2月19日 平和な学生と順応した学生
注意:この話では、学生たちが何のためらいもなく感染者を殺してしまうシーンが存在します。
そのような展開がお好きでない方は、読み飛ばしてもらって結構です
俺は、封鎖区内の、自宅の、自室の、ベットの上でワンセグを見ていた
『この事態を受けて、保護観察申し込み者の受け入れは一時的に凍結されることとなります。政府は…』
キャスターは、困惑したような様子で情報を伝えていた
保護観察申し込み、つまり封鎖区から脱出する手続き
それが一時凍結されるという事は、俺は保護観察を受けられない、つまり俺は封鎖区から逃げられない・・・と、いうことだ
「あーあ・・・」
結局石田からの要求に俺は答える気になれず、父親から言われた「準備」もする気にならない
結局、何もせずにゆったりと過ごしてしまった
浪費、なんだろうな
まあ、別にいいか
「中学まではエスカレター」
「高校ならば定時性」
「妥協すれば大学なんて簡単」
「最期のセーフティ―ネット、生活保護」
まあ、日本にいれば生き残れるのだ
法治国家で安全安心
憲法にある「最低限度の生活」の保障
俺はそんな保障の中で生きていこうと考えているし、その考えは変わらないだろう
そういう堕落した生活を決心(?)し、俺はリビングに出る
「はああああ」
恐ろしいほど脱力した声で俺の父親が机に突っ伏していた
なんだか聞きたくないが・・・聞くしかないか
「どうしたの?」
父親は顔を少し起こし
「いや、どうやったら封鎖区から脱出できるのかと考えていたんだが・・・」
「脱出って・・・」
この人は、なんでここまで脱出にこだわるんだろう
すでに封鎖から三日、好奇心から家の周囲を散策したりした
でも、どこから見てもいつも通りの日常、平和な日々、いやむしろ海外の紛争情報が入ってこないのだから、まさにラブ&ピース!
さっきのワンセグのアナウンサーも困惑した感じだったし、きっと避難命令も誤報なんだろう
『ピンポーン』
チャイムがなった
父親がモニターを見に行く
誰が来たのだろうか、もしも石田たちだったら嫌だな、返信いまだにしてないし
「どちらさまですか?ってあれ?区役所の人?今開けますね」
いったいいまさらどうしたんだろう?とつぶやきながら父親は玄関に駆けて行った
もしかしたら、手続きが受けられるのかも
「はあい」
「く、役所のモノですぎゃ」
「あ、はい、お待ちしてました、手続き受けられるんですよね」
父親の期待に満ちた声が聞こえる
俺は脱出に興味はないのでスマホのゲームアプリを起動させる
よし!1ステージ目クリア!
・・・ってあれ、俺の父親は??
「おーい、どうしたの?」
リビングのイスを立って、玄関に通じる角を曲がると
人体模型のように胸に穴が開いた父親とその内臓を実食中の区役所職員・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・って!
「ちょ、ちょっと、何してるんですか?」
区役所職員は顔をあげ、口についた血を拭くこともせず
「じょっと、ごまうんでふよ、邪魔ひてもらっちゃあああ」
発音が酷い、ってさ、これって・・・
「あのー、お名前教えてもらっても・・・?」
まあ、きっと答えてくれるよね、感染者な訳ないし、区の職員には護衛がついてるし、って護衛はどこ?
「かんじゃき・いさお、29ひゃい、区のせいかくひょご担当」
・・・名前がよく聞き取れなかった、29歳?区の生活保護担当?なのかな
まあ、いづれにせよ会話できてよかtt…
その瞬間、俺は反射的に飛びのいた
なぜなら、区の職員が飛びかかって来たからだ
俺が飛びのいたので、彼は床にたたきつけられる
「ちょっ!」
「不へい受給者をみふけて、保護をはききふのが、おれのひごと」
自己紹介を続けながら迫って来る区職員
え、やばいやばい
なんかやばい
なんかないのか?
あ、そそそうだ、包丁があったた
慌てて、キッチンに駆けこむ、もはや無我夢中だ
「おお落ち着いて、くださあいな!」
区職員はふらふらしながら近づいてくる
「やめへふださいよお、ほんべふひゅうに潰さないとおほらえふんべふよ」
なんて言ってるのかよく分からんが、なんか会話になってねえ!
こいつ、本当に感染者なのかよ
「こ、こないで!来ないで!」
もはや涙声だ、プライドなんて言ってる暇はない
「君がどんなにきょ、ぜふひても、僕はあひらめらいよ~」
ええええ?????
今こいつ、「君がどんなに拒絶しても僕は諦めない」って言ったよね??
いったいぜんたい、誰と会話してるんだよ?!
うわわっ、迫って来る!
「くるな、くるなくるあなくるあんくるなくるあな!!!!!」
包丁を構えるが、なかなか刺せない
物理的な障害はないのに、何かに邪魔されて、腕が動かない
うわ、このままじゃ、俺、ホントに…
その時、区職員の顔が突然吹っ飛んだ
いや、吹っ飛んだのではなく、へし折られたのだ
区職員はへし折れた首の方向にゆっくりと倒れ、その後に立っているのは・・・
「い、石田・・・?」
血ぬれた金属バッドを握って厚手の上着を着込んだ石田が立っていた
「はあっ、はあっ、、、これがハードボイルドだな」
「ハードボイルドなのか?」
その後ろから倒れた区職員を何回か鉄パイプで叩いていた男が声をかける
野球用のキャッチャー防具を顔に着けた見慣れた顔
よく見るとその顔は・・・何と笑っていた、人を殴った直後と言うのに
「山本もいるのか?」
「なんだよ後藤、お前泣いてんぞ?」
「ははっ、後藤の泣き顔初めて見たわ」
こいつら、なんでここに来たんだろうか?
俺は石田からの要求に応えなかった訳だし
「・・・なんで、来たんだ」
口から出たセリフはそれだけだった、もっと言う事があるだろうに
石田は少しニヤッとして
「なんだよ水臭いな、友情の力ってやつ?」
「そのセリフこそ水臭いな」
山本もニヤニヤしている
俺もゆっくり起き上がる
「しかし、ずいぶんと場馴れした感じがあるな」
「そうか?まあ、2、3回戦ったからな」
その一言に引っかかった
こいつらは何故笑っていられるのだ?と
聞きたくはないが無理に口を動かして問う
「おまえらさ・・・ためらったりしなかったのか?」
山本が不思議そうに首をかしげる
「何を?」
え?
「いやいや、戦ったってことは、こ、殺したんだろ」
どんな状況であろうと、人を傷つけるなんて信じられない
たとえ、法律が、国が、状況がそれを許しても、だ
だから、それをした友人たちに感謝なんてしたくもない
同族を傷つける、それは絶対に人として、一つの生命体として、許されてはいけない事なのだ、守るべき最低限の倫理なのだ
石田は一瞬何かをためらうかのような顔をしたが
「お前さ、見たんだろ、自分のオヤジ」
と言い放った
見たよ
肉となった父親
その肉をむさぼる狂った区職員
これが反社会的人格障害だっていうのか?
嘘だ、
そんな事あってたまるか、ふざけるな
さっきまで恐怖心で停止していた常識が、良心が一気に錯綜して、混乱する
さっき区職員を刺せなかった理由は、これだったのだ!
あ、そうだ、大切な事を忘れてた…
「・・・おい、後藤!」
「!!」
「何してんだよ!ごーとーお!!」
気付いたら俺は痙攣している瀕死の区職員に包帯を巻いていた
誰かの声が聞こえるが、そんなもの無視だ
すると、肩を掴まれ、無理矢理に後ろを向かされた
視界に石田と山本の顔が写る
「おい、何やってんだよ」
二人とも先ほどとは違い、決死の形相だった
しかし、そんな事はどうでもいい
「決まってんだろ!人を助けるんだよ!!」
そう言った瞬間、俺は石田に胸倉を掴まれ、無理に立たされた
手から包帯の束が落ちる
「ふざけんじゃねえよ、お前を喰おうとした奴だぞ!」
俺も石田と同じように胸倉を掴んだ
「だからなんだよ、お前が殺しちまったんだろ、責任取れんのか?」
石田は区職員を殺した、首をへし折ったのだ
俺と石田のにらみ合いは少しの間続いたが、それに見かねたのか山本が口を挟んできた
「もうやめろって、終わった事は気にすんなよ、いつものお前らしくないぞ」
そうだよ、いつもの俺は終わった試験なんて気にもしなかったし、気にする価値もないと考えている
だからその時その時で楽しい事をしてきた
それが一種の堕落である事はわかっている
だからこそ、俺は最低限の保障の中で楽しく暮らしていくのだ
「『らしくない』だって?らしくないのは世界の方だよ!なんでこんな世界になっちまったんだよ!」
口が勝手に叫んでいた、こんな事にならなきゃ、俺は普通の人生を普通に歩んでいたに違いないからだ
石田と山本は顔を見合わせた後、石田は俺を掴んでいた手を放し、ゆっくりと口を開いた
さっきとは違い、控えめな声だった
「なあ、後藤、僕がこういう事言うのもなんだと思うが…」
「なんだよ!」
「世界が『らしくない』とか言ってもさ、こうなったからこうなったんだよ」
「・・・どういう意味だよ・・・」
「順応するしかないんだよ、人間は」
石田は少し諦めた顔で言った
順応するしかない・・・その石田の言葉を反芻する
しかし・・・
俺に考える間は与えられなかった
玄関の方から、1人の男が駆けてきたからだ
陸上自衛隊の迷彩服のレプリカ
構えられた小銃(モデルガンと思われる)
サバイバルゲーム用と思われるフェイスマスク
「エントランスに敵多数、正面突破は不可能!プランBに移行する!」
・・・藤木の声だ
「「お前、順応し過ぎ!!」」
石田と山本が笑いながら応じる
なんでこいつらは笑っていられるんだ?
「よし、VIP護衛に全力を挙げよ!」
「ラジャー!」
「了解!」
俺は思考停止した脳みそを頭に搭載したまま、三人に連れて行かれた・・・
初めに、学生たちが何のためらいもなく感染者を殺す描写をしてしまった事、お詫び申し上げます
タイトルの通り、感染者を殺したのは「順応した学生」です
しかし彼らにも順応する前の出来事があって、その上で順応したはずですから、それを描けなかったのは、作者の力不足のせいです・・・
ごめんなさい、そして、今後も本作品をお楽しみください




