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第二章

時間の経過では、第一章、プロローグのエピソードの後、この第二章です。

「な、な、な……」

 あたしの前の山賊さん二人、片膝をついて、とんでもないことを頼んでくる。

 それと、なに、とんでもない勘違いをしているようだけど、まあ、それは今のところいいわ。だいたい、お守りとして、こんなものを持ち歩いているのだし、そういう風に思われるのは、しかたないって納得するわ。

「なんで、あたしが、山賊さんをお供になんか」

「お願いです。私たちを旅の仲間に加えていただけませんか?」

「……」

「見たところ、一人旅のご様子。私たちを仲間に加えていただければ、こまごまとした雑用は全て、私たちが引き受けますし、あなた様の護衛もさせていただきます」

 って、あなたたちが一番危険なのよ!

 若い山賊さん、あたしの抗議の視線をあっさり無視して迫ってくる。

 しかも、大男の山賊さんの方は、眼を細め、その細い眼からあたしを油断なく凝視している。その手は剣にかかっており、サヤから少しだけ抜き、刃を日光にキラリときらめかせている。

 こ、こわい! ここで、ダメだって言ったら、絶対、この人、あたしのことを斬っちゃう!

 命の危険がひしひしと。体が震える。歯が鳴る。

「大丈夫ですか? 寒いですか? 私のでよかったら、マントを使いませんか?」

 若い方の山賊さんは、さかんにあたしのことを気遣ってくれているのだけど、その背後にいる大男の山賊さんからは、生まれて初めて体験する本物の殺気が。

 あたしは、無意識のうちに、血の気のない顔でウンウンと何度もうなずいているしかなかった。


「私の名前は、ジョン・ユリウス。こっちは、レイブン・フランシスです。ジョンと呼んでください」

 若い方の山賊さんが自己紹介する。礼儀正しく、紳士的。山賊さんってきくと、イメージしがちな粗野さってものがまるでなにもない。むしろ、どこかの騎士さんみたい。

 それから、その声。どこか甘く、爽やか。張りがあって、伸びやかで、とても耳障りがいい。思わず、その心地よい声音にポッとしちゃった。

「あなたさまは?」

「え? あ、あたし?」

 ジョンはニコニコ、無邪気に笑っているのだけど、その背後からは、相変わらず射るような鋭い視線を浴びせられているわけで。その視線を意識するたび、胃がキリキリする。緊張する。

「あ、あたしは、ララ。ララ・フォッセ……」

 おそるおそる目線を上げると、無邪気に笑っている眼が意外と近くにあって、ドキッ! でも、すぐその背後からの冷たい視線を意識しちゃって、ドキドキ……

 し、心臓に悪い。つ、疲れるぅ~

「さ、魔女様、私のマントをお使い下さい」

 そう言って、ジョンが自分のマントを外し、私に手渡そうとする。

「あ、い、いいえ、大丈夫です」

「ん? でも、ずい分と顔色がお悪いようですが?」

 って、それは、あんたたち山賊が、あたしの前にいるからよ!

 と抗議の視線に力を込めつつ、

「大丈夫です。寒くはありませんから」

「そうですか? でも……」

「大丈夫です」

 で、ようやく、あきらめたみたい。渋々、マントを引っ込めたから。

「ともかく、いつまでも、こんなところでうだうだしていても仕方がありません。魔女様はどちらへ向かわれるご予定だったのですか?」

「……」

 どう答えればいいのだろう? 正直に、水神様の祠へお参りに? あ、でも、山賊さんのこと、今は親切そうにしているけど、この先、どんなことが待ち受けているか。

 あたしは、来た道とは反対の方向へ小さく指を差すだけにとどめた。

「ああ、南の方角ですね? では、一緒に参りましょう」

 そう言いながら、立ち上がり、紳士的な仕草であたしに手を差し伸べてくれる。立ち上がるのを手助けしてくれようというのだ。

 ちょっとまじまじとその手を見つめてしまった。カインバラの男で、女の子にそんな風に振舞う人なんて、一人も会ったことがなかった。この山賊さんに比べて、みんな粗野でがさつで自分勝手! どっちが山賊で、どっちが町の人なんだか。

 一瞬、ポッとなって、慌てて自分に言い聞かす。

 この人は山賊さんなのよ。どんなにいい人に見えても、あたしをだまそうとしているだけなのよって。で、でも、とても誠実そうに見えるけど…… ううん、違う。それは見かけだけ。だまされちゃいけない! これこそが、この人たちの手なんだから!

 で、でも、この差し出された手ぐらいはとってもいいわよね。まるで、どこぞの王女様のように扱ってくれようとしているのだし。これこそが、子供のころ夢で描いていたような待遇なのだから。それに、この先、こういう風に男の人に接してもらえることなんてないだろうし。だから、決してだまされないように心を許さなければ、思い出作りのためにも手をとってもいいわよね?

 そんな葛藤を短い時間の間に経て、あたしは、頬を引きつらせながら差し出された手をとった。

 もちろん、清純な乙女にして淑女たるこのあたし。いい機会なので、何度も繰り返し夢の中で思い描いたように振舞おうとしてみる。はにかみ、戸惑ったような表情を浮かべて、一瞬ためらって見せて、それから、はずかしそう手をとる。と。

 よし、完璧。これぞ、魅力的な乙女を演出する仕草。のはず。

 これをすれば、どんな鈍感な男も、あたしに好印象や好意を持つこと間違いなし! 絶対、あたしのことをポーッとなって見ているに違いなし!

 って、なんで、山賊さんに、あたし、そんなことしているのよ! 山賊さんなんか魅了しようとして、どうするのよ!

 なんて、自分で自分に突っ込みつつ、ちらりと伏目がちにその当の山賊さん(ジョン)を盗み見てみると。あたしのことをポーッとなって見ていたりなんかしなかった。

 あっさりと相棒の山賊さん(レイブンさん)の方を振り返って、『いこうか?』って……

 なんで、なんで、なんでよ! なんで、そんな風に振舞うのよ!

 あたしが子供の頃から思い描いていた夢を返せ! あたしの、あたしの大切な思い出を返せ!

 一瞬、頭にカッと血が上り、そんな風にあたしが怒っていることすら、当の山賊さんは気づいていないってことに、すぐに顔から血の気をなくす。

 えっと、あたし、そんなに魅力ない?

 たしかに、カインバラでは平凡な容姿の娘だけど、でも、人並みぐらいには、可愛いはずなのよ?  大体、山賊さんって、山にこもってばかりして、普段から女っけがないものじゃないの? えっと、えーと……

 ジョンは、チラリとあたしに眼をやって、あたしが呆然とジョンの顔を見ているものだから、にこりと微笑んだ。そして、そのまま前を向く。

 ごく自然に振舞っている。けど、その表情のどこにも、あたしに対して女としての興味をもっていることを感じさせなかった。

……くっ。

 すごい敗北感。屈辱感。

 なぜだか、町中の男を独占して、悦にいっていたアリシアの顔を思い浮かべてしまう。

 く、くやしぃ~!


 一方、その笑顔の向こうで、レイブンさんは、相変わらず、あたしに鋭い視線を向けている。決して、心を開いていないって眼。冷たい刺すような瞳。

 見られているって意識するだけで、身が引き締まる。別の意味で、顔から血の気が失せていく。

 こ、怖いよう。はやく、この人から逃げなきゃ!

 多分、この人の頭の中では、どうやれば、あたしを殺せるか、だれにもバレずに始末できるか、何度も何度も繰り返し、イメージしているのだろうな。彼の眼の色は、そういうものだった。

 絶対に、彼の前では一人きりにならない方が良さそう。生き延びたいのならね。


 ジョンはすごく感じのいい男性だった。

 最初の印象のとおり、あたしより1つ年上の17歳。峠を過ぎた後の下り坂、なにかとあたしのことを気にかけてくれて、すこしでも危険な箇所があれば、あれこれと手を貸してくれる。本当に紳士的な人。山賊をさせておくには、もったいない!

 それに、退屈な道中、あたしを飽きさせないように、いろいろと話しかけてくれるの。おかげで、山道を長い時間歩いたにも関わらず、とても短い時間しか経っていないように感じられた。

 カインバラを出発してから4日間、町の中しか知らないあたしは、半日も歩けば、もうヘトヘトになってしまっていたのに、出会ってからほとんど休憩もとらず、ずっと歩きっぱなしだったというのに、日が暮れるまで、疲れなんてまったく感じていなかった。

 道を歩いているうちに、いつの間にか星が輝き始めていたことに気がついて、ビックリしたぐらいだもの。

 一方のレイブンさんの方は、とても無口な人。道中は一言もしゃべらなかった。

 ただ黙々と、あたしたちに合わせて足を前にすすめるだけ。大男の彼からすれば、あたしたちの歩くスピードなんて、ゆっくりすぎて、イライラが募るばかりなんだろうけど、そんなことは表情に表れることなんかなく、あたしたちには微塵も感じさせなかった。

 ただ、常に、道の沿いの林や草原にするどい視線を投げかけつつ、ジョンの前を歩いたり、後ろに下がったり、時には、あたしを押しのけるようにして、ジョンとの間に割り込んできたり。

 なんなのだろう、一体?


 だらだらとやたらに長い下り坂を、午後いっぱい費やして、あたしたちは大きなくぼ地に着いた。

 辺りは草原で、背の高い草が生えている。

 空には、すっかり星がまたたきはじめ、野営をするには、すこし遅いめの時間帯。

 レイブンさんは、何も言わず、あたしたちから離れていき、ジョンは手馴れた様子で火をおこす。

 辺りの潅木の枝を何本か刈り取って、工夫して、やぐらのようなものをこしらえて。

 ふいに、草の間から、真っ黒い大きな影が現れて、ギョッ!

 でも、それはレイブンさん。

 レイブンさんが、近くを流れる(本人いわく)川から水を汲んできて、戻ってきたのだ。

 それを鍋にあけ、やぐらに引っ掛けて、火にかける。レイブンさんが携帯していた乾燥芋や、水汲みのついでに集めてきた野草や木の実を沸騰したお湯に入れ、調味料を加えて、即席のスープを作り、乾パンで今日の夕食。

 あたしも自分の食材は持っていたのだけど、彼らの食事にお呼ばれした。

「おいしぃ~」

「ふふ、でしょう? レイブンの家の秘伝の調味料を使っているからね」

「そうなんですかぁ~」

 おもわず、ガツガツ。って、し、しょうがないでしょ。だって、この4日間、自分の旅行用の携行食料以外、温かい物はもちろん、調理したものなんて、なにも口にしていないんだから。

 大体、あたしは町の人間で、野宿での火の起こし方も知らないんだし。

 ジョンが、道々、落ちて乾燥している枝を拾い拾い歩いていたのには、気がついていたけど、それらを使って、あっという間に火をおこしたの見てて感動したわ。あれこそ、本当に魔法みたいだったわ。

 それから、レイブンさんの料理の腕前。食べられる食材の知識。調味料のおかげみたいなことを言っていたけど、それは謙遜ね。カインバラにいたときは一人暮らしで、料理にはそれなりに自信があったのだけど、完全にあたしの負けだわ。あたしが、どんなに最高の食材と調味料を国中から集めて調理したとしても、こんな味はとても出せない。すごいの一言しか出ない!

 どうやったら、こんな風にできるのだろう?

 山賊さんって、みんなこうなの? 山賊さんになると、こんな風に、なんでもできるようになっちゃうの?

 う、う~ん……

 あたしも、山賊に……

 あ、ダメダメ! 絶対ダメ! 山賊になんか、なっちゃダメよ!


 ジョンのおかげで全然疲れなんて感じていなかったけど、今までで一番長い時間歩いたせいかしら、相当体の方は疲労していたみたい。

 レイブンさんの作った料理に舌鼓をうち、家から持ってきた荷物の中の薄汚れた毛布を引っ張り出して、体に巻きつけ、温かい焚き火にあたっているうちに、しだいに眼がトロンとしてきた。

 猛烈な眠気が温かい毛布と一緒にあたしをつつみこむ。あたしの周りの乾いた地面が、心地よい寝床がここにあるよと手招きする。なにも考えず、ふらふらと体を投げ出し、地面に横たえようと……

 その動作の途中で、ハッと気がつく。

 ダメ! こんなところで、無防備に横たわったりしたら、一緒にいる山賊さんたちが、あたしにどんなひどいことをするか!

 絶対ダメ! 寝ちゃダメ! 起きてなきゃ!

 無理やり、眼を開ける。でも、すぐに、まぶたが重くなってくる。ウトウトと……

 慌てて、体を震わす。強引にでも、目覚めさせようと、自分の膝をつねる。

 ふっと、まわりを見てみると、ジョンは、すでにあたしの隣で、自分の毛布にくるまって、拾ってきた枝の一本を枕にして、スヤスヤ眠っている。一方のレイブンさんは、焚き火の番。乾いた枝を火にくべた。眼が合った。無表情な感情をうかがいしれない眼。こ、こわい!

「眠らないのか?」

「あ、いえ、あ、はい」

 どっちともつかない曖昧な返事しかできない。

「今晩は、私が火の番をする。安心してお眠りなさい」

 ゆったりとした口調で、人を穏やかにさせる声。聞いているだけで安心な気分になりそう。でも、その眼を見ると、びっくりするほど鋭くて、隙がなくて。絶対、この人の前で眠ったりしちゃいけない!

 パチッと火の粉がはぜた。

 ふたりとも沈黙。星がゆっくりと夜空を渡る。

 レイブンさんが守る単調な炎の動きを見ているうちに、再び、さっきの猛烈な眠気が襲ってくる。


 気がついたときには、あたし、自分の荷物を枕にして冷たい地面に横になっていた。

 すでに、あたりは明るくなっており、チュンチュンと鳥のさえずりが聞こえている。爽やかな朝。朝もやが薄くあたりの景色をかすませ、湿った涼しい空気があたしの鼻腔に入ってくる。

 いつの間にか、あたし、眠っていた。

 一瞬、ここがどこか分からなくて、ボーっと朝もやに煙る空を見上げる。すぐに、思い出した。

 山賊さん!

 慌てて、上半身を起こし、自分の格好を確かめる。よかった。ちゃんと眠ったときのまま、服を着ているし、毛布を体に巻きつけている。かたわらには、ファム伯母さんからもらった例のお守りもちゃんとあるし。頬にあたっていたカバンの感触で判断する限り、もともと大したものが入っていないけど、荷物の中身を盗られたりしてもいないようだ。

 ハッと、周囲を見回す。

 眼が合った。ジョンと。

 って、やっぱり、夢じゃなかったんだ……

 がっかりした気分と、同時に、なぜかホッとしている自分がいる。相手は山賊さんだっていうのに! あたしをだまそうとしている人なのに!

 ジョンは、あたしと眼が合うと、ニコリと微笑んだ。すでに、身支度は終えている。

「おはようございます、魔女様。よくお眠りになられましたか?」

「え、あ、は、はい。ありがとう。あっ、そ、その、おはようございます」

「あまり多くはないですが、水の用意をしてあります。どうぞ、身支度におつかいください。それと、 簡単なものですが、朝ごはんの支度はこちらに用意しておきます。身支度が整いしだい、どうぞお召し上がりください。あと、なにか不足なものでもあれば、遠慮なくおっしゃってください」

そう言って、水がたっぷりと入って重たい水筒を手渡してくれる。ジョンの前の焚き火では枝に刺した肉があぶられている。肉がこげるいい匂い。

 ぐぅ~

 思わず、お腹が鳴る。慌てて、お腹を押さえる。絶対、今の音、ジョンには聞こえていたはずだ。赤くなって、ジョンから視線をそらせて、すぐにまた、探るようにジョンの顔を見た。

 ジョンは笑顔だった。

「ささ、いそいで朝食にしましょう!」

 は、はずかしぃ~!


 ジョンからすこし離れた場所で、水筒の水をつかって、寝癖のついた髪を整え、顔を洗い、うがいをする。

 チラリと、ジョンの方を窺うと、熱心に肉の焼き加減を見ていて、あたしのことを特に気にしている様子はない。なぜだか、がっかり。

 でも、なにか忘れているような。

 ハッとした。慌てて、まわりを見回す。レイブンさんの姿が見えない。

 えっ? どこ? どこいったの?

 ま、まさか、山賊さんの仲間に、あたしのことを報告しにいったとか? バカな娘をうまく捕まえることに成功したぞって。

 ブルブル震える。逃げなきゃ! 早く、逃げなきゃ!

 こちらを気にしている様子がないジョンの眼を盗んで、その場を立ち去ろうとして、気がつく。

 荷物! あたしの荷物、持ってこなくちゃ! あの荷物の中には、セラの領主様に宛てた手紙が入っている。あれがないと、あたしの任務が果たせない。それじゃあ、故郷のみんなに申し訳が立たない!

 そっと、足音を忍ばせて、荷物のところに戻る。

 と、不意に、ジョンが焚き火から顔を上げた。真剣な眼であたしを見上げる。なにかを決心したような眼だ。

 えっ?

「魔女様、よろしいですか?」

 な、なに。なんなの? なにが始まろうっていうの?

「魔女様なら、もうお気づきかも知れませんが、私は、実はウソをついています」

 や、やっぱり! やっぱり、山賊さんだったのね! あたしをだまして、あんなことやこんなことをしようと。

「いま、魔女様、私たちから、逃げようとなされましたね」

「えっ!」

 ば、バレてる! な、なんで! どうして!

「昨日から、あなた様から私たちを信用しないぞという強い決心のようなものを感じていました。そして、今、そっと私たちから離れていこうとしていましたね」

 よ、読まれてる。あたしの心、読まれてる!

「本当は、レイブンに口止めされていたのですが、いい機会なので、本当のことを話させていただきます」

 動揺して立ちすくんでいるあたしに、体ごと向き直った。ただし、肉を刺した枝は火にあぶったまま。

 眼を閉じ、息を吐き出し、また、眼を開いた。強い視線であたしを見つめた。そして、ゆっくりと語り始めた。


「魔女様も、お気づきの通り、ジョン・ユリウスというのは、私の本名ではありません」

「……」

 や、やっぱり!

 と、ジョンの眼が和らいだ。

「もっとも、ユリウスというのは、私の母方の姓で、ジョンというのは、尊敬する私の先祖から借り受けたものですが」

「……そう」

 警戒しながら、ジョンの告白の続きを待つ。

「私の本当の名前は、ロイ・ガスペールと申します」

「……?」

 ロイ・ガスペール? どこかで聞いたことがあるような? どこだっけ? ロイ・ガスペール。ガスペール。ガスペール……!

 はっ! ガスペールって、王家の姓じゃない! ロイ? それに、ロイって、アリシアの許婚で、行方不明だっていう王子!

 え! えっ! この人がその王子様? 国王の末息子?

 ビックリして、まじまじとジョンの顔を見つめた。

 そのジョンは、あたしを見上げながら、苦笑を浮かべている。

「どうやら、魔女様もご存知のようですね。そう、私は、国王の不肖の末息子です。ハハハ」

 乾いた笑いをもらした。あたしの方も、どう反応したらいいのか分からなくて、釣られるようにして、感情のこもらない笑い声をもらす。

「アハハハ……」

 って、な、わけないじゃない! いくらなんでも、こんなところに王子様がいるはずなんてないじゃない!

 王子様なら、こんな辺境の山道なんかであたしみたいな女の子を待ち伏せなんかしてないで、とっととカインバラへ匿ってもらいに向かっているはずじゃない! なに、本気にしようとしているの? ったく! 絶対、ウソだ! この人、ウソをついている! この人が行方不明の王子様だなんて、そんなこと、絶対にありえないわ!

 もう、あたしのことを田舎娘だと思ってバカにして!

 世間知らずで田舎者の娘の前に、突然、目の前に王子様なんて、高貴な存在が現れれば、ポーッとなっちゃって簡単にだませるって考えているのね。バッカじゃない? だれが、そんな幼稚な手にひっかかるのよ! こんなのに、だまされたりしないわ!

 バカバカしくて、一気に頭の中が冷静になった。そして、今の危険な状況に気がついた。たぶん、今、どこかでレイブンさんが、あたしたちのことを見張っているのかもしれない。そして、もし、あたしが山賊さんの芝居に乗ってこないってことになったら、今度はどんな手を使ってくることか。

 もしかしたら、あの大男のレイブンさんと一緒になって、ずっと手荒でひどいことを仕掛けてくるかもしれない。

 ジョンは、私ことをじっと見つめている。鋭い視線で、あたしの様子を観察している。

『バッカじゃないの!』って罵声が出そうになるのを必死に堪えていたら、すこし震えぎみのかすれた声がでた。

「そう、あなたがロイ王子だったの」

「ええ、そうです」

「そうなの」

 今があたしの運命の分かれ道。プレッシャーを感じて、今にもその場から逃げ出しそうになる足を押さえて、できるだけ冷静に応対しつづける。もう必死。

 とにかく、冷静に。ここは彼の言葉に半信半疑で戸惑っているようなフリをしなくちゃ。

 今の告白を聞いて、いきなり頭から彼の言葉を信じるなんて不自然だし、彼もそんなことは予想していないはず。疑いを持ちつつも、出会ってからの半日で、彼のことを信用しはじめて、迷いに迷っているなんてあたりがちょうどいいはず。彼のプランに沿うはず。

 逃げ出そうとするのは、もっと後から。今、逃げ出そうとすれば、かえって危ないの! 分かってる、あたし?

 今は、彼のプランに合わせて、揺れる女心を演じるしかない!

 あたしのことを自分の芝居にやすやすとだまされたバカな田舎娘だと彼が思い込めば、必ずどこかで隙ができるはず。逃げ出すのは、そのとき! そのときまで、あたしは、彼にだまされているフリをしなくちゃ!

 そう決心して、ジョンを見つめた。


「でも、どうして、こんなところに? なんで、あの峠に?」

「ええ、実は、私たちが王都から脱出するときに、ある人物が私たちの前に現れて、王都からの脱出ルートを教えてくれた上に、アイゼル峠を昨日の日の出のあと最初に越えた人物と以後行動をともにすれば、王都へ帰還することが可能になるだろうと明言していったのです。で、昨日、朝から峠で通りかかる人物を待っていたのですが、最初に峠を越えたのが…… 魔女様、あなただったのです」

「……それって、予言?」

「ええ、それを私に伝えた者は、聖ペリオールの神殿の神官を名乗っておりましたから」

「聖ぺリオール?」

「ええ、王都の守護聖人にして、建国王ジョンの側近だった聖者ぺリオールを祀った神殿です」

「それぐらい知ってるわ。カインバラにも分社の小さな神殿があるもの」

「そうですか…… と、すると、もしかして、魔女様は、カインバラ出身ですか?」

 し、しまった! 余計なことをつい言ってしまった。

「え、ええ、そうよ」

「そうですか……」

 ジョンは、なにかを思い出しているかのような様子だった。でも、すぐに、首を振って、

「いや、今、そんなことを考えている場合ではないですね」

 そうつぶやいて、また、あたしに向き直る。

「聖ペリオールの神殿の神官は予言をすることで有名ですから」

「ええ、そうね」

 そう、それは事実なんだけど、その予言、10回に10回は外れるっていう代物。カインバラの聖ペリオールの神殿の神官さんも、いろいろ予言はするのだけど、だれも、そのいうことを真にうけたりなんかしない。

 ますます、バカバカしくなる。

 はぁ~ なんで、こんなくだらない芝居に、あたしが付き合わなきゃならないのよ! まったく!

 胸のうちで、小さくぼやきながら、また、質問。

「さっき、あたしの心を読んだのはどうして?」

 さっきから、すごく気になっていたことだ。まさか、あたしって、自分で思っている以上に、考えていることが顔に出やすいのだろうか?

 だとしたら、あたし、これからうまく、この詐欺師たちをあしらうことができるのかしら?

 心配になってくる。

 と、ジョンは、ニコリと微笑んだ。そして、ゆっくりと、首からぶら下げたネックレスを掴みあげた。

「これは、私の死んだ母の形見で、真実の石という魔石です」

「真実の石」

「そう。これを握っていると、話しているものが真実を告げていないと、しだいに熱を帯びてくるのです。だから、こうして握りしめておくと、相手が私をだまそうとしているのか、心の動きなんかもわかるのですよ」

「へぇ~」

 灰色のどこにでも転がっていそうな何の変哲もない石。そういえば、昨日から、道々、ときどき何かを握り締めていたようだけど、これだったのね。ジョンの手の中の石をまじまじと見つめ、ちょっと感心しそうになって、ハッと気を引き締める。

 私をだまそうとしている人が言っているのよ! 信じちゃだめ! これだって、言っている通りの物かどうか疑わしいわ!

 と、不意に、

――たしかに魔力はあるな。

 えっ? だれ?

 慌てて、キョロキョロとまわりを見回す。ジョンと周囲の丈の高い草以外、なにもない。だれもいない。

 また、空耳。なんだろう? 最近多いな。疲れているのかしら?

「どうしました、魔女様?」

「え、ううん、なんでもない」

 手の甲を額に当て、ちょっと眼を閉じる。そうね、町を出発して以来、いろいろあったしなぁ。

「魔女様?」

 ジョンが、あたしに心配そうな声をかけてくる。

 って、あたし、魔女じゃないのだけどなぁ。でも、きっと、あたしのことを魔女だと思っているから、こんな手の込んだことを仕掛けてきているのだろう。

「なに?」

「魔女様、どうか、その魔力をつかって、私たちを助けていただけませんか? 王家復興に協力していただけませんか?」

 ジョンが、まっすぐに、そして、必死の眼の色をして、あたしを見つめてくる。まるで、本心から言っているように見える。けど、これがこの人の演技なのよね。

 はぁ~

 とにかく、今は、魔女になりきって、

「ちょっと考えさせて。あたし魔女だけど、あたしの魔力でそんなことができるかどうか分からないし、自信もないわ」

「はい、大丈夫です。魔女様が決心なさるまで、私たちはいつまでも待ちますから」

 そうして、ジョンはニコリと笑った。

 でも、でも、あたし、自分が魔女でないことを知っている。魔力なんて持っていないし、さらにいえば、王家の復興を手伝えるなんて、ありえない話。だから、今、あたしが魔女だってウソついていたのだけど、ジョンはそれを全然疑っていないみたい。あの真実の石というのを、いまもしっかり握っているのに。

 ねっ、ほらやっぱり。


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