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プロローグ

一応、設定では、『魔女の言うことを信じるな!』の世界から、300年か400年ほど後の世界です。

 ――お願い、どっかへ行って!

 あたしは、目をギュッとつむり、天の神様に祈る。

 どこかの親切な神様が、あたしみたいに清純な乙女の祈りを聴き入れてくれると期待して、ゆっくりと眼を開く。

 だけど、もちろん、そうそう親切な神様なんて、この世にはいないわけで……

 あたしの視線の先、暗い林の中の木立を通して、午後の気だるく明るい太陽が燦々と照らす峠脇の岩の上に、さっきと同じ格好をして、山賊さんが座り込んでいた。

 左右に伸びる街道を注意深くジッと見ている。たぶん、獲物になりそうな旅人が通りかかるのを辛抱強く待っているのだろう。

 もし、そんなところへ、か弱い乙女のあたしが通りかかったりしたら。

 想像するだけで、ゾッとする。

 ――いや! 絶対、いや!

 あたしは、胸に抱いたお守り代わりのそれをしっかりと抱きしめた。

 ――ああ、あいつなら多分大丈夫だ。山賊が待つような狂気を感じられない。それより……

 ――えっ? だれ?

 一瞬、誰かの声が聞こえた気がして、あたりをキョロキョロ。でも、もちろん、だれもいない。

 ――空耳? そういえば、最近、多いわね、あたし。こんなに長い旅に一人で出るなんて初めてだから、神経が張り詰めすぎちゃっているのかしら。

 とにかく、今はそんなこと考えている場合じゃなくて。

 あたしは、頭をブルッと振った。


 視線の先にいる山賊さんは、簡素な衣服の上に、なめし皮の胸当てをし、その上に薄汚れたマントを羽織っている。さらに、ヘルメットを体の脇に置き、大剣を抱え込むようにして、街道脇の大きな平たい岩の上に座り込んでいる。それから、ギュッと胸元の何かを握りしめているようだ。

 たぶん、年はあたしと同じ年頃か、それより一つ二つ上ぐらい。ってことは、16,7歳?

 黒髪黒眼のあたしとは違って、金髪碧眼で、まだあどけなさが残る顔立ちは、意外に整っている。今のホコリっぽくよれよれの格好ではなく、ちゃんと清潔な格好をしていて、町で見かけることがあったなら、あたし、ポッとして見とれているかも。

 けど、この人は山賊さん。すごく危険な人……のはず。

 ――なんで、こんなところに山賊さんなんて、居座っているのよ!

 ところで、あたしの見つめる先で、胸当てやヘルメット、大剣など、どことなくかすかに光っているようにみえなくはない。目をこすってみる。やっぱりかすかに光っている。

 ――なんだろう? 日光を反射しているのかしら?

 ともあれ、あたしは、この峠を越えなくては、目的地の水神様の祠へたどり着けないし、そのためには、この山賊さんの前を通らなくちゃいけない。

 ――そんなのダメ! 絶対、無理!

 でも、水神様の祠へ行かないと、故郷のみんなが困ってしまう。

 ――ど、どうしよう……

 あたしは、山賊さんもまさかそこに人がいるなんて思わずに注意を払ってなんかいない街道横の林の中から、早く山賊さんが立ち去ってくれるように神様に祈りつつ見ているしかできなかった。


 ピキッ――

 不意に林の中に乾いた音が響いた。枝が折れる音。かなり近い。

「ちっ! ぬかった!」

 すぐに、あたしの後方で、男の声がした。

 ――えっ?

 峠脇の岩にいる山賊さんから、慌てて、暗い林の中へ視線を戻す。

 一瞬、真っ暗で眼の焦点が合わなかったけど、すぐに見えるようになった。

 さっきの山賊さんに似た格好をした男性。ってことは、やっぱり山賊さん!

「ヒッ!」

 おもわず、悲鳴を上げそうになって、咄嗟に、そんなことをしたら、街道の方にいる山賊さんにも見つかってしまうなんて考えて、両手で口を押さえて悲鳴を飲み込んだ。

 あたしの背後に現れた山賊さん、さっきの山賊さんよりもぐっと年上で、髪にも白いものが混じりはじめている。50代ぐらい? ただ、背がとても高い。あたしの倍ぐらい。しかも、ひょろひょろと縦に長いのではなく、全体的にガッチリした体格。つまり、大男だった。

 こんな暗い林の中は当然として、たとえ、町中の大通りであっても、キチンと清潔な格好をしていたとしても、こんな人とお知り合いになんかなりたくはない!

 その山賊さん、あたしと眼があって、ニタリと頬をゆがめた。

 あたしの背筋をぞわぞわしたものが這い回る。

「ヒッ!」

 山賊さん、さらに一歩あたしに近寄り、口を開いた。

「おい、娘。お前、そこで何をしている?」

 年齢相当のシブい声、だけど、体格相当の野太い声でもある。

 ――もうダメ! 耐えられない!

 真っ青になったあたし、その大男の山賊さんに返事もせず、一目散に走り出した。

 こんな大男の山賊さんの潜んでいる林の中の暗い場所ではなくて、あっちに見える明るい場所を目指して。

「キャ、キャアァーー!」

 山々に響き渡るような盛大な悲鳴を上げながら。


 すぐに、あたしは明るい場所へ飛び出した。振り返って、林の中を見る。

 黒い大きな影が、ずんずんと近づいてきている。

「い、いやーー! こ、こないでー!」

 と、あたしのすぐ近くで声が、

「大丈夫ですか、お嬢さん?」

 ハッとして声がした方に顔を向ける。そこには、さっきのあたしと同年代の山賊さんの顔が。

「い、いやぁーー! いやーー!」

 さらに大きな悲鳴がのどから飛び出す。次の瞬間、あたしは、涙眼になりながら、さっきからギュッと握っていたものをムチャクチャに振り回し始めた。

「いや! どっか行って! 二人とも近寄ってこないで!」

「と言われましても、あなたの方が、私にそんなものを振り回しながら、突進してこられているわけで」

 目の前の若い山賊さん、あたしがムチャクチャに振り回すそれを、苦笑を浮かべながら、器用にヒラリヒラリとかわし続ける。それに、その右に左にすばやい動きに遅れて、胸元のペンダントのようなものが、あたしをバカにするようにキラキラきらめいている。全然、体にあてることができない。倒すことができない。

 しかも、あたしの攻撃を全部よけきりながらも、全然、息を乱してなんかいない。逆に、ほんのちょっとしか振り回していないというのに、早くもあたしの方がゼイゼイと肩で息をついている始末。

 と、急に、あたしの足の下から、地面の感触が消えた。同時に、わきの下から、岩のようにごつい腕が伸びて、あたしの肩をガッチリと抑える。

 気がついたときには、大男の山賊さんがあたしを持ち上げ、それ以上、暴れないように押さえていた。

「若。大丈夫でしたか?」

「ああ、大丈夫だ。それより、そのお嬢さん、峠を越えたな」

 すでに、私の背後にある峠脇のさっきまで座っていた岩を見ている。

 この二人、どうやら仲間のようだ。普通に会話を始めたし。

「そのようですね」

「とすると、この方で間違いなさそうだな」

「はい……あの者の言葉を信じるならば」

「ああ。だが、ここまでは、たしかにあの者の言った通りになってきたわけだしな」

「そうでしたね」

「うむ」

 そんな山賊さんたちの会話が続いている間、あたしは必死になって、なんとか自由に動かせる両脚をバタバタやって、あたしを捕まえている年嵩の山賊さんのすねを蹴っていたのだけど、山賊さんたちはまったく気にしない。

「やっ! 放して! 放してよ! ウクッ」

 とうとう堪えていたものが、あたしの両目からあふれ出した。

「ウクッ。ウウウウ……」

「レイブン、お嬢さんを下ろしてあげて」

「はい。若」

 あたしはようやく地面に下ろされた。力が抜けていて立っていられない。その場でへたり込む。そのまま、しゃくりあげつづけた。

「怖い思いをさせてしまったようですね。申し訳ありません」

 ――って、なんで山賊があたしに頭下げているのよ! アンタ、山賊さんでしょ? 旅人に悪いことをする悪人でしょ!

 顔を上げた。あたしを安心させるように、笑顔を浮かべている。

「ウ、ウエエーーン!」

 その若い山賊さんの笑顔を眼にして、さらにドッと涙が溢れた。

 ――いやっ! こんな山賊さんにつかまって、アジトに連れて行かれて、あんなことや、こんなことをされる、させられるなんて、絶対イヤ! 山賊さんの笑顔になんかだまされるものですか! アンタなんか、嫌い! 大っ嫌い!

 そんな涙の滲んだ眼でにらみつけるあたしの前で、山賊さんたち、予想外の行動をとるのだった。

 二人してあたしの前で片膝をつき、頭を垂れる。そして、

「どうか、私たちをあなたのお供に加えていただけませんでしょうか? 旅の魔女様!」

 ヒック、ヒック、ひく……

 ……

 ……へっ?


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