する事は間違いないだろう
「と言う事は、退却か?」
1人がつぶやく、確かに避難民は電車を使ってここから脱出しているのでヘリが来る事はないはずだ
「もう避難は終わったのか?」
皆の顔が明るくなる、これでようやくこの地獄から脱出できるのだ、当り前だろう
しかし、一部の人間は勘づいていた
普通、退却ならもっと早く連絡が来るはずだ
それがないという事は・・・
「嫌な予感がする・・・」
その声は、歓喜の声と感染者のうめき声にかき消された
単刀直入に言えば、一部の現場隊員が感じた嫌な予感は当たっていた
「状況は!」
この現場の指揮官にあたる人物が叫ぶ
無線機から、おどおどした声が返って来る、むこうも状況を掴みきっている訳ではないようだ
『東横線の代官山~中目黒間で、車両からの連絡が途絶えた模様です、詳しい被害状況は分かっていませんが、とりあえず連絡が途絶えた地点を通過しないように各列車に通達しておきました、渋谷の方に独断で輸送ヘリの編隊が向かったそうですが・・・』
「ああ、それはこちらでも確認した、オスプレイが数機向かってきている。で、問題は東横線はこのまま使えるのか?と言う事だ」
『そう言われましても・・・とりあえず連絡が取れなくなった車両が使った線路は下り線なので、上り線の線路を使うことも検討していますが・・・』
その時、不意に後ろから声がした
「迷ってる暇はない、実行しろ」
指揮官は、いやその場にいた全員がその言葉を発した人物を見た
背中に大きく書かれた『渋谷区』の文字、落ち着き払って椅子に腰かけているようにも見えるが、手に握られたコーヒーカップは小刻みに震えていた
「…何言ってるんですか」
彼の背後に控えていた渋谷区職員が小さく漏らした、しかし先ほどまでの喧騒を失った指揮所では、その声は大きく響いた
彼はゆっくりと後ろを振り向いた、顔は引き締まっており、冗談をいう顔には見えない
「オスプレイ数機のみで、今いる市民を全員逃げさせる事が出来ると思うか?」
「そ、それは・・・」
できないだろう、しかし今渋谷駅に待機している列車に避難民を乗せれば、ほとんど避難は終了する
「しかし! …今列車を動かすのは…あまりに、危険かと…」
職員もどうすればいいのか分かっているからか、声のトーンがどんどん落ちていく
彼は椅子から立ち上がり、職員の肩に手を置いた
「いいか、俺たちには、もう選択肢がないんだ・・・」
「!」
肩に置かれた手は、驚くほどに震えていた
そうだ、人々は、ここに逃げに来たのだ
わずかな可能性に賭けて、命からがら逃げてきたのだ
だが・・・ホントにこの選択は正しいのか?
誰もが、そう、実行を言いだした彼すらもそう感じていた、しかし迷うほど時間に余裕はないのだ
「…避難活動を、続行しろ」
指揮官が無線機に伝える
『…了解です…』
無線を終了した指揮官が振り返る
「この事を、避難民には…?」
「もちろん、伝えるな、残酷だが、知らずに出発した方が幸福だろう」
彼は、コーヒーをすすった
『ホームより、臨時列車が発車いたします、無理なご乗車は、お控えください~』
しかし、誰が無理なご乗車を控えるだろうか、ホームには誰も乗っていない列車が来て、ぎゅうぎゅう詰めに人を乗せて発進していく
しかし、このサイクルがいつか終わってしまうのかもしれないのだ
乗り損ねれば、即刻死が決定してしまう・・・
そんな根拠もない思い込みに突き動かされて、人々は列車に乗っていく
「もう無理だ! 扉を閉めろー!」
列車の扉に人を押しこんでいた警官が叫び、電車特有の扉のしまる音がする
人を詰め込んだ棺桶は、ゆっくりと加速していった
「ふう、、」
警官や駅職員達はパンパンと手を叩き、それぞれあたりを見回す
今の電車で、ほぼ避難は完了した
でも、全員が乗り切った訳ではない
十数名の大人、子供連れ、老人の方、置いてきぼりにされたのか、1人で泣いている子供もいた
彼らをオスプレイまで誘導するのが、彼らの最後の仕事になりそうだ
1人の若い警官が叫んだ
「残った方は、今からヘリで移動します! ついてきて下さい!」
「ほら、移動するよ」
その警官は1人で泣いている子供の手を引く
しかし、その子は動こうとしなかった
その子に目線を合わせるようにしゃがんで、ハンカチで顔を拭いてやる
そして、できる限り優しく話しかけてやる
「坊や、ここにいても危ないから、早くいこ?」
その子はしゃっくりをしながらも、
「…おかあさんと一緒がいい」
と訴える、無理だという事は本人も心のどこかで理解しているだろうに
「これから、お母さんと同じ場所に向かうんだ、きっと会えるよ、でもここにいちゃ会えない、分かるね?」
「…」
少しの沈黙の後、その子は事実を飲み込むかのようにゆっくりと頷いた
「さあ、いこう・・・君は運が良かったね、きっと生き残れるよ」
2023年2月20日
封鎖区のほぼ全域が放棄される
封鎖区内で国が安全を保証できる場所は、封鎖線沿いの避難場所のみとなった
一週間に一回更新、その言葉どおりになってしまいました・・・
頑張ります
あ、誤字脱字があったら、どんどん言って下さい




