彼女と僕と、カップ麺。
廃棄人形です。
こちらは暇潰しでプロットもなく書いた短編です。推敲もしてないです。
評判が良ければ何かしらでシリーズ化するかもしれないです!
「世界五分前仮説って知ってるかい?」
少女――というのには少々年齢が惜しいが――は、目の前のカップ麺を見つめながら訊いてきた。
一週間ほど前、邪魔だからという理由でハサミで髪を切った彼女は、まるで寝癖のようにぼさぼさとなった髪を撫でながらも、その表情は真剣そのものだ。
だからなのか。
僕はわざとへらへらと笑いながらそれに答える。
「名前だけは聞いたことあるかなー」
「まぁ、そのままの意味さ」
そんな僕の様子に怒る様子も呆れる様子も無く、淡々と彼女は言う。
「世界は、実は五分前に出来たばかりだという説。私ら人間の記憶や経験も、この世界で発見された化石や遺跡なども、全て用意された状態で世界が構成されたという話さ」
そういえば、そんな話だった気がする。思考実験の一種だったっけ。
「中々、荒唐無稽な話だね」
「そうとも言えない。何せこの説は、千九百二十一年に提唱されてから、誰も否定出来ていないなのだから。
世界、記憶、証拠……諸々が既に用意された上で五分前に世界が構成されたのなら、それを論理的に肯定することも出来なければ、否定することも出来ないのだよ」
悪魔の証明、に近いのかもしれない。
居る、若しくは有ることを証明することは、不可能である、ということ。
しかし、それを目の前のカップ麺を見て言い始めるとは、彼女はよっぽどの変わり者らしい。知っていたけれども。
「じゃあ今、ここでカップ麺を作り始めたら、その瞬間から世界が出来上がった可能性もあるってこと?」
「ふふ。まぁそういうことになるか。お湯はあるかい?」
「ないよ。さっき飲んじゃったでしょ」
残念、と然して残念でもなさそうに彼女は言う。
本当にここにお湯があったとしても、きっと彼女はこのカップ麺を作りはしなかっただろう。水もお湯も貴重だし、そもそも、僕らはもう覚悟は出来ている。
彼女はその貴重なカップ麺を、見つけやすいようになるだけ高い瓦礫の上に慎重に置いた。
「もし、この世界が本当にその説の元、構成されたのなら…………」
少しの沈黙。
その沈黙の間、彼女の言いたいことが判った僕は、彼女から目を離して周囲を見渡す。彼女もきっと、同じことをしているだろう。
「…………これはこれは、随分と鬼畜モードだ」
――――世界は、一度滅びてしまった。
滅びた、という言葉がどこまで意味するのかが分からなかったけれど、彼女と僕はそう表現している。
随分と二人で歩きまわったが、ここは東京の渋谷。かつて人が行き交い、人で溢れかえっていた場所。人と一緒に過ごすのが苦手だった僕らは、嫌厭していたところ。
それが今となっては、人だったモノこそあれ、生きている人間は僕らの他に見当たらない。
高層ビルも少し古ぼけていた家屋も、全てが崩れ落ちてしまった。
「神様とやらが居るとしたら、なんて残酷なのだろうか」
「神様なんて、僕は最初から信じてないけどね」
「なんて罰当たりな。ああ神よ、哀れな仔羊二匹に、どうしてこんな試練を与えたのか!」
大袈裟に両手を広げる彼女と、大袈裟に肩を竦める僕。
正反対の僕らは、けれどそれでも、お互いにこの世界で唯一の生存者だ。
「その試練に、僕らは負けたんだよ」
「まだ負けてないさ」
「そのセリフ、明日にまた言ってみてよ」
「君は異なことを言うね。死人に口はないよ」
馬鹿な子を見る目で僕を見つめてくる。理不尽だ。
若しかしたら――いや、居ないとは言えないか。それこそ悪魔の証明だ。
きっと、他にも生存者は居るんだろう。僕らよりも希望を捨てず、生き続けようとする主人公のような人たちが。
僕らはきっと、間違えているんだろう。
「……空が、青いねぇ」
「何が見えてるの。曇り空だよ」
いつ降ってきてもおかしくない。
世界を滅ぼした、"黒い雨"。
雨に触れた人を、動物を、植物を死へと誘う謎の現象。建物さえもその誘いには抗えなかった。
僕は、その誘いから逃げることが出来たし、数日経って出会った彼女もそうだったらしい。
あれから……青空は、顔を見せない。太陽も恥ずかしがり屋だ。
黒い雨が降った時と同じ、薄暗い曇り空だけが世界を覆っている。
「見えるさ。こうして――」
彼女は開けたその場所に横たわり、瞼を閉じる。
僕もそれに倣って、彼女の横で眼を閉じた。
「――ほら、見えてくるだろう?」
その声には少し、泪が含まれている気がした。
僕は彼女の手を強く握る。
「……ほんとだ。見えるよ」
僕の声も、震えているのだろうか。
彼女の手が、僕の手を強く……つよく、にぎる。
青い空が、みえる。
"黒い雨"が降る前に見た、最後の空。
「わたしのような変人につきあってくれて、ありがとう」
「こちらこそ……と言いたいけれど、そこはもっと褒めてほしい」
「褒めているさ。こう見えてわたしは、うまれてこのかたゆうじんもこいびともいなかったのだから。
そんなわたし、に……つきあってくれたの、だか、ら…………」
そろそろ、世界が構成されて五分経つ。
研究者だったらしい彼女が遺した、世界でたった二つのカップ麺。
僕の意識も、少しずつ遠くなっていく。
「……うそ、だよ。こんな、世界で、きみに出会えたから……僕も、たのしかった」
「…………」
「――――?」
彼女の名前を呼ぶ。
返事は、ない。
世界が出来上がり、五分が経ったんだ。
それなら……ぼくも、もうすぐ。
「…………」
さいごに、彼女になんて告げようか。
お別れの言葉か、愛の言葉か。
悩んでいるうちに……時間がやってくる。
ああ。
さいごまで。
しまらない、なぁ。
世界五分前仮説。
世界が構成され、たった五分。されど五分。
また、新しい世界が生まれる。




