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第一章

 あたしが水神様の祠へ旅に出るはめになったのは――

 生まれてから16年間、ずっと住んでいるのは、ヤンダル地方にあるカインバラって町。

 ヤンダル地方は大陸の内陸にあって、何年かに一度、ひどい旱魃に襲われる。そして、今年が、その年だった。

 年初から、ほとんど雨が降らず、近くの川や池が干からび、水底が見えるようになってきた。このままじゃ今年の作物が育たなくて、飢饉がおきてしまう。

 だから、ヤンダル地方の有力者たちが集まって、雨乞いの使者をはるか南にある水神様の祠へ送ることになった。

 この地方の風習で、ひどい旱魃が起こるたびにそういった雨乞いの使者が送られる。そして、不思議なことに、使者が祠に参ると数日のうちに雨が降るのだった。記録に残る限り、一度として例外はなかった。

 そんなヤンダル地方全体の期待を背負って、水神様の祠にお参りする使者は、大抵、有力者たちの娘が選ばれる。だから、本来なら、しがない庶民の娘でしかないあたし、ララ・フォッセが選ばれるはずなんてなかった。もちろん、今回も当初は、カインバラの領主の娘で、あたしと同い年のアリシア・トッタムが使者として旅に出ることになっていた。


 今さらだけど、自己紹介すると、あたしはララ・フォッセ。カインバラのしがない庶民の娘。でも、両親は一昨年流行した疫病に罹って死んでしまって、今は両親の残した家で一人暮らし。

 特にこれといった能力も技能も持っていないし、外見はいたって普通。三つ編みにした黒髪に黒い眼。背丈も胸の大きさも並。どこからどう見ても、町の女の子のなかでもっとも平凡な女の子、それがあたし、ララ・フォッセ。

 どれぐらい平凡かというと、去年の収穫祭のとき、町の人たちが広場でダンスを踊るイベントがあったのだけど、参加していたあたしにダンスを申し込んできたのは、たったの二人だけだった。

 お隣のジョエルおじさんとトムだけ。

 ジョエルおじさんは、お隣のよしみで、あたしがだれにもダンスを誘われていないのをかわいそうに思って誘ってくれたんだろうな。子供のときからあたしのことを可愛がってくれている本当に優しいおじさまだし。

 トムはっていうと、あたしの親友のミザリーの恋人。だから、ミザリーが広場の隅でつまらなさそうにしているあたしに気がついて、恋人のトムにあたしをダンスに誘うように頼んだのだろう。

 ミザリーは、すごく親切で気のいい親友なんだ。けど、恋人どころか、自分に好意を持ってくれている男性すらもいないあたしに、まるで見せ付けるように自分の恋人を寄越したりすると、あたしがどう感じるかなんて気がついていない。そんなこと考えてもいないんだろうな、きっと。

 悪意なんてないのは、わかっているのよ。あたしだって。

 でも、でも……

 ミザリーって、そういうところが抜けている。でも、それがかわいいって言うトムみたいな男もいるのは事実。というか、男って、そういう抜けた女がいいの? かわいいの?

 だとしたら、あたしには到底真似なんてできないから。

 でも、だからこそ、あたしのことをだれもかわいいなんて言ってくれないのかもね。はぁ~


 で、収穫祭のとき、平凡なあたしが二人としかダンスを踊らなかったのだけど、実は、そのとき、ほとんどの女の子が同じようなものだった。

 別にあたしだけが、特別すくなかったわけじゃないからね! 勘違いしないでよね!

 なぜかっていうと、アリシアが参加していたから。

 アリシアというのは、さっきも言ったとおり、あたしたちの町の領主の娘。赤毛のボブで顔に薄くそばかすが浮かんでいる。なんだか、これだけだと、不美人なように感じられるかもしれないけど、実際には、その人を眼にすると、大抵の男性は一目ぼれしてしまうの。

 多分、くるくる活発にたのしげに動き回る眼だとか、周囲を明るく和ませる声だとか、機知が利いて決して他人を不愉快にさせたりしない会話だとか、そういったあれやこれやの全てが、彼女を魅力的にさせているのじゃないかしら?

 で、収穫祭では、そのアリシアが、領主の娘という身分を越えて、気さくに村の若者たちとダンスを踊ってくれたの。

 あの領主様のお嬢さんがよ!

 当然、魅力的な美人で身分が高くて明るくて爽やかな女の子に、男たちは群がっていったわ。

 だれもが、アリシアとダンスを踊りたがったし、アリシアとおしゃべりをしたがった。

 男たちはみなアリシアに殺到し、みながアリシアに触れたがり、そして、みながアリシアに恋をしたの。

 去年の収穫祭の主役は、確実にアリシアだったわね。

 そして、そのあおりを受けたのが、あたしたち一般庶民の娘ってわけ。

 って、今、思い出しただけでも、ちょっと頭にきちゃうわ!

 なんで、領主の娘であるアリシアが、あたしたちの収穫祭にくるのよ!

 大体、アリシアって許婚がいる身分じゃない! しかも、その許婚ってのが、末子とはいえ、国王の息子、ロイ王子なんだし。

 もう、アリシアめ!

 わざわざ町の男たちを総ざらえしていくことないじゃない! 独り占めすることないじゃないの! もう!

 結局、収穫祭で恋人を見つけようと張り切っていったあたしたち町の娘は、あてがはずれ、その後、しばらくアリシアのことをうらんでいた。


 で、異変が起きたのは、そのアリシアが雨乞いの使者に選ばれ、あと三日で旅に出発するってタイミングだった。

 王都の方から早馬がカインバラの町に到着して、異変が起きたことを知らせたの。

 かねてより、国王は寵愛する側室がおり、その人との間に生まれた第4王子を溺愛していたの。

 そこで、ついに溺愛のあまり、いとこで大臣のデリク・ガスペールと計り、太子を廃して、第4王子を新太子につけようとした。

 この動きに気がついて、廃されるはずの太子側が弟たちと共謀して反乱を起こして、国王を監禁することに一旦は成功したのだけど、それに反対し立ち上がったのがデリク・ガスペール。

 デリクは、息子で王都守備隊副隊長のマークとともに蜂起し、王宮に乱入して、ついに太子を殺害してしまった。そして、反乱失敗後、王宮内や王都に潜んでいた太子の弟たちを次々に捕らえ、翌日には処刑してしまっていたの。だけど、この一連の混乱の中で、巻き添えを食らう形で肝心の第4王子までも命を落としており、監禁されたはずの国王の行方もわからない。王子たちの中で、唯一その死が確認されていないのは、末子で第7王子のロイ・ガスペールだけ。でも、その所在は不明。

 他に人もなく、生きている人間の中で国王にもっとも血縁が近いので、国王のいとこであるデリクが王位を継ぐことになったという。


 早馬が伝えたのは、こういった一連の王都内での騒動だったのだけど、王都や国内のほとんどの人は、この騒動が事実この通りだったとは、だれも信じてはいなかったわ。

 ずる賢く卑怯なデリクが王位を密かに狙っているのは、前々から噂されていた公然の秘密だったし、大体、太子が国王を監禁したとして、狭い王宮の中のこと、探して見つからないはずなんてない。それに、混乱の中で肝心の第4王子が命を落とすなんて、あまりにも不自然。

 だれもが、今回の騒動は、デリクとその息子マークが仕組んだ陰謀だと知っていた。

 だけれど、だれも、それに異議を称え、デリクの国王就任に反対するなんてこともなかった。

 だれが国王になろうが、王宮内で騒動が起ころうが、所詮は王族同士の権力争いに過ぎない。それで一般庶民が被害を受けるわけでもないし、なにか庶民の生活に変化が起きるってわけでもない。

 面白い宮廷ドラマがまた発生したぐらいにしか、だれも思っていなかったのは事実だった。


 でも、それで収まらない家が一つあったの。

 ただひとり行方不明になった王子、ロイ・ガスペールの婚約者である者の家。そう、ヤンダルのトッタム家だった。

 トッタムの当主は、行方不明になったロイを手を尽くして探した。そして、そのうちロイが許婚のアリシアを頼って訪ねてくるかもしれないと考えた。そのときには、トッタムの力でロイを国王に据えるのが、正義(いや、正確には自分の利益)だと考えた。

 そんな状況で、当のアリシアを水神様の祠へ雨乞いの使者にやる。そんなバカな! とんでもない!

というわけで、アリシアの出発が中止になり、代わりに使者として選ばれたのが、不幸にして、このあたしだった。

 ったく! やってらんない! なんで、このあたしがあんな遠い場所へ行かなくちゃいけないわけ?

 しかも、よりによって、あのアリシアの代理として!



 カインバラの縫製工房で働いているあたしに、その知らせを届けたのは、顔見知りのトッタムの老家政さんだった。工房の大口の取引先の一つにトッタム家があり、その縁だ。

 3日後、アリシアの代理として、水神様の祠へ出発しろだなんて、ふんぞり返って偉そうに! もう!

 でも、その話の中で、聞き捨てならない言葉が。

『お前を推薦したのは、ファムだ』

 ファムというのは、あたしの死んだ母方の伯母さん。町の外れの丘に住んでいて、近隣の野山から採取してきた野草を乾燥させたり、粉末にしたりして、薬として町のみんなに売っている。しかも、その薬はよく効くようで、伯母の商売は、かなり繁盛しているようだった。もちろん、トッタムの家も、その伯母の大の得意先の一つに違いない。

 そんな伯母が、なんであたしを?

 考えてみたけど、わからない。

 ファム伯母だって、あたしたち町の娘が、去年の収穫祭のこともあって、アリシアのことをあまり良くは思っていないって知っているはずなのに……

 しかたなく、その日、仕事が引けた後、あたしはファム伯母さんの家を訪ねてみたのだけど留守だった。

 その後、なんだかんだで出発の準備がいそがしく、結局、ファム伯母さんに会えたのは、出発のほんとうに直前だった。町の門のところまで見送りに来てくれたのだった。


「ララ、気をつけてね。体を大事にしてね」

 ミザリーが涙まじりに、あたしの手をとって、お別れの言葉をかけてくれる。

 本当に、あたしのことを心配してくれているんだぁ~

 ジーンとくる。

「ありがとう。ありがとうね。でも、行って、戻ってくるまでたった半月なんだから、大丈夫。あっという間よ。そんなに心配しないで」

「で、でも…… 私、あなたが元気に戻ってこられるか心配で。どこかで病気にでもなって、戻ってこられなくなるんじゃって…… ぐすんッ」

「大丈夫、大丈夫だって。ちゃんと、戻ってくるから」

「本当? 本当に? 絶対だよ。絶対、戻ってきてよ。私の一番の親友。ララは永遠に私の親友なんだよ」

 って、なんか、あたし、命の危険のある冒険旅行にでも出発するかのような……

 まるで、下手すると、二度とカインバラに戻ってこられなくなるみたいじゃない。やめてよ! もう、縁起でもない。泣かないでよ。見送るなら、笑ってよ。

 でも、相手はあたしの一番の親友なわけで。こういうちょっと抜けた女。う~ん……

 こういうのが、男ってかわいいって思うのかなぁ~?

 あたしが男だったら、ちょっとうっとうしいって思ったりして。正直なところ。

 あっ、でも、この子は、とてもいい子なんだよ。抜けてるだけで、本当に心からあたしのことを心配してくれている本当にいい子。

 そんな涙で顔をぐしゃぐしゃにしているミザリーを押しのけるようにして、現れたのが、あのファム伯母さん。でっぷりと太っていて、恰幅がいい。すでに両親を亡くしていて、ひとりぼっちのあたしにとって、唯一の身内だった。

 おばさんは、しばらく名残を惜しむかのように、黙ってあたしのことを見ていた。それから、ひとつうなづくと、

「ほら、ララ。これもっておゆき」

 そういって、腕の中に抱えていたものをあたしに強引に押し付けた。

 な、なに、なんでこんなものを?

「えっ? で、でも……」

「それはね。我が家の代々伝わるありがたいお守りなんだよ」

「お守り……」

 しげしげと、あたしの腕の中にあるそれを眺める。

「母から娘へ、そして、孫娘へ。そうやって、代々、わたしたち女系の中を受け継がれてきたお守りなのさ」

「で、でも、これって?」

 もちろん、あたしの家の中でも見覚えのあるモノ。というか、どこの家にでも必ずある代物。なんの変哲もないもの。

「ああ、かさばるものだけど、だまされたと思って、もっておゆき。必ず、お前を守ってくれるから」

「え、ええ、あ、うん」

 曖昧に返事をする。たぶん、あたし、だまされているんだと思う。おばさんに。

「あたしのところは、男の子ばかりで、娘はいないじゃないかい? 前から、死んだ妹の一人娘のお前に譲ろうって考えていたけど、ちょうどよい機会だ。大事におし」

「う、うん……」

 う~ん……

 これから、半月におよぶ、長い旅に出ようという娘に、こんな長くてかさばるものを餞別代りに押し付けるなんて。一体、どういうつもりなんだろうか?

 かさばりすぎて、カバンの中に入りゃしない。手に持って歩くのじゃ、すぐに疲れちゃうし。ギュッと抱きしめて歩くしかないのかしら?

 そんなことを考えていたら、訊きそびれちゃった。『なんで、あたしをアリシアの代理として、領主様に推薦したのか?』ってことを。


 やがて、トッタムの老家政さんもやってきた。

 ファム伯母さんからもらったお守りを抱えているあたしを見て、ニコリと微笑んだ。

 えっ? なに? いつも、偉そうにしている老家政さんが、笑った? なんで?

「そうしていると、あのころのファムにそっくりじゃないか?」

「ほっほっほっ。そうかい?」

「ああ、もう何十年も前になるか、用事で出かけた町で私が急な腹痛で苦しんでいたときに、はじめて私の前に現れて、自分で調合した薬をくれたころのファムとそっくりだ」

「そんなこともあったかねぇ~」

「ああ、今でもあのときのことは感謝しているぞ」

 信じられないことに、老家政さんがファム伯母さんにお辞儀をしてみせた。さらに、信じられないことに、それをファム伯母さんがさも当然って顔で受け入れていること。

 えっと、えっと、えっと。もしかして、ファム伯母さんって、意外とこの町の有力者?

 そういえば、いくらなんでも、アリシアの代理として、あたしを推薦し、領主様に選ばせるなんて、一介の薬屋にできるようなことじゃないような……

 改めて、伯母の顔をまじまじと見つめていると、

「って、あんた、この子の護衛の若い衆は、まだかえ?」

 そういえば、家政さんが連れてくるはずだった、旅の護衛役の人の姿がない。老家政さんひとりしかいない。

「ああ、あんたには申し訳ないんじゃが、今は、危急のおりゆえに、人数が割けんのじゃ」

 老家政さんは、本当にすまなそうに頭を下げるのだが、

「だから、今回は、お主ひとりで行ってくれんかの?」

 って、ええーーッ!

「祠に供える供物の方は、向こうの近くの町で集められる手はずがすでに整っているから、身一つで行けば、大丈夫だ」

「って、あんた、こんな若い娘に一人旅させようって気かえ?」

「すまぬの。仕方ないのじゃ」

「そ、そんなぁ~」

 途端に、心細くなって、すがりつくような眼で、老家政やファム伯母たちを見回す。

 けど、

「すまぬの」「しかないの」

 って、ふたりとも、なに納得してるのよ! まだ、うら若い乙女のあたしが、一人旅にでるの、心配じゃないの? かわいい姪っ子が、危険な目にあわないか気にならないの?

「と、言うわけだ。体には重々気をつけて、行ってきてくれ」

「大丈夫じゃ、道中のほとんどはこの時期は人の通らない山道だし、危険な獣なんかもいない安全な道じゃ」

「そ、そんなぁ~」


 結局、あたし、カインバラを一人で出発するはめになった。

『これを見せれば、供物の件など、なにからなにまで面倒を見てくれるはずだ』なんて言われて、祠に一番近い町、セラの領主宛の手紙も持たされて。

 はぁ~ これから片道約1週間の旅。往復で、半月。あたし、一人で大丈夫かしら?

 大きな不安を胸に抱えて。

 道中、ただひとつの支えはファム伯母さんからもらったお守りだけ。でも、どう見ても、なんど見返しても、全然、頼りにはなりそうにないのだけど……


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