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2月18日 女性記者と封鎖区の中

『…(わたくし)と閣僚全員は封鎖区内にいます、ここは決して安全ではありませんが、我々は全力を尽くしてこの事態に対応する所存であります』






テレビに映った長瀬総理がそんな事を話しているのを、高坂はホテルの一室でベッドに座りながら見ていた

都内にある大手銀行の支店から現金を全て引き出したので、決して金銭的余裕がない訳ではないが、ホテルのやけに値上がりしている値段を考えると、このホテルに滞在し続けるのは長くても三週間が限界だろう


「あ~あ、こんな事ならもっとたくさん貯金しときゃよかったなあ・・・」

彼女はいまさらどうにもならない事をぼやきながら、バッタリとベットに倒れる


まあ、預金通帳がカバンの中に入っていた(というか、出し忘れてた)だけでも幸運と言えるのだが、そこから出てきたお金が百万切ってると言われれば、少なからずショックだろう

お金が手に入ると思えば、もっと欲しいと思うものである


「ビジネスホテルならもう少し長持ちするけど、ここのサービスは捨てがたいしなぁ」

高坂がこのホテルを選んだ理由には、感染が広がっている地域の取材がしやすい場所に建っているという事と、このホテルの安全管理がしっかりしている所にある

このホテルでは、封鎖が開始された後、すぐに警備会社に連絡し、警備の人数を大幅に増員してもらったのだ

さらにはホテルの不必要な出入り口は徹底的に封鎖し、守りにくい正面玄関すらも封鎖したのである

どう考えてもサービスの質が落ちると思われるが、逆に「安全度の質」を売りにしたのである

そのため高坂のような客を呼び込んでいる


ただし注意しなくてはならないのは、客に感染者が紛れ込んだ可能性もある、という事だ


もちろん対策がない訳ではない

見てみれば、この部屋の家具配置は少しどころか、すごいおかしい

いざという時、少しずらすだけでバリケードができるように、『ルームサービス』で頼んだのだ

しかも壁にはなぜか防犯用の「さすまた」、これも『ルームサービス』だ

そして食料等が入った非常用持ち出し袋、無論『ルームサービス』で頼めるが、これは高坂が別の店で買った


会見が終わって、テレビを消したところで高坂はポン、と手を叩き

「そーだ、モーニングコール…じゃなくて、緊急コールを頼んどかないと」


緊急コールとは、ホテル内の感染者が増えたり、外の感染者が増えた時に教えてもらえるサービスだ

さすがに叩き起こしてはくれないが、室内放送で起こしてくれるサービスは助かる




「あーもしもし?フロントですか?…あ、はい521号室ですけど、注文があります」

高坂は受話器に喋りかけた













「ありがとうございます、それでは」

高坂は受話器を置くと、金庫の札束から二枚ほどの福沢諭吉をさらい、財布に入れた


「それでは、行きますかね~」

彼女は封鎖から40時間が経過した東京の街へと踏み出した








警察官が歩く大通りを抜け、軽装甲車が止まっている公園の横を通り過ぎる

人通りは封鎖開始直後(おととい)よりも減っていたが、昨日と比べると減っていなかった

昨日は封鎖開始直後という事もあり、記事にできる変化は多かったものの、今日は昨日と変わった変化はない


商店街に差し掛かる

いつもと変わらない賑やかさだ(平時の事は知らないが、このくらいだろう)

この感染症により各国が大きなダメージを受けている(ネットによれば、アメリカの各都市で戒厳令が次々敷かれているそうだ、中国からの情報はわずかながら量が減ってきている気がする)その影響はすでに出始めている

輸入にいまだ多くを頼っている日本

保存のきく資源はともかく、食料が不足すると考えていたが、食料は輸送に時間がかかるので

遠くオーストラリアやアメリカからやって来る食料が突然途絶える事はないそうだ、なにより備蓄がゼロな訳がない

そんな事より日本の食生活は「飽和状態」つまり無駄が多いので、気をつければ大した危険はない

現に国は、各食品会社に過剰生産を控えるよう通達し、売れ残りを可能な限り買い集め、安い価格で売り払っている

ちなみに、封鎖区内に物や食品をいれるのは自由だある、念のため


ただ、「いづれ途絶える」という絶望的観測から、小麦をはじめとする各食品は値上がり傾向にある

高坂の予想では、数日のうちに配給制にならないかと考えているが、難しいのかもしれない




気付けば、パトカー一台と警官数人で構成される簡易検問の前に来ていた

ここは細い道だし、仕方ないか


正直気が引けるが、特に感染が広がっているとされている港区の中心へ行ってみようか・・・

検問の前で迷ってしまった

別にこの検問は犯罪者を探す検問ではないので、立ち往生していても職業質問される心配はない(たとえ聞かれても、新聞記者と答えればいい)とはいえ、あまり長居していてはただの時間の無駄だ


「行ってみるしかないか、まあ封鎖から丸三日も経ってないし、大丈夫よね・・・」

小声でゆっくり呟いて、検問を通ろうとすると

「あれ、この先にお住まいの方ですか?」

と警官に止められた

「いえ、違います」

「では、ここらにお住まいの方の御親戚ですか?」

「いいえ」

すると警官たちは顔を見合わせ

「えーとですね、ここから先は少々危険なんですけど・・・」

「なんですって!」

うっかり声をあげてしまった

誤魔化すように咳払いをしてから手帳と腕章を取り出す

「私、神奈川新聞の者です、詳しくお話を聞かせていただけませんか?」

その途端、警官達の顔が強張った

一瞬の沈黙の後、一番貫禄がある警官が

「えー、取材は広報の方へお願いします」

とだけ言った

「待って下さい、私は現場の声が聞きたいんです」

「そう言われましても・・・」

「お願いしますよ、ね」

「・・・困るんですよ、邪魔してもらっちゃあ」


この調子で話しても平行線だろう、高坂は帰ろうとしたが、1人の警官の声が彼女を引きとめた



「あ!むこうから対象が接近!」

え?対象?


振り返れば、後方の店のガラス製の自動ドアが大きな悲鳴をあげ、そして破られた

そこから誰かが転がりでてきた

「た、すけけて、く、っれ」

少々ろれつ(・・・)がまわっていないが、大した事ではないだろう

右肩に怪我をしているようで、左手で押さえながらゆっくり近づいてくる


その瞬間だった、1人が拳銃を構え、もう一人が叫ぶ

「これ以上近づかないで下さい!」

その言葉に、高坂は過敏に反応した

「何言ってるんです?あの人は助けを求めてるんですよ、それになぜ拳銃なんか出してるんです!」

ふらふらとその男はゆっくり近づいてきた

一番貫禄のある警官が彼を指差して言った

「じゃあ、右手を怪我しながらガラスを破れる男が我々に助けを求めると??」


「そ、それは・・・」

どうなのだろう?


貫禄のある警官はそのままホルスターから拳銃を取り出し、構える

「彼は…彼だった物は、惰性で声をあげているだけです」

「だ、惰性?」

銃口は助けを求める男に向けられる

「たっすけ、てくれ」

確かに、惰性と言われれば惰性かもしれない、同じ事しか言ってないし

「現に彼は、銃口を向けられても、何の反応もしてはくれないんです」

たしかに、その通りかもしれない、でもそれだけの理由で…


あまりにも軽い銃声が響いた


それは・・・あまりにも重い銃声だった





――――助けを求めてきた手負いの男性を、警察が感染者と断定して、射殺――――


だめだ、こんな事があってはいけない、どんな非常事態であっても、状況証拠だけで決めてはならないんのだ、証拠をきちんと提示しなくてはならないのに、この人たちは、警察は…


「記事にします」高坂は言った

どんな事情があろうと、それを伝えるのが記者の仕事だ

警官はただ一言

「我々は法に基づいて行動しています」

とだけ言った

それだけで、十分だったからだ


高坂は、血を流し倒れている犠牲者(・・・)の横を通り過ぎ、帰って行った

死体処理は、きっと対策職員がするのだろう












『東京では市民生活の基盤である商店街の裏にまで感染が広がっていたのだ』

  <神奈川新聞㋁㏲の連載記事「封鎖区の隣と中」より抜粋>

次回投稿は四月一日です

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