別の話② オイラ ふたつめ
オイラの周囲をいろいろなものが流れていく。
根こそぎ押し倒された大木。細かに引き裂かれた木片。もともと家具の一部だった板。泥でぐしゃぐしゃに汚れた布切れ。人の背丈ほどもある大きな岩。それから、それから……
って!?
岩ッ! 岩が何で流れていくんだ!
びっくりして見つめているしかないオイラも、もちろん同じように流されている。
幸運だった。
あのとき、外に出ていたオイラ、あのまま泥に巻き込まれて、大量の土砂の中に埋もれていたとしてもおかしくなかった。
オイラの上に人の背丈の何倍もの土砂がうずたかく積もり、そのまま身動きすることもできず、押しつぶされ、長い時間のうちに朽ち果てていたとしても不思議ではなかった。
でも、オイラは、こうしてプカプカと浮かび、流れに身を任せている。
すべては、あの瞬間に外へ出ていて、衝撃で吹っ飛ばされたからだった。そのはずみで、土砂がかぶさってくる前に甚大な被害の及ばない場所にいることができた。
でも、オイラのご主人は……
あのとき、小屋の中にいたご主人。助かったはずはないだろう。オイラはすこし離れた場所で、小屋の上に大量の土砂が覆いかぶさり、ご主人のいた小屋がぺしゃんこに押しつぶされる瞬間を目撃していたのだから。
あの小屋の中にいたのでは、何者も無事で済むことなんてできなかったはずだ。たとえ、あのご主人だったとしても。
沸々とオイラの中に見えない泡の塊のようなものが湧き上がってくる。一瞬の苦痛をともなって、それが心の表面に噴き上がる。
ああ、これでオイラは自由だ! そして、天涯孤独だ!
喜びと悲しみがない交ぜになり、解放感と絶望がオイラの心を翻弄する。
ああ……
体の中に吹き荒れる嵐がオイラを散々にもてあそび、翻弄している間、なにもやる気が起きなかった。時間の経過もまったく気にならなかった。
あれからどれだけの時間が経ったのか、一瞬、それとも、長い時間?
ふっと気がついたときには、流れが緩やかになり、あたり一面、真っ黒な泥水で覆われて、岸辺なんてどこにも見当たらなかった。
どこだろう、ここ?
――バシャ
どこかで水音がする。
――ドバシャッ! ググァンワーン!
しだいに水音が大きくなってくる。
オイラが乗っている流れが、その音の方へ向かっているのだ。
――ボボボ、グァシャーー! バシャッ!
オイラの眼の前に水柱が立つ。大量の水が噴き上がり、それにまぎれて、ヌメヌメとひかる細長いものが蠢いている。大量の水をまとって、何かが暴れている。
な、なんだろう? そして、このまま流れに乗っていけば、オイラはその水柱に突っ込んで行ってしまうだろう。そんなことになったりなんかしたら……
不吉な予感が、オイラの細長い体の中を電撃のように走り抜けた。