意味不明な共同生活
夜はすでに更け、大人でさえ眠りについている時間帯だった。
それなのに私は、部屋の窓辺に座る男をちらりと盗み見ては、頭を抱えていた。
(いったい、どうしてこうなってしまったの……?)
少し前まで、私はサーカスのテントで団長から質問攻めに遭っていた。
挙げ句の果てに「監視が必要だ」と言われ、よりにもよって“あの男”と一緒に追い出される羽目になるとは。
(やらかした張本人を、監視役にする? 普通……)
夜遅くに送ってもらえたのはありがたい。だが、男女が一つ屋根の下にいる状況は、どう考えても問題だ。
冷静さを売りにしている私でさえ、さすがに困惑を隠せなかった。
もう一度、カイという男に視線を向ける。
彼は相変わらず窓辺に腰掛け、じっと私を見つめている。
「えっと……私に、何か言いたいことでもありますか?」
あまりに視線が真っ直ぐで、居心地が悪い。
「……ショーの時、俺を見てた」
「え?」
あれだけ観客がいたのに、私の視線に気づいていたというの?
「そうですけど……よくわかりましたね」
「なぜ」
カイは顔を近づけて、短く問いかけてきた。
本当に、この人は必要最低限しか話さないらしい。
「一番、見応えがあったから……ですかね?」
圧に押され、語尾が疑問形になる。
「気配は、消したはず」
「でも、見事でしたよ。あの手捌き」
私はあのショーを思い返す。
「《光の蝶》の演目、演者たちの飛ぶ方向をずっと操っていましたよね」
「あれは、あの双子の糸で」
(やっぱり双子だったんだ)
「それもあります。でも、彼らが操っていたのは一本だけ。単一方向にしか飛べないはずです。
あちこちに飛んでいたのは、あなたが別の糸を絡ませていたからでしょう」
宙に浮かぶ光の粒も、おそらく彼の糸の表面を反射したものだ。
目を凝らしても見えないほど細い糸――何か反射素材でも仕込んでいたのだろう。
カイは、どこか不思議そうに私を見た。
「《闇の花》も、見てた」
「ええ。輪投げも圧巻でした」
表情は乏しいが、少しきょとんとしているようにも見える。
「黒豹が跳ぶところに、投げただけだ」
「“跳べる”場所に、ですよね」
彼は、黒豹が跳びやすい位置、距離、タイミングまで計算していた。
しかも輪には炎が灯されていた。火をつけるタイミングまで含めて、完璧だった。
「他の演者も素晴らしかったです。でも、あなたがしていたのは、ショーの“幅”を広げることだったでしょう」
少し偉そうに語りすぎただろうか。
カイは黙ったまま、私を見つめている。
「…………」
どうやら、話は終わりらしい。
気まずい沈黙が落ちた。
「……話題を変えますけど。一緒に行動するにあたって、守ってほしいことがあります」
帰り道で考えていたことを切り出す。
カイは近づけていた顔を引き、こちらを見る。
「一つ。この診療所にいる時、またはエルメさん――私の同居人がいる時は、姿を現さないこと。
二つ。ここは医療施設です。患者さんの個人情報を漏らさないこと。団長にも報告しないでください」
カイは、ごくりと喉を鳴らして頷いた。
聞き分けのいい子どものようで、少しだけ可笑しい。
「最後に、プライベートスペースを守ること。寝ている時やお風呂の時は……出ていってください」
遠回しに「今すぐ出て」と言ったつもりだが、伝わっただろうか。
カイは少し考え込む仕草をした。
「……外にいる。必要な時は呼べ」
どうやら理解してくれたらしい。
彼はそのまま窓を越え、屋根の方へと軽やかに跳び移った。さすがサーカスの人間だ。
ようやく一日が終わる。
出来事が多すぎて、心身ともに疲れ切っていた。
明日の朝は診療所も休みだ。急患が来ない限り、ゆっくり眠れる。
私は手早く支度を済ませ、ベッドに身を沈めた。




