昔の記憶、ニノの願い
《ニノ目線》
僕とニナは、生まれた時からずっと一緒だった。
遊ぶ時も、勉強する時も、習い事をする時も。
どんな時でも、離れることはなかった。
最初はね、ニナの方が勉強も習い事も上手だったんだ。
僕は話すのが苦手だから、わからないところがあっても先生に聞けなかった。
習い事も、上手くできないとすぐ落ち込んで、習うこと自体が怖くなってしまった。
ニナは人見知りをしないし、何でも楽しそうに取り組む。
だからずっと、羨ましかった。
どうして僕は、ニナみたいにできないんだろうって。
何でできないんだろう。
何で僕はダメなんだろう。
ずっと、自分に自信が持てなかった。
いつかニナに置いていかれるんじゃないかって、怖かった。
だけどニナは、ずっと傍にいてくれた。
僕が落ち込んでいる時、笑顔で言ってくれたんだ。
「ニナは、ニノと一緒にいるのが一番楽しい!」
その時から、ニナは僕のヒーローになった。
だから僕は、いっぱい頑張った。
勉強でわからないところがあれば、本を読んで調べた。
習い事も、できなければできるまで練習した。
ニナに追いつけるように。ずっと一緒にいられるように。
いつの間にか僕は、お父様とお母様の自慢の息子になった。
勉強ができて、剣も上手い、立派な跡取り。
最初は嬉しかったよ。
褒められるのは嬉しいし、何よりニナが、自分のことのように喜んでくれたから。
だけど、お母様に褒められるたびに、少しずつ、少しずつ、虚しさが増していった。
何だろう。
自分が“僕じゃなくてもいい”気がしてきた。
お母様はいつも、僕が賢いとか、剣が使えるとか、難しい本が読めるとか、そういうことばかりを周りに話した。
でも、それって他の人でもできるんじゃないか。
僕より賢い人もいる。
僕より強い人もいる。
じゃあ、賢くない僕は?
強くない僕は?
何もできなくなった僕は――いらないのかな。
褒められるたびに、黒い感情が心の奥から湧き出した。
そんな時でも、ニナと一緒にいれば、その黒い感情は静まった。
ニナさえ笑ってくれれば、それでよかった。
でも、あの事件が起きた。
ニナが参加したお茶会で、とある令嬢に熱湯をかけた。
その令嬢は酷い火傷を負い、相手の家から厳しく責められた。
後日、お母様はニナを問い詰めた。
どうしてそんなことをしたのか、と。
ニナは何でもないことのように言った。
「あの子、ニノの悪口を言ってたの」
その令嬢は、僕が貴族の間で評価されているのが気に入らなかったらしい。
その時からだった。
お母様がニナに、おかしな態度を取り始めたのは。
女の子はこうあるべきだとか、ああするべきだとか。
ニナに“普通の令嬢”であることを強要し始めた。
きっと、お母様は感じてしまったんだ。
ニナが他の子と違うことを。
人を傷つけることに、躊躇いがないことを。
僕は最初から知っていた。
ニナは、傷ついた動物を見ても何も感じない。
人が泣いていても、動じない。
それでも僕は、ニナが好きだった。
でも、お母様は違った。
お母様はニナを恐れた。
だから、普通にしようとした。
ニナは少しずつ変わった。
好きじゃない服を着て、好きじゃない人形で遊び、
笑顔も、ぎこちなくなっていった。
僕はそれが嫌だった。
このままじゃニナは壊れてしまう。
ニナが、ニナじゃなくなってしまう。
どうすればいい?
どうやったら、ニナを守れる?
そんな時、ウィルさんが屋敷に来た。
「領主様、サーカスがこの町でショーを行う許可をいただきたい」
僕はお父様にお願いして、ニナと一緒にショーを見に行った。
ショーは楽しかった。
カナ姉ちゃんの動物達は格好よくて、
サックス兄ちゃんとカイ兄ちゃんの戦いは、息が止まりそうなくらい迫力があった。
ニナは、久しぶりに心から楽しそうに笑った。
ああ、ここだ。
ここなら、ニナは壊れない。
ショーの後、僕はこっそりウィルさんに話しかけた。
「僕も、サーカスに入りたい」
ウィルさんはすぐには頷かなかった。
そして、こう言った。
「あなたは光を捨て、闇に踏み込む覚悟はありますか」
意味は分からなかった。
でも、心は決まっていた。
後日、ウィルさんから手紙が届いた。
「興味があれば、一回体験してみてばいかがですか?」
あの日、ニナは貴族のお茶会があったから、僕は1人でサーカスに行った。
そこで綱渡り、ナイフ投げ、黒豹との触れ合い、色々試させてもらった。
上手くできないこともあったけど、楽しかった。
ウィルさんは僕にサーカスの“闇の仕事”について教えてくれた。
全部知った上で、選べということだったんだと思う。
だから僕も話した。
僕のことについて、ニナのことについて。
ウィルさんは僕に、サーカスに入る気があれば、サーカスが出発する前の夜、ニナと一緒に来なさいって言った。
僕は迷わなかった。
ニナと一緒なら、ニナの笑顔が見られれば、僕は何でもする。
だから僕は、ニナを連れ出した。
一緒に、サーカスへ。




