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2月19日 官邸の内閣総理大臣

〒100-0014 東京都千代田区永田町2丁目3−1



敷地の広さ、4万6000平方メートル

建物大きさ、敷地 90メートル × 50メートル 、高さ35メートル

延床面積、2万5000平方メートル

建物の構造は地上5階、地下1階


日本国を治める者が政務を行うその建物はいつものようにガラスが太陽の光を反射して、輝いているようだ

しかし、その中にいる人間も輝いているかと言うと、そういう訳でもない





電話の着信を伝える事務的な電子音が鳴り響く

その電話に最も近い彼は、ため息をつきながらも受話器を取る

「私だ」

電話の先から、銃声と声が聞こえる

『総理、各省庁からの人員の避難、完了しました』

「分かった」

非日常が始まったのはたった一週間ほど前、今となっては遥か昔だ

いや、国家運営に関わり始めてからそれ以前の日常との間には隔絶した非日常を送ってきていたはずだ、その非日常が彼にとっての日常になってしまうほどに


長瀬内閣総理大臣が受話器を置くと同時に、主席秘書官が入って来た

彼は入って来ると同時に、口を開いた

「総理、ここはもはや危険地帯です、今すぐ避難しましょう」

長瀬はチラリと自分の持っていた資料を見やり、ゆっくりと言う

「避難って、どこに避難するのかね」

秘書官は考える間も置かずに返答する

「避難命令が出ていない地域です」

避難命令が出ていない地域、か

長瀬は秘書官が聞こえるかどうかの小声でつぶやく

「どこに避難するんだ?」

「それはもちろn…」

秘書官の分かり切った答えを、長瀬は声でさえぎる

「封鎖区全体が危険地域なんだ、もはや安全圏などない」


秘書官は何も言わない、彼も分かってはいた、もはや封鎖区内はどこでも危険だ

でも、彼の職務は総理を補佐する事なのだ、できる限り安全な場所に移動させなければならない

総理がすべき事は、重大で孤独な決断をするだけでいいのだ


「総理、たとえそうであっても、ここより安全な場所が封鎖区内にあるんですよ」

その言葉を聞いた長瀬はゆっくり立ち上がる

手に持った書類を執務机に置き、椅子の背もたれを持つ

「君は、この椅子が何か知ってるか?」

秘書官は、何の話かと一瞬戸惑ったが、視線をその椅子に持っていく

「この椅子は、確か…」

どこかの文献でこの椅子の話を呼んだ事がある

そう言えば、この椅子を題名にした漫画があったかな

なんて考えながら、どう答えるべきなのか分からず言い淀んでいると

「椅子の性能を聞いてるんじゃない」

と長瀬にさえぎられた

総理大臣はイスから手を放し、ゆっくりと一歩一歩、床を踏みしめながら歩いていく

そして、執務室の一角に立てかけられている白地に赤丸が描かれた布に触れる

長瀬は、重く、ゆっくりと言葉を吐く

「我が国のトップに君臨するものだけが座れる椅子、それを感染者に渡したいと思うか?」


秘書官は何も言えなかったし、いいセリフがあっても言わない方が良かっただろう


沈黙が流れるが、すぐに遮られた

官邸の壁越しに、ぐぐもった爆発音が響いてきたのだ

もはやここまで感染者は押し寄せてきているというのか?

長瀬は確認を取る

「おい、ここら辺の最新の状況はどうなっている?」

秘書官は突然話題が変わったので一瞬戸惑ったかに見えたが、すぐに落ち着きを取り戻したようで

「少々お待ち下さい」

と言って携帯を取り出し、何かを小声で話し始める

長瀬はその間にノートパソコンを開き、指紋認証を行う

このパソコンは執務室(ここ)から持ちださないので大したセキュリティは施されていないのだ


画面に出てきた矢印を動かし、2回ほどダブルクリックするとずいぶんと細かい画面が表示される

防衛省と米国防総省(ペンタゴン)が共同開発した最新鋭の偵察衛生からの映像だ

上空からの映像なので建物内の様子は分からないが、道路の様子を見ると緊急避難地域の道路を走っている自動車はほとんどいない、避難自体はうまくいっているようだ

もっとも、避難先での二次感染の可能性は否定できないし、避難することすらできずに建物に隠れている人もいるかもしれない、そういう人たちの為に避難地域の電波局のみから繋がるようになっている通報システムが準備してあるが、はたしてきちんと機能しているかどうか

そのとき、長瀬の携帯電話が振動する

この振動パターンは・・・どうやら電話が来たようだ

この携帯電話は仕事用の盗聴防止装置が仕込まれている物で、めったに使う事はないのだが・・・

とりあえず電話に出る

「もしもし」

そんな長瀬の声をさえぎるかのように、電話の相手がまくしたてる

『私だ、長瀬君、立山だ』

この聞き覚えのある独特の声は・・・長瀬の所属する党の幹事長だ

「立山君か、なんの用だね」

まあ、タイミング的におおよその見当はつくのだが

『特例で我々だけでも封鎖区内から出してもらえないか?』

やはりそうか

「何言ってるんです、国民に誠意を見せる為にも、党員(我々)は最後に封鎖区を出るって昨日の党会合で決めたばかりじゃないか、それにどうせ君たちはシェルターにでも隠れているんだろう?」

『・・・』

むこうは言葉を詰まらせてしまったようだ

長瀬としても決して彼らの気持ちが分からない訳ではない

予想外(試算では予測できていたが)の事態に皆戸惑い、恐怖している

日本は海によって物理的な隔離が施されているため、大陸国ほど酷い目には遭っていないが、封鎖区内がそうなっていて、自分達がその中にいれば誰だって逃げ出したくなるだろう


しかし、国連の常任理事国であるアメリカやロシア、イギリスなどもこの混乱に巻き込まれている中、我が国は珍しく封じ込めが成功しているのだ

先進国で数少ない安全地域となった日本国は東京の感染者を排除すればすぐに元通りになれる

そうなれば政治・経済、どの面においても圧倒的なアドバンテージ(優勢)を持つ事が出来るのだ

そんな中で、政治家を逃がした(特例を設けた)という事実が発覚すれば、世間は大混乱に陥る

封鎖区を設けた政治家が、自分で作ったルールを無視したのだ、そりゃ皆怒るだろう

もしかすると、秩序を保っている封鎖線上の隔離施設が感染者ではなく暴徒に突破されるかもしれない


『し、しかしだねえ、長瀬君、この事態に政治家が全滅したらどうするつもりなんだ?』

…ったく、警備付きの政治家が全滅するようなことがあれば、国民も全滅してるよ

「その時は難を逃れた我々の後輩たちがなんとかしてくれるだろう」

その諦めたかのような言葉に反感を買ったのか、立山幹事長は少し声を荒げる

『…お前は政治家を辞めたのか?ずいぶんと開き直った事を言ってくれるじゃないか』

そのとおり、今の発言は政治家らしくない、というより野心がなさすぎる

しかし長瀬の考えでは今は耐えるべき時だと信じている、彼の心の奥にどんな野心が眠っていようとも、今それを表に出すような事はしないだろう

「私は内閣総理大臣だ、党の仲間より、国家を、国民を優先する」

長瀬は決意のこもった声で言い放った


電話は一瞬沈黙するが

『長瀬君、我が「立山派」が動けば、内閣不信任決議案を賛成多数に持っていくとこも可能なんだ、それを忘れるなよ』

その後聞こえてきたのは、通話終了を知らせる、むなしい電子音のみだった


「総理・・・」

ふと顔を見上げると官房長官と秘書官が長瀬の様子を見ていた

長瀬は深く息を吐きながらイスにどっかりと腰かける

官房長官は何かを伝えに来たのだろう、秘書官はさっき頼んだ情報を伝えるつもりだったのだろう

だが、誰ひとり言葉を発しなかった

二人の目の前で総理大臣が総辞職に追い込まれそうな会話をしていたのだ、相手誰かも大方予想もつく

長瀬は少し困ったような顔を見せ、過去を懐かしむように話しだした

「子供のころ、有名人になりたかったんだよ、だから総理になった、芸人なんかよりもずっと大変だと思ったけど、とても有意義な仕事だと信じてた」

そこで一瞬長瀬は目を伏せる、過去の事を思い出しているのだろうか

突然昔の事を語りだした長瀬に、二人は何も言わずに黙って耳を傾けていた

「でも実際は時間のほとんどを人気集めに消費する、あまりにむなしい仕事だった、もちろん全く無意味な仕事ではない、実際この封鎖区があるのも、我々の成果だ」

そこで長瀬は言葉を区切る、二人は微動だにしない

次の言葉をただ待つ

「だから、ここまで来て『本当に』政治家としての職務を果たせると思っていたし、そうしてきたつもりだ」

彼の言葉を裏付ける証拠は一つもない、その言葉の裏にどんな意思が潜むのかも分からない

「私はね…ずっと国会議事堂の銅座の『四番目』になりたかったんだ」


国会議事堂の中央広場には、四つの銅像がある、板垣退助、大隈重信、伊東博文、そして四番目は台座のみだ

どれも議会政治の基礎を作った功労者たちだ


長瀬は政治を改革したかったのだろうか、それとも単に「そんな功労者になりたい」という願望なのだろうか?

しかし、その眼には確かな意思がこもっていた、どんな意思かは知らないが、彼が薄っぺらい人間でない事は確かだ、二人にとってはそれだけ分かればいいのだ


「まあ、その夢は叶いそうにないけどね」

さっきも見せた、困ったような顔、しかし僅かに笑っていたのは気のせいだろうか


「私は逃げない、内閣を総辞職するその日まで、この官邸を守り続ける」

官房長官と主席秘書官の目の前にいたのは、まぎれもないこの国の『内閣総理大臣』であった

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