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第四章

 あたしが目覚めたときには、すでに男たち3人は起きだしていた。

 あたりは真っ暗。ジョンとレイブンさんの身につけている呪いの防具がボーと光を放っているので、二人の姿はなんとか見分けられるけど、ジューンは話し声がすれど姿はみえない。

 ジョンもレイブンさんも、途中で拾っていた大きな枯れ枝を小刀で棍棒の形に削っている。

「そろそろ、中であいつらが夕食をはじめるころっす」

「そうか」

「あの扉の向こうは、元は砦の厨房っすが、今は使われていないっす。なので、今の時間帯なら、だれにも見つからずに侵入できるっすよ」

「うむ」

 ジョンもレイブンさんも即席の棍棒が出来上がったみたいで、その場で二三度軽く振っている。上々の出来だったようだ。納得したようにうなずいた。

「いいっすか? 魔女さんも?」

「ああ」「うむ」

「えっ? あ、は、はい」

「それじゃ、オレ、先にいって、カギ開いてくるっす。合図したら後から来てくれっす」

「ああ、わかった」

 そして、ジューンの気配が消えた。


 この襲撃は、あたしが逃げ出す最後のチャンスになるだろう。

 おそらく、中にいるという山賊さんと、今あたしのそばにいる二人は仲間に違いない。

 あたしたちが中へ踏み込んだ途端、彼らは豹変して、あたしとジューンに襲い掛かってくるかも。そうなる前に、なんとか逃げ出さないと。

 幸い、あたしは魔女ということになっているから、3人のうち、一番最後に中へ入っても、別にヘンではない。

 ジョンとレイブンさんの二人が砦の中へ入っていくのをやり過ごしてから、逃げればいいのだわ。

 頭の中で計画を立て、逃走路を確認しようと周囲を見回してから、気がついた。

 あたりはすでに真っ黒。

 こんなに暗くちゃ、どっちへ逃げていけばいいかなんてわからないじゃない!

 し、しまった!

 ふっと、ジューンのことを思い出す。

 そうか、ジューンなら、この近所に住んでいて、このあたりの地形にも明るいわけだし、彼と一緒に逃げれば。

 でも、どうやって、彼を口説くの? 一緒に逃げてって言う?

 う~ん……

 いろいろ考えるけど、答えなんて簡単に出なくて、不意に砦の方から、

――ホー ホー ホー

 不気味なフクロウの声。その声を聞いた途端、背筋がゾクリとする。

 こんな真っ暗な夜の森を一人で逃げるなんて、絶対に無理! 二人でもイヤ! こわい!

 そんなところへ、隣のレイブンさんが身動きしたので、心臓が飛び跳ねた。

「合図だ」

「え?」

 な、なにか合図なんてあった? 不審に思ってその場に動かずに突っ立っていると、先に動き出していたジョンが引き返してきた。

「どうしましたか、魔女様?」

「え、ええ。今、なにか合図みたいなものあったの?」

 ジョン、ちょっと不審そうな顔。だけど、すぐに破顔した。

「さっき、フクロウの鳴き声がしたでしょ?」

「え? あ、う、うん」

 そういえば、

「そう、あれですよ」

 そう言って、口元を両手で覆って、軽く息を吹きかけた。

――ホー ホー ホー

 さっきと同じ鳴き声。音量はずい分抑えめだけど。

 へぇ~ そんなことってできるんだぁ~

 なんて、場違いに感心してしまった。そんなところへ、

「さ、行きましょう」

 なんて手を差し出してくれるものだから、ついついその手をとってしまった。大きくて、力強い固い手。すこしひんやりとする。

 これでこの手とはお別れなんだわ。最初で最後に手を握られたってことね。生まれて初めてあたしに親切にしてくれた男性の手。女性として紳士的に扱ってくれた男の子。それら全部が演技だったとしても、いま思い返してみても、とてもいい思い出だったわ。

 正直なところ、この居心地のいい状況、あたしのような田舎娘にとっては夢のような待遇を、もっともっと味わっていたかったけど。でも、もうすぐ終わりね。

 短い間だったけど、とても楽しかったわ。ありがとう。ジョン、あなたには本当に感謝してるわ。

 すこし心の中でだけ、しんみりとして、感謝の言葉を述べ、かすかに涙ぐむ。

 でも、すぐに気を取り直して、ファム伯母さんからもらったお守りをあらためてギュッと抱きしめなおした。


 砦の裏口のすぐ近くまできた。

 ジューンが扉に手を掛け、静かに開く。先に少しだけ開けた隙間から中に入り、すぐに戻ってきた。

「大丈夫っす。やっぱり思ったとおり、中にはだれもいないっす」

「うむ」

「中はさっきも言ったとおり、昔の厨房になっていて、向かって右側の入り口から廊下に出て、左に進んだ突き当たりに大広間があり、そこで山賊たちが集まって食事をとっているっす」

「ああ、分かった」

 ジューンは、先にジョンやレイブンさんを通すために、扉を押さえ続ける。

「あ、魔女様は、危ないので、しばらくはどこか物陰にでも隠れていていただけませんか?」

 って、願ったりかなったりの申し出。すぐに、あたしは受け入れる。

「え、ええ、そうね」

「では、行ってきます」

 そういって、ジョンは砦の中へ入っていった。レイブンさんもくぐりぬけ、ジューンも続こうとするので、慌ててその腕を押さえる。

「ま、待って!」

「え? な、なにっすか、魔女さん?」

「このまま、入っていったら危ないわよ」

「ハハハ、分かっているっすよ。それぐらい。ハハハ。魔女さんって、意外とやさしい人だったんすね。ハハハ」

 ったく、なにそれ? それじゃ、あたしって、やさしくない気難し屋だとでも思われていたわけ? なによ、まったく! だらしないバカ面して笑っちゃって!

 って、そんな場合ではなく。

「あなた、あの人たちに、とっくの昔にウソがバレているわよ」

 途端に、ジューンの笑い顔が変化した。

 いや、笑い顔であることはさっきと全然変わっていないのだけど、さっきまでのニヘラとしただらしない感じの笑い顔でなく、眼に力のこもり、頬がひきつった感じの緊張感のある笑顔になっている。それに、眼の色がとても冷たくなったような。

「ウソですか?」

「そう、ウソ。あなたが出合ったときについていたウソ。妹さんがいるだとか、その妹さんが山賊に攫われただとか」

「ほお。どうして、それがウソだと? 本当かもしれないじゃないですか? なにか、オレに妹がいないと思わせるようなことがありましたか?」

「ええ、だって、砦の中の様子について、とても詳しすぎるじゃない? それに、あのカギ開けの技術。あんなことができるのだったら、あたしたちに助けを求めなくても、十分にあなた一人で妹さんが救出できたとおもわない?」

 途端に、表情を大きく崩す。

「なるほど、確かにその通りだね、魔女さん」

 すごく冷たい声。それと、さっきまでと口調が違う。

「それに、あの二人と中の山賊さんたち……」

『仲間なのよ!』と続ける前に、あたしの口をジューンの手が覆った。

「おっと、それ以上は黙っていてもらいましょうか、魔女さん」

「む、むぐぐ、むごぐぐ……」

 ビックリして、ジューンの顔を見つめる。皮肉っぽい笑顔。息が苦しい。

「確かに、妹なんて、嘘っぱちだが、親父が探検家だったっていうのは、本当のことなんだよな。まあ、有名なってのはオレの見栄だけど。本当は、ヘボ探検家さ。でも、ヘボはヘボでも、その知識と経験は本物。だから、オレは魔女や魔法使いのことはいろいろ知ってるんだぜ」

 あたしの耳元でささやくように言い募る。

「ん、ぐぐぐ、むぐぐ、んんむ……」

「魔法ってのは、呪文を称えなきゃ使えないんだろう? しかも、その呪文っていうのは、やたら長い上に混み入っているとくらぁ。だから、こうやって、あんたの口を塞いでしまえば、もう魔法なんて使えないってわけさ」

「ほぐぐぐ、むぐぐ、んん……」

「オレは、魔女とはいえ、女に手をかける趣味はねぇ。だが、必要なら、躊躇はしないぜ。いいな? 分かったな?」

 この眼、冗談を言っている眼じゃない。レイブンさんの眼は、すごい威圧感があって怖かったけど、この眼は、それとはすこし違う。威圧感なんてものじゃない。殺気! 殺気そのものの眼だった。

 死の恐怖を感じて、あたし、壊れた人形のようにうんうんうなずいているしかなかった。

「これから手を放すが、なにもしゃべるな。一言でもしゃべったら、その首、掻っ切るからな。呪文を唱えようとしても、それが完成する前に、あんたの首を切り落とすなんて、オレにとっちゃ簡単なことだから。いいな?」

 ウンウン。

 すぐに口元の呼吸が楽になる。ホッと息をツイていると、ジューンがあたしの背後に回りこみ、次の瞬間には、あたしの口元は布キレで覆われていた。猿ぐつわだ。

「う、うう、うぐぐ、むぐぐ……」

 ついで、後ろ手に縛り上げられ、胸に抱いていたお守りも取り上げられる。

「悪いが、すべて終わるまで、ここでじっとしていてもらうぞ」

 気がつくと、あたし、厨房の床に転がされていた。あたしのすぐ傍には、なんに使うのか分からないけど、薪の山。

 ふ、不覚~

 そんなあたしを一人にして、ジューンは右の出口から外へ出て行った。


 な、なんで、ジューンが、あたしをこんな目にあわせるの?

 なにか、あたし、間違ってた? 間違ったことした?

 最初のうちは呆然としていただけ。でも、しだいに後悔が胸の中を侵食してくる。涙が自然と溢れてくる。

 な、なんでよぉ~ なんで、あたしが、こんな目に会わなきゃいけないのよぉ~

 ほっぺたに当たる厨房の床の感触がつめたい。

「うぐ、ひっく……」

 猿ぐつわのせいで、くぐもった嗚咽しかでなかった。それがさらに惨めさを感じさせた。

 泣きたいときぐらい、自由に泣かせてよぉ~


「なんだ、貴様らは!」

 突然、奥の方から、大音声が聞こえてきた。聞いたことがない男の声。野太く、粗野な感じ。きっと、この砦に巣食うという山賊さんのだれかの声だろう。

「この砦に巣食う山賊というのは、お前らのことであってるか?」

 ジョンのどこか場違いにのんきな感じの声が聞こえてきた。

「な、なに!」

 さっきの声の主が不愉快そうに叫ぶ。

「うむ、おぬしらには、なんの恨みもないが、義によって助太刀いたす」

 この重々しい声は、レイブンさん。

「なんだ? なんのつもりだ! ハッ、さては、セラからの回し者か!」

 ついで、金属がこすれるような音がしたから、誰かが剣を抜いたのかしら?

 ジョンやレイブンさんではないわね。ふたりとも棍棒のようなものを手作りしていたし。

 一瞬後にはザワッという気配が伝わってきた。数人の人たちが一斉に殺気立ち、立ち上がったような気配。ガタガタッといくつかの家具が倒れこんだ音も一緒に。

「お前らは、お館様を守れ! わしは、こいつの相手をする。手をだすな!」

「「「おおーー!」」」

 何人もの男たちが一斉に叫んでいた。

「レイブン、では、そっちは任せた。私が、この者らの相手をしよう」

「はい、よろしくお願いいたします」

「ああ」

 って、うん? 聞こえてくる声の内容からすると、レイブンさんが、一人の相手をして、ジョンが、のこりの相手をするの?

 え、えっ! そんなことできるの? レイブンさんが強いのは分からないわけじゃないけど、ジョンって強いの? 大丈夫なの?

「おい、お前、剣を抜け! そんなものじゃ、わしの相手なぞ、到底できぬぞ!」

「……私は、これで構わぬ」

「ふん、舐めた真似よの。後悔することになっても知らぬぞ」

「……」

 そして、厨房まで伝わってくる広間の騒ぎのボルテージが一気に上がった。


――カキーンッ!

――ガキッ!

 何かがぶつかり合う大きな音がする。その合間に『ウッ』だとか、『ぐはっ!』だとか、『こいつ強いぞ!』っていう妙な声も聞こえてくる。

――グキン!

――ガハーン!

――ボハーン!

――ガシューン!

 重量級の重たい者同士がぶつかり合う、お腹に響くような鈍い低音が何度も何度も。しだいに、広間の方からは、それ以外の音が途絶えるようになり、代わりに、

「あ、危ない!」

「ふぅ~ 危機一髪!」

「チャンス! そこだ!」

 なんていう、まるで剣闘士試合を見守っている観衆たちのような声援が聞こえるようになってきた。合間合間に、ため息のようなものも聞こえてくるように。

 え、えーと……? なにが起きているの?


 不意に、出口の方に人影が現れた。ジューンだった。

「大したものだ。あの化け物みたいに強いヤツと、棍棒一本で互角にやり合うなんてな」

 すごく感心しているような口ぶり。

「あのレイブンって、旦那なにものなんだい? すげーな、思わず見とれちまったぜ」

 そう一人でつぶやきながら、あたしの横にしゃがみこむ。懐に手を入れて、取り出したのは、火口箱。中から火打石を取り出して、手近にあった紙くずに火をおこす。そして、それを使って、あたしの傍の例の薪の山に火をつけた。

「うんぐ、うぐ、むぐぐぐ?(あんた、なにしてるの?)」

 どうやら、あたしの言いたいことは分かったようで、

「ん? ああ、これか? これはな……」

 そういいながら、また、懐から袋を取り出す。何をするのかと見ていると、すべての動きを止めて、しばらく何かを考え込むように、まじまじと手の中のその袋を見つめていた。そして、何かを決めたみたいに、その袋を懐にもどし、別の袋を取り出す。

 えっと? なんなのだろう?

 あたしの見ている目の前で、その袋をひっくり返し、中に入っている粉末を火の中にくべる。そしたら、急にキビキビと動き始めた。

 最初に、あたしの体を肩に抱え上げ、あたしたちが入ってきて裏口に向かって、大股で駆け出す。

 外に出た途端、ジューンは背中で扉を閉めた。

「なあ、あんた、魔女のくせに結構目方あるな」

「む、むぐ、うぐぐぅ!(な、なんですてぇ!)」

「ったく、暴れんなよ! だってそうだろ。物語の中の魔女っていったら、羽のように軽いってのが通り相場じゃねえかよ」

「うぐぐ、むぐぐぐぐぬんぐ、うぐぬぐぐぐ!(そんな通り相場なんて、知らないわよ!)」

「ったく、だから、脚バタバタさせんじゃねぇって」

「っう、うんぐ、うっぐぐぐ、むぐぐぐっぐんぬぐ!(って、あんた、さっきから、どこさわってんのよ!)」

「そんなに暴れたら、落っことしちゃうだろ!」

「うっぐ! むぐん!(えっち! 痴漢!)」

「えっ? なに? もっと、抱いて?」

「う、うぐ!(ば、バカ!)」

 あたしの大きく蹴り放った膝が、見事にジューンの顔面に入ったのは、このときだった。


「ったく、いってぇ~」

「なに、ドサクサにまぎれて、人のお尻さわってるのよ!」

「へへへ、これも役得ってか」

 悪びれもせず、こいつはぁ~!

 ともかく、地面に下ろされたあたし、猿ぐつわをはずされ、やっと自由にしゃべれるようになった。

 で、でも、さっき、ジョンやレイブンさんと砦に巣食っているという山賊さんたち、戦っていたような気配だけど? なんで? 仲間じゃなかったの?

「あ? どうした、魔女さん?」

 不審そうにしているあたしに、ジューンが声をかけてくれたけど、混乱していて、返事なんて思いつかなかった。

 そんなあたしの隣で、

「そろそろいいかな?」

 そうつぶやきながら、ジューンが口元にどこからか取り出してきたスカーフを巻きつけ、裏口の扉を大きく開く。

 途端に、もくもくと煙が外へ流れ出してきた。ジューンが煙から離れるように瞬時に飛びのく。そのまま、しばらく見つめていると、煙が薄くなり始める。そのころを見計らって、ジューンは身をかがめるようにして、扉の中へ入っていった。

 やがて、

「ほら、もう、大丈夫だ。魔女さん、入ってもいいぞ」

 明かりを持って、戸口から顔を出したジューン、あたしに声をかけてくる。

「な、なに? これって、一体……?」

 不審げなあたしに、スカーフを取って、白い歯をニッとして笑ってみせる。

「ただの眠り薬だ。火の始末をしたから、もう心配はない」

「そ、そうなの……」

「ああ、奥の方も見てきたが、アイツら全員伸びてやがる」

「アイツらって……?」

「ああ、ここに勝手に住み着くようなった亡命貴族たちさ」

「えっ? 山賊じゃなかったの?」

「ははは、そんなのウソに決まってら! アイツら、バカみたいにつえぇから、セラの役人たちも手が出せなくてな。それでオレたち賞金稼ぎにアイツらを追い出すのを依頼してきたってわけさ」

「え、えっ? じゃ、あんたって……」

「ああ、そうさ、オレは賞金稼ぎのジューン・カード。仲間内じゃ、見ての通り、『青鉢巻』なんて呼ばれてるがな」

 そう言って、頭に巻きつけた鉢巻を指差す。

「ははは、でも、助かったぜ。本当は、町でゴロツキどもを金で雇って、アイツらを襲わせ、戦ってる間に、薬で始末するつもりだったんだが、思いもよらずに生け捕りにできたぜ。それもこれも、あんたとあんたのあのお供たちのおかげだぜ、ありがとうな」

 そう言って、あたしに親指を立てて見せるのだけど。う~ん、これって…… 生け捕りにするのが、思いもよらないってことは…… そういえば、火に薬をくべる前に、なにか考え込むようにして、別の薬と入れ替えていたっけ。

 ハッ! まさか!

「ちょ、ちょっと、アンタ、あたしたちを毒殺するつもりだったんじゃないでしょうね!」

 悪びれもせず、ニヤリと笑いやがった。こ、こいつはぁ~!

「おっと、済んだことだ。結果的に、だれも死ななかったんだし、別にいいじゃねぇか、なっ!」

「『なっ!』じゃないわよ、まったく!」

 ジト眼で睨んでやると、途端にあたしの機嫌をとるように、愛想笑いを浮かべてくる。

「ま、まあ、なんやかんやでお詫びの印だ。この砦は、もともとセラの領主が別荘代わりに使っていたものだから、うそ偽りなく、本当に魔導書があるんだぜ。その場所を後で教えてやるから、機嫌直してくれよ、なっ!」

 む、むむ……

 って、そんなことで、あたしの機嫌が直るはずなんか! だいたい、あたしは魔女じゃないのよ! 魔導書なんか、あたしには興味なんてないわ!

 そんなあたしに、愛想笑いの上に揉み手まで加えて、

「魔女さんは知っているかどうかしらねぇけど、魔術で痩せたっていう有名なあのセラの奥方も、痩せる直前に、この砦に泊まっていたらしいぜ」

 な、なにー!

「そ、それ、本当っ?」

「ああ、そうらしいぜ。しかも、この砦から戻ってきたら、別人みたいになってたって。もしかしたら、まだ、その手の魔術関連の魔導書とかもあるかもな」

 会心の笑顔ってヤツを、このとき初めてあたしは眼にしたとおもう。目の前でちいさくガッツポーズしてたし。でも、そんなことはもうどうでもいいの! あたし、あたし…… 初めて、この旅にでて良かったと思えたのだった。


 あたしたちは、奥の広間へ様子を見にいった。

――スピー スピー

 広間じゅうに、男たちの寝息の合唱が充満し、足の踏み場もないほど、食べかけの食べ物が散らかっている。

 あたしたちは、この男たちの夕食時を狙って襲ったのだから、当然か。

 部屋の奥ではレイブンさんの大きな背中が見え、それに向かい合う形で、レイブンさんに負けないぐらいの大男が倒れていた。

 すぐにジューンがその大男の傍に取り付き、ロープをグルグル巻きにした。

「さて、これでよしと」

 パンパンと手を打ち鳴らして、立ち上がる。それから、別の場所へ移動して、伸びている男たちを次から次へと縛り上げていく。鮮やかな手口。すばやい動きだった。慣れているっていうか、賞金稼ぎだって自分で言っていたけど、どうやら、本当みたいね。

「う、うう……」

 どうやら、レイブンさんが目を覚ましたみたい。広間の中で、一番体格が大きい上に、奥の方にいたから、吸い込んだ眠り薬の効き目があまり強くなかったのだろう。

 あたしは、慌てて、レイブンさんの傍により、レイブンさんの重たい体をひっくり返し、上半身を起こすのをささえてあげる。

 レイブンさん、目を開いた。

「おはよう、レイブンさん」

「ああ、魔女様か。おはよう」

 それから、周囲を見回す。奥に倒れている縛られた大男の姿に目を留めて、あたしに質問した。

「これは?」

――ザサッ

 その大男も目を覚ましたようだ。モゾモゾと身動きを始めているし。

 と、あたしたちの見ている前で、その大男、体をガバッと起こした。そして、あたしとレイブンさんを見て、

「むぐぐ、んぐぐ! うぐぅぐぐぐ!」

 気がつかなかったけど、ジューン、あのときに猿ぐつわもはめていたのね。ホント、すばやいんだから!

 って、そんなことより、今、この大男さんが口にしたのって、たぶん、『なんだ、これは! 卑怯だぞ!』とかなんとか言っていたのかしら?

 まあ、強い敵と戦っている最中に、眠り薬でやられたんだものね。くやしい気持ち、分からないでもないかも。

 その大男さん、レイブンさんを憎々しげに睨んでいる。

 でも、レイブンさんには、今回の件、責任があるわけでもないし、レイブンさん自身、ちょっと困惑気味。

「あ、あのね。ジューンがね。……」

 そんなレイブンさんにあたしは状況を教えてあげることにした。あたしの説明に、その大男も、耳を傾けているようで、じっと聴いていたようだ。

「うむ、分かった」

「むうぐ、むぐっぐ。うぐぬぐ」

 たぶん、『そうか、分かった。すまない』あたりかな?

 大男も、視線を和らげる。

 やがて、

「よっ、起きたかい、旦那?」

 能天気な声をかけてくる賞金稼ぎが現れた。他の男たちを縛り上げ終えたのだろう。でも、その肩に担いだ大きな袋は、なぁに?

「ああ、ジューンか」

 どこか非難がましい目をして、レイブンさんがジューンを見上げる。レイブンさん的には、この大男との対決を思わぬ形で邪魔されたのが不満なんだろうな。きっと。

 男の人って、そういうところあるよね。

 自分にとって好敵手な相手との対決で、必死になって勝とうと努力し、夢中になって頑張っている最中に、その対決を横から強制的に中断されると、子供みたいに不機嫌になるのって。

 ミザリーの彼氏のトムも、仲間の男の子たちと夢中になって街角で体を動かし、いろいろなスポーツを楽しんでいることがあるけど、そんなときに、デートの待ち合わせになかなか現れないことに痺れを切らしてミザリーが迎えにいったりすると、烈火のように怒るって、ミザリーがすごく不満がっていたもの。悪いのは、デートの約束を忘れて、スポーツに夢中になっているトムのほうなのに、まるで、ミザリーが悪いみたいに決め付けてって。

「あんた、つぇ~な。一体、何者なんだい?」

「ん? ふふ……」

 レイブンさん、軽く苦笑を浮かべるだけで、なにも答えなかった。

「ま、いいや、まだ、眠り薬の効果が続いていて、体を十分に動かせないだろうから、無理に起きようとしないで、しばらくそこで大人しく寝ていた方がいいぜ」

「あ……ああ、わかった」

「それと……」

 今度は、大男の方に向き直る。ポンと軽く肩の大きな袋を叩く。

「あんたとこのボスは、こっちで身柄を押さえた。セラの役人は、生死を問わなかったが、うまく生け捕りにできたんで、これからもっていくよ」

 途端に、大男が暴れだす。でも、体に巻きつけられたロープが邪魔になって、ほとんど身動きができずにいる。

「おっと、それ以上、暴れない方がいいぜ。そのロープの結び方は、暴れれば暴れるほど、きつく締まっていくようにできているからな」

「う、ぐぐぐ……」

 大男、顔をゆがめている。どうやら、ジューンの言っていることは、本当のようだ。

「それと、セラについたら、すぐに迎えの兵隊をこっちへ寄越すから、逃げようとか考えるんじゃねぇぜ。さもないと、こいつの命がどうなるか…… わかるよな?」

「ぐっ……」

「なに、1日かそこらの辛抱だ。大した時間じゃない」

 大男、気落ちがしたのか、全身から力を抜いた。

「よしっ、いい子だ。その調子で、いい子にして、お迎えを待ってな。へへへ」

 満足げなジューンだったけど、次の瞬間、大男の体が大きく飛び跳ねる。縛られているのに、腹筋の力だけでジューンに襲い掛かった。でも、

「おっと、危ない。危ない」

 ジューンは軽々と横に避けた。そして、強く蹴り上げて、乱暴に押し倒す。

 もう一度倒された大男は、広間の床に頬を押し付けたまま、猿ぐつわの下で歯噛みをしながら、悔しげにジューンを睨んでいた。

「へへへ、じゃな。あばよ」

 そう言いながら、肩に担いだ袋を抱えなおし、出口の方へ向かった。

 と、出口のところまで来たところで、あたしを振り返った。

「あ、そうだ。魔導書のある書斎は、二階の奥の部屋だ。セラのツタのからまる盾の紋章が扉に掲げられているから、それを目印にしな」

 そう言って出て行った。

 あ、そうだった。魔導書、魔導書。早く、セラの奥方の魔導書を探さなくちゃ!

 でも、レイブンさんたちのことは、このまま放っておけないし……

 ふと、横たわるレイブンさんと目が合った。レイブンさん、薄っすらと微笑んで、あたしにうなづきかけた。

 こっちはいいから、書斎へいってらっしゃいってことね。

 瞬時に理解する。

「ありがとう、レイブンさん」

「ああ」

 そして、あたしは、広間の隅の階段に足を掛けるのだった。


 結論から言うと、長いこと窓が締め切られていたためか、空気の悪い二階の書斎で、あたしはいくつかの魔導書といくつかのアイテムを発見することになった。

 魔導書には、見たこともない文字がびっしりと書き込まれ、あたしには、一文字たりと読み取ることなんてできない。ぐぐっ……

 ただ、一冊だけ、女の人の手になるような丁寧な文字で、いろいろ書かれた書物があった。それは、あたしの知っている文字で書かれており、あたしでも読み取れる。

 だけど、『ロープ跳び500回』だの、『ベルト走り3000歩』だの、『重しつきダンス7曲』だの、なんなのこれ?

 それに、このテーブル隅に置かれている両端に持ち手の付いたロープだの、床に据え置かれている長細い2本の滑車を繋ぐように巻かれたベルトのついた道具は、いったい? さらに、書斎の隅のドレッサーの中にあったやたらと重たいドレスは……?

 う~ん……

 気落ちしたせいか、それとも、窓が閉まっているせいで、まだ眠り薬がこのあたりでは漂い残っていたのか、あたしは椅子に座ったまま、眠り込んでしまった。

――シュサッ

 目を閉じる寸前、テーブルに立てかけておいたファム伯母さんのお守りの近くで、出しっぱなしにしてた魔導書のページがめくられたような気がしのだけど。風でもあるのかしら? 窓を閉めなくちゃね。


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