別の話⑩ オレ様
朝になった。
オレは陣営の天幕から出て、東の地平線から差し込む最初の光を全身に浴びた。
ひんやりとした空気が、俺の肺の中を満たす。
それから北の丘を振り仰ぐ。
本陣の明かりがまだかすかにともっているようだ。まだ、戦う前だというのに、敵との圧倒的な戦力差に大将たちは勝った気でいやがる。このところ、毎晩毎晩、酒宴三昧。
上の人間が、そんな緊張感のない怠惰な姿勢では、前線の兵士たちも、その色に染まるのは無理からぬ話だ。
オレの後ろの天幕の中でも、もう日が昇っているというのに、同僚の兵士たちの大半は眠っている。
オレはもう一度太陽に向きあい、手を合わせて祈りを捧げた。明日も無事にこの太陽が拝めますように。五体満足で今日一日をすごせますように。
それから、南の空を眺める。青い空だった。雲ひとつない。
オレは南の空を見つめながら、昨日のことを思い出していた。
昨日の夕方、いつものように兵士たちの天幕の中では、賭場が開かれていた。オレは適度に勝ち、適度に負けて、切り上げ、天幕の隅で酒をのんでいる同僚たちの輪の中へ入っていった。
「よお、兄弟、あっちはどうだい?」
「ああ、散々だ。オレにはバクチの才能はねぇみてぇだな」
「ははは、そうか、そうか。そうだろうな。そういう顔してら」
「おいおい、ひでえな、兄弟、そりゃ。あはは」
そいつが注いでくれた酒をぐいっと飲み干す。
「なあ、知ってるか? オレ、このあたりの出なんだが、昔からこのあたりには伝説があってな」
どこであろうが、バクチをしない兵士たちにとって、この野営地での夜というものは退屈なものだ。与太話であれ、話好きなヤツというのは歓迎されるものだ。
オレは、このあたりの伝説というものをそいつらに話して聞かせる。
魂喰らいの怪鳥の伝説。
オレたちが野営している平原では、今いる天幕よりもでかい鳥がときどき現れ、人間を襲う。しかも、ただ人間を襲って食べるのではなく、その鳥の好物は人間の魂だった。魂を食べられた人間は、死ぬわけでもなく、かといって生きているわけでもない。ただ、そのあたりをウロウロと歩き回るだけ、朽ち果てるまで永遠に。
夜、この平原を旅していると、そんな人間たちと出会うことがある。なにか悪さをするっていうわけではないが、腐りかけの肉体をずるずると引きずり、あちこちから白い骨がみえている気味の悪い姿で目の前を横切ったりするんだ。一度見たら忘れられない、ぞっとする悪夢だぜ。というような話。
「すると、お前は、そんな人間を見たことがあるのか?」
「ああ、このあたりの出だからな。何度もあるぜ」
「おいおい、本当かよ」
「ああ、今思い出しても、震えちまうぜ。ああはなりたくはないもんだ」
「けっ! そんなの嘘っぱちに決まってら!」
「そう、思うかい? ふふふ、なら、もっと遅くなってから陣営の外へ見にいってみな。オレは行かないけどな。おお、こわこわ」
「へっ! だ、だれがそんな、は、話にだまされる、も、もんか!」
多分、オレの話は、天幕中に聞こえていたと思う。バクチに熱中していたヤツらですらも。なにしろ、オレの声は澄んでいて、よく通る声だからな。
それと同じことを、オレはここ数日、他の天幕にももぐりこんでやってきた。
もともと、どこの天幕の兵士たちも、国中のあちこちの領主たちが連れてきた兵士たちの混成部隊。見慣れない顔の一つや二つあったとしても、だれも気にしたりなんかしなかった。
オレは、南の空を見つめ続ける。
そんなオレの姿に、通りがかった兵士たちの何人かが、不審げな様子を示し始めた。じっと立ち止まって、南の空の一点を見つめ続けているのだ。当然だな。
そいつらも、オレがなにを見ているのか確かめようと、南の空を見つめる。
ちょうどそこへ、ゴマ粒大の何かが見えてき始めた。時間通りだ。オレは、不審げにつぶやいてみせる。
「なんだ、あれは?」
「鳥じゃねぇか? それか、雲か?」
それは、しだいに大きくなる。
「鳥にしては大きすぎるんじゃねぇか?」
「ああ、なんだ、あれは?」
「なあ、オレが、昨日の晩に話していたこと覚えているか?」
「えっ? ああ、たしか、人食い鳥がどうとかって…… って、おい!」
「ま、まさかな」
周囲の男たちがガヤガヤと騒ぎ始めた。
南の空に浮かんでいたものは、どんどん大きくなってきていた。すでに、コインよりも大きく見える。しかも、まだ、遠くの方にあるというのに。
「お、おい! こ、こっち来るんじゃねぇか?」
「ああ、そうみたいだ」
「や、やばくねぇか?」
「あ、ああ、これは、やばいぞ!」
周りの兵士たちの顔が青くなっていく。次の瞬間、その空に浮かんでいるヤツが鳴いた。
――グワアアアーーーオ!
一瞬遅れて、オレの斜め後ろの柵が爆発する。オレは、昨日の晩のうちに仕込んだ仕掛けが絶妙なタイミングで機能したことに満足した。
「こ、攻撃してきたぞ! やばいぞ! に、逃げろー!」
「そうだ、逃げろ! ここにいたら、あの化け物鳥に魂を食われるぞ! みんな、逃げろ!」
その鳥は、オレたちの天幕のすぐ上を通過した。そして、もう一度鳴く。
グワアアアーーーオ!
また、どこかで爆発!
「逃げろ! 命が惜しけりゃ、逃げろ! 魂を食われるぞ! 逃げろ!」
パニックが起こった。天幕の中で寝ていた兵士たちは、二度の爆発でたたき起こされ、外に出たところで、空を化け物鳥が飛んでいるのにビックリし、先に外へ出ていたヤツラが『人食い鳥だ、逃げろ!』と叫んでいるのにつられて走り出したのだった。
どうやら、他の陣営の天幕でも同様の騒ぎがおき、兵士たちはとるものもとりあえず、潰走を始めているようだった。
オレは、その様子をほくそ笑みながら眺めている。
一戦も交えることなく、敵は潰滅しはじめた。
怪鳥の翼によって、巻き起こされた突風が吹き抜けていく。オレの視界の隅で、頭に巻いている青い鉢巻の先端が、風にもてあそばれていた。




