覚悟
私は隠し部屋から盗み出した契約書を服の中に隠し、カイと階段まで駆け抜ける。
その間に、カイは珍しく私に問いかけてきた。
「あの男は、お前のなんだ」
さっきの会話が気になったらしい。
「よく一緒に組んだ、仕事仲間だよ」
ロイドはそう思っていないかもしれないけど、少なくとも私にとって、ロイドは信頼できる仕事仲間だった。
「じゃ、俺は……」
「うん?」
カイがまだ何かを呟いた気がするけど、仮面の中にこもっていて、よく聞こえなかった。
やがて階段にたどり着くと、一匹のカメレオンが手すりの上にいた。
「この子、カナのところのミーミだよね」
そのカメレオンの体には、小さな紙が巻き付けられている。
それを取って、広げる。
『屋敷の庭にいます。この者達を連れて来るように……』
そこには人物の名前と、いるであろう部屋の位置が書かれている。
たぶん、ウィルさんからの指示だ。
少し遠回りになるけど、ロイドが戦闘不能の今、サックス達だけでも大丈夫だろう。
「カイ、先に二階へ向かうよ」
彼は無言で私について行った。
――――
《ニナ目線》
私達はシーツを長く結び、窓の外に放り出す。
それを伝って、一人ずつ庭へ降りていく。
全員が降り切ったのを見て、私は適当に置いてあった鎌を、ニノは斧を持ち上げる。
それを、思いっきり窓ガラスにぶつける。
サックス兄さんは、いつでも戦いを始められるように、槍を構える。
「ニノ、楽しいね!」
「うん!楽しいね!」
やがて大勢の警備員達が迫ってきた。
農具は私とニノにとって重すぎるから、適当にその辺に放り捨てる。
代わりに、いつも使っている針付きの縄を取り出す。
今でこそカイ兄さんに糸で方向転換を手伝ってもらっているけど、元々これはニナとニノの特技なのだ!
警備員たちはすぐそこまで迫っている。ニナとニノは縄を木に向かって投げる。
針を使って縄を固定し、私達は飛び上がる。
「おい、そこの侵入者、おとなしく、うあ!」
「うおおおおー」
「やああああー」
笑いながら縄を操って、近づいてくる警備員達の間に割って入る。
それだけで警備員達は慌てて避け、体勢を崩す。
「はあああっ」
サックス兄さんが私達の間を通り抜けて、警備員達に襲い掛かる。
向こうには人が多いが、サックス兄さんは槍を大きく振り回すことで、一気に多くの警備員を薙ぎ払う。
警備員達の後ろから、野太い声が聞こえる。
「貴様ら、大人の方は殺していい!子供の方は捕らえろ!」
私は飛ぶ勢いを利用して、木の上に登る。
後ろの方を覗く。
太ったおじさんがパジャマを着て、叫んでいる。
しかも、鼻の下に綺麗に曲がったちょび髭が付いている。
「ぷっははははは、ニノ、あのおじさん面白い顔してる」
「そうだろう!ニナに見せたかったんだ!」
ニノはブランコのように縄で揺れながら、手当たり次第、警備員達の頭を踏みつける。
それらを、サックス兄さんは死なない程度にとどめを刺す。
警備員達は剣を持っているけど、あたふたしている。
私とニノに向けていいのか分からないのだろう。
サックス兄さんはそんな警備員達を次々と倒していく。
「ニノ、あの男が領主か?」
警備員達が弱すぎるのか、サックス兄さんは余裕な態度でニノに聞く。
「そうだよ!ファットマンっていうんだ。名前も面白いでしょう!」
「そうだな……面白すぎて、斬りかかりたい」
サックス兄さんから黒いオーラが出てきた。
今朝の光景を思い出したからかな。
そんなことを考えている間にも、警備員達は次々と倒されていく。
「ひいいいいい、貴様ら、何簡単に倒されている!立たんか!」
サックス兄さんが一歩ずつ領主様に近づいていく。
領主様の顔は徐々に恐怖に染まっていく。
(あの顔……面白い)
抑えきれず口角を上げる。
「ねえ~サックス兄さん~」
サックス兄さんは立ち止まる。
「領主様を殺すの、ニナがやっていい~?」
私は縄を回収して、木から飛び降りる。
立っている警備員はもうほとんどいない。
私は落ちている剣を適当に拾い上げた。
ニノも縄を回収して、私の隣まで走ってきた。
「いいね。僕も一緒にやるよ」
「ひいいい、ち、近づくな」
領主様は地面に倒れ込む。
「……」
サックス兄さんは何も言わない。
彼も領主様を殺したいかもしれない。
でもダーメ♡
ニナは領主様の歪んだ顔、一番近くて見たいの♡
「ニノ!」
女の人の声が聞えた。
とても聞き慣れた声だ。
心が一気に冷え切った。
領主様の後ろの、遠くない位置に、パパとママがいた。
その隣にりりィ姉とカイ兄さんちゃんがいた。
りりィ姉ちゃん達が連れて来たのかな。
ママの目から怯えが見える。
今にも泣きだしそうだ。
隣のパパはそんなママを支えているけど。
彼も心配そうな顔だ。
「ニノ、危ない!速くこっちに来なさい!」
ママは必死に叫ぶ。
でも、ママはニノの名前だけ読んでいる。
なんで?
ああ、ニナは仮面をつけているから気づかないかな。
「ニナも剣を捨てて、こっちに来なさい!」
「ニナ?あの子ニナなの?」
パパがニナを呼んでいる。
それなのに、ママはニナがわからない。
なんで?
仮面越しでも、ニノはわかるのに。
なんでニナはわからないの?
ああ、どうしよう。
心の奥から黒いもやが沸き出てる。
ダメ、抑えなきゃ。
これは、『お母さん』に向けていい感情じゃない。
「はっ……っ!」
地面で座り込んでいた領主様は、ニナの動きが止まっているのを見て、すぐ這い上がってパパとママの方に逃げた。
ああ、ニナのせいで暗殺が失敗する。
逃げていく領主様を、カイ兄さんはあっけなく捕まえる。
刀を取り出して、領主様を刺そうとしたけど、りりィ姉ちゃんが止めた。
りりィ姉ちゃんの、きれいなアメジストの目は、私を見ている。
どうしてカイ兄さんを止めたんだろう。
どうしてニナを見るんだろう。
ニナはどうすればいいの?
ふっと、剣を握っている手を、暖かい手で包まれる。
ニノの手だ。
横にいるニノに顔を向ける。
ニノは優しく笑っている。
ニノはきっと、私が覚悟を決めるのを待っている。
私は剣を握る手の力を緩めた。
剣が、私の手から滑り落ちた。
パパとママはすぐ安心そうな表情を見せた。
「そうよ、ニナ、ニノ。こっちにいらっしゃい」
ママは私達を迎え入れようと、両手を広げた。
でも、私もニノも、一歩も動かない。
「ニナ?ニノ?」
ママはまた不安そうな表情を見せる。
頭に大きいな手が乗せられた。
サックス兄さんの手だ。
「領主は俺達が処理する。お前らは自分のことだけを考えてろ」
そしてサックス兄さんはカイ兄さん達と、この場を去った。
ニノの手を握りしめる。
なんって言ったらいいんだろう。
そもそも私達の言葉は、ちゃんと届くかな。
「お父様、お母様」
ニノが先に声を出した。
「僕たちは、家に帰りません」
はっきりと、ニノは言った。
ママはとても驚いた顔をした。
「何を言っているの、ニノ?もう大丈夫よ、パパとママが守ってあげるから」
それでも、私達は動かない。
私は大きく深呼吸した。
「ニナはもう、ママのニナじゃない」
もう一度ニノの手を強く握る。
「ニナもニノも、もうママの自慢な子供になれないから、家に帰らない」
ママはとても傷づいた顔をした。
目からポロポロと涙が溢れ出した。
でももう、ニナとニノは戻らない。
戻らないんだ。




