別の話⑥ あたし みっつめ
あたしは、どこかの屋根の上で寝転んでいた。
ここはどこかの町。水に沈んだ町。
すでに、嵐はすぎさって、空のあちこちでは、雨雲が切れ始めており、雲の隙間から差し込む日光が水蒸気に反射して、何本もの光の柱を生み出している。
地上では、あたしから見える範囲一面、にごった水が溢れていて、点々と屋根が見えるだけ。あたしの小屋のあたりで地滑りを起こすぐらいの雨だもの、下流では、人間が作った堤防なんて軽々と乗り越え、川が氾濫した。
空気で作った岩に包まれ、流されてきたあたしは、そんな町のひとつの屋根に引っかかって、動けなくなってしまい、あたしは保護していた岩をでるしかなかった。
見渡す限り、水・水・水。雨が降り込め、近くにある屋根たち以外、何も見えない。
もちろん、人間の姿なんてものもない。ここにいるのは、あたしひとり。
多分、普通の人間であれば、こんな状況に置かれれば、寂しく心細く感じるだろうけど、あたしはそんなことを感じることもない。ただ、何もすることがなくて退屈なだけ。
ふああ~~ん
あくびが出た。眠くなってきた。そして、いつの間にか、あたしは眠ってしまっていた。
「もし、お嬢さん? もし?」
誰かが近くで誰かに呼びかけている。
「もし? お嬢さん?」
うるさいな! あたしは、ずっと川に流されっぱなしだったから、眠たいのよ! 近くで騒がないでよ!
「もし?」
誰かがあたしの肩を揺さぶった。
えっ?
眼を開ける。あたしを覗き込んでいた若い男と眼が合った。瞬間、その男、雷にでも打たれたかのように、ビクッと震えた。それから、あたしのことをジッと見つめた。呆然とした様子で。
「だれ?」
あたしの声でハッと気が付いたみたいで、咳き込むようにしてしゃべりだした。
「よ、ようやく、き、気が、つ、つかれましたか?」
なに、そのしゃべり方? なにかノドでもつまらせちゃったの?
一旦、眼を閉じて二度三度と深呼吸。今度は、ゆっくりと慎重に話し始める。
「このようなところにいては危険です。私のボートにお乗りなさい」
見ると、男の背後にボートが浮かんでいる。
ああ、この洪水の中、あのボートで移動している最中にあたしを見つけて、心配して話しかけてきてくれたってところね。どうしようかしら? この男と一緒にボートに乗った方がいいかしら? でも、別にそんなことをしなくても、あたしなら、魔法を使って、どこへでもいけるのだけど。
でも、ま、いいわ。なんだか、純情そうな男だし、ボートでふたりっきりになったとしても、危険なことにはならないだろう。それでも、もしヘンな気を起そうとしたりなんかしたら、そうね、ウサギにでも変身させて、水に突き落としてやればいいわけだしね。
だから、あたしは、ニッコリと微笑んで、その男に返事をしてあげることにした。
「まあ、ご親切にありがとうございます」
その男、ますます赤くなって、滑稽なほど慌てて、立ち上がろうとしたものだから、足を滑らせ、危うく屋根から転げ落ちそうになったりして。
ふふふ、ホント、バカね。
ボートの中で、その男は自分から名乗った。
「私は、ジョン・ガスペールです。ジョンとお呼びください」
「まあ、そうなの。あたしは、アリサ・ローズよ」
もちろん、今適当に思いついた名前なんだけどね。
「そう、アリサというのですか。あなたにお似合いの美しい名だ」
ジョンは、もう一度、『アリサ』と口の中でそっとつぶやくのだった。
なに、こいつ、もうメロメロじゃん! もしかして、あたしに一目ぼれ? お、おもしろーい。
そして、あたしは、いつまでも微笑み続けるのだった。
「うふふふ……」




