滲ませる不安
待ちに待ったデート回です
サーカスへの入団が決まったことで、団員それぞれ違う反応を見せていたけど、概ね好意的なものだった。
「りりィちゃん、入団するの?うれしい!やっと女の子同士仲良くしましょう」
「りりィ姉ちゃん、一緒にショーするの?ニナと一緒にいっぱい遊ぼう!」
「りりィ姉ちゃん、ニノとも遊んでね」
「りりィさん、入団するのか……心強いな」
そこでウィルさんから一言――
「りりィ様は今回、ショーに参加しなくても結構ですので、旅の準備に取り掛かってください」
ということで今、私は旅の準備という名目で町に追い出されている。
――カイも付き添いで。
他のメンバーは練習があるから、カイだけを貸し出すらしい。
「えーと、準備するって言っても、何が必要なのかな」
さりげなくカイに話題を振る。
いつも一緒に行動している割には、カイと雑談したことはあまりない。
話題探しに少し困る。
ここは無難に質問をした。
大体の会話は、質問で繋げられる……はず。
眼帯をつけた外出着姿のカイは、私の顔を少し覗いた後、答えた。
「……仮面」
そういえば、彼らがサーカスノクスとして活動する時、必ず仮面で顔を隠している。
なら、私も用意しておく必要があるのだろう。
「仮面って、何か指定ある?」
カイがいつもつけているのは顔全体を隠す仮面だけど、他のメンバーは基本目だけ隠している。
何か拘りがあるのかな。
「別にない」
「そっか。じゃあ適当に選ぶよ」
そう言って、私達は雑貨屋を中心に回っていった。
(一色のシンプルな仮面に、動物の仮面……種類が多すぎて、逆に選べない)
隣にいるカイは何やら石を見ている。
石が好きなのかな。
かと思ったら、どうやら見ているのは紫色の石だ。
「この石、欲しいの?」
気まぐれに聞いてみる。
「……」
返事がない。
ただ見ていただけかもしれない。
私は気にせず、仮面選びに戻った。
――――
結局、仮面を選べなかった。
どのデザインのものもピンとこなかった。
身につけるものに拘りがなさすぎる弊害だ。
(気分転換してから、また改めて探すか)
そう考えて、食べ物の屋台が並べられている場所まで来た。
「カイは食べたいものある?」
「ない」
相変わらず返事が素っ気なさすぎて困る。
「じゃ、適当に買うね」
私はサンドイッチを二人分買って、人が少ない広場のベンチに座って食べる。
カイもそれを受け取り、食べ始める。
私達二人ともあまり話す方ではないから、沈黙が続く。
最初は気まずく感じるけど、最近では慣れてしまったから、逆に楽だ。
「りりィは……」
「うん?」
食べ終わる頃に、カイは地面を見つめながら話し出した。
何気に初めて名前で呼ばれたかもしれない。
「お前はあの男を、どう思っている?」
(あの男?)
しばらく考える。
「もしかして、ロイドのこと?」
「ああ」
カイはロイドが気になるのかな。
会う度に険しい空気を出してくるから、情報収集したいのかもしれない。
「前も言ったけど、ただの仕事仲間だったよ。彼は有能だから、結構信頼はしてたかな」
「――それでも、お前は彼に何も言わなかったのか」
言わなかったって、私がエクリプスから離れたことかな。
「別に彼に言う必要はなかったからよ。逃げるのは私の決断。彼を巻き込む気はないし、反対されたら私も逃げられなかっただろうし」
結局それが一番の理由だ。
ロイドは自分が納得しないと、素直に言うことを聞いてくれない。
反対されたら、逃げるのを邪魔される可能性が高い。
現に今、彼は私を連れ戻そうとしている。
(なんで彼が私を逃がそうとしないのかは、不可解だけど)
私がいなくても、彼の有能さなら自分で仕事をさばけるだろうに。
「じゃあ……サーカスから出る時も、言わないのか」
これは何の質問だろう。
私が勝手にサーカスから出ることで迷惑がかかるのを心配しているのかな。
「出る時は一応ウィルさんに言うよ。お世話になっているし、彼も引き止めないだろうから」
「もし、俺が引き止めたら?」
カイは今度、その目を私に向ける。
彼の表情に大きな変化はないが、瞳は不安を滲ませている。
まるで迷子の子供のようだ。
「カイは、私にサーカスに残って欲しいの?」
彼の質問の意図を探る。
私は未だ、彼になつかれている理由を知らないのだ。
「……」
でも、彼は答えなかった。
だから、今度は私が問いかける。
「じゃあ、私がサーカスから出ると言ったら、カイは一緒に来る?」
これは、私がロイドに聞けなかった質問でもあった。
「……」
それでも彼は答えない。
サーカスと私を天秤にかけたら、彼はサーカスを選ぶと決まっている。
だから私は、最初から彼の返事に期待していない。
「……買い物を続けようか。そろそろ終わらせないと、日が暮れる」
私が立ち上がろうとする時、カイは私の手を掴んだ。
「……一緒に、行く」
彼は私の髪をそっと耳にかけ、未だにつけている三日月のイヤリングを撫でた。
「黙っていなくなっても、見つける」
驚いて目を見開く。
さっきまで彼の目はあんなに不安に揺れていたのに、今はこんなに真っ直ぐ私を見つめている。
心の奥がざわついた。
彼は私とサーカスを天秤にかけ、私を選んだ。
一体、私の何が、彼をそうさせたのだろう。
わからない……彼は思ったよりサーカスを重視していないだけかもしれない。
でも、彼の答えに嬉しさを覚えたのも事実だ。
彼のイヤリングを撫でる手に、自分の手を添える。
「――ありがとう」
脳内に浮かんだ唯一の言葉を、口に出す。
目の前のカイは、分かりやすく驚いた表情を浮かべた。
私は今どんな表情をしているのだろうか。
彼といると、わからないことだらけだ。
しばらく沈黙が続いた後、私達はやっと手を放した。
カイはすぐ立ち上がり、さっき歩いてきた雑貨屋のある場所まで向かった。
私も慌てて彼についていく。
連れてこられたのは、さっきカイが石を眺めていた店だった。
彼は迷いなく、一つの仮面を持ち上げた。
上品なワイン色をベースに、小さく彩りどりの宝石が散りばめられている仮面。
彼はその仮面を、私の目元にそっと当てた。
華やかすぎず、だがなんとなく目を奪われる仮面。
私は、彼が選んでくれたその仮面を、買うことにした。




