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シャドウサーカス〜闇と光の出会い〜  作者: シン


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5/10

異変

 サーカスを見終えた頃にはすっかり夜も更けていた。

 案の定、馬車待ちの人々で溢れており、仕方なく私は一人、建物の灯りを頼りに帰路についた。


 最初は賑わっていた町も、サーカス会場から離れるにつれて人影がまばらになっていく。


 歩きながら、私は先ほどのショーを思い返していた。

 演者たちは皆、洗練された動きを見せており、相当鍛え上げられていることが分かる。

 特に、あの槍使いの男――あれは、実際の戦場に立っても生き残れる戦士の動きだった。纏う気配そのものが、ただ者ではない。


 ……けれど、あのピエロ。


 彼――たぶん男性だろう――の存在だけが、どうにも引っかかる。

 誰よりも派手な衣装を身にまとっているのに、誰よりも気配が薄い。観衆のほとんどは彼に注意を向けなかったはずだ。

 本当は、あの演目を裏で支えていたのが彼だというのに。


 そんな思考に沈んでいるうちに、周囲から人の気配が完全に消えた。

 道は静寂に支配され、足音すら自分のものしか聞こえない。


 不意に背筋が冷たくなる。

 歩幅を広げ、早足で帰ろうとした、そのとき――前方から、人影がゆっくりと近づいてきた。


 ポツ、ポツ、と、靴底が石畳を叩く音。


 私は足を止め、警戒しながら相手を観察する。

 一見すると、どこにでもいそうな中年の男。だが、その目は焦点が定まっておらず、歩き方も不自然だ。身体のバランスが取れているとは思えない。


 男は私に気づいた瞬間、突然こちらへ走り出した。


「っ!」


 反射的に、私も走り出す。相手が何者か分からない以上、逃げる一択だ。


 ジャケットの内ポケットに手を差し入れ、()()を強く握りしめる。そして、すぐ脇にあった細い路地へ飛び込んだ。


 ……しまった。


 行き止まりだ。

 引き返そうにも、足音はすでにすぐそこまで迫っている。


 私は背を向けぬよう、大通りの方を見据えた。

 男が路地に足を踏み入れた、その瞬間――私は()()を投げつけた。


「あ゙ッッ!」


 小瓶は男の頭に命中し、割れる。

 中から飛び散った茶色の液体が強烈な悪臭を放った。


 男は一瞬苦しむように身をよじったが、すぐに体勢を立て直し、再びこちらへ歩いてくる。


 ……効いていない。


 ということは、理性を失い、感覚が鈍っている。

 そんな相手に対抗できる手段なんて、私にはない。


(逃げ道……どこかに)


 男の手が、もうすぐ届く距離まで迫っていた。

 内ポケットには他の小瓶もあるが、効果は期待できない。


 一か八か――押しのけて逃げるしかない。


 そう決め、男の脇下を狙って走り出す。

 だが、男は信じられないほど不自然な動きで身体をひねり、私の首を掴んだ。


 背中が壁に叩きつけられる。

 締め付ける力は、人間のそれとは思えないほど強い。


 抵抗しようとするが、呼吸ができない。

 視界が徐々に霞み、身体から力が抜けていく。


 冷や汗が流れ、――覚悟を決めかけた、その瞬間。


 ヒュッ、と、空気を切り裂く音がした。


 次の瞬間、男が崩れ落ちる。

 後頭部には、深々とナイフが突き立っていた。


「ケホ、ケホ……っ」


 突然解放され、肺に空気が一気に流れ込む。咳が止まらない。


 必死に顔を上げると、倒れた男の向こうに、ひとりの人物が立っていた。

 暗闇でもはっきり分かる金色の髪。赤と青のオッドアイ。口元は布で覆われているが、その派手な衣装には見覚えがある。


(……サーカスの、ピエロ?)


 助けてくれた?

 それとも――なぜ、ここに?


 疑問が次々と浮かぶが、声にする余裕はなく、私は地面に座り込んだ。


 ピエロは倒れた男からナイフを引き抜き、血を払ってから、私に視線を向ける。


「……来い」


「はっ? えっ?!」


 次の瞬間、私は彼に担ぎ上げられていた。

 そして――帰り道とは、まったく逆の方向へと、連れ去られていく。

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